身近なUMA
仲良くなったきっかけがどうしても思い出せない人、というのは誰しもに存在するのではないだろうか。
僕にとって、そのうちのひとりが高校の購買のおじさんだ。
僕が通っていた高校の一階には食堂がある。その中に、飲み物とアイスの自動販売機、購買も併設されている。
購買が高校棟にあることから、中学生には、購買は物理的にも心理的にも距離がある遠い存在で、ごく一部の生徒しか通わない。僕も中学生時代に購買に足を運んだ記憶はほとんどない。
しかし、高校に上がると物理的な近さをいいことに、僕たち4年E組の一部は朝のホームルーム後、二限後、五限後と数回/日のペースで通うようになった。
余談だが、僕は毎朝プリンを買っていた。100円のチープなプリンなのだが、今でもコンビニのプリンを食べると高一の頃を思い出す。
購買のカウンターの奥に鎮座する小さいおじさんが、先述の購買のおじさんだ。
中高生から「コジマ(カタカナ表記)」と呼ばれ、全員からタメ口を使われている。小さい。年齢不詳。声が高い。声がでかい。熱烈な西武ファン兼競馬好きで、定期的に地方に遠征する。陰キャも陽キャも関係なくどんな学生ともトムとジェリーよろしく仲良く喧嘩する。なぜか記憶力が良く、名前と顔が一致する卒業生も数多い。
コジマを知らない人に彼を簡単に説明するとしたら、こんなところだろうか。実のところ、僕たちは誰もコジマの詳しいプロフィールは知らない。
毎日通ううちに野球談義に花を咲かせるようになり、少なくとも僕たちの周りの野球好きのほとんどはコジマと仲良くなった。
ある時から、僕たちは全員がバイセクシャルだとコジマに信じこませた。
「あいつはこいつのことが好きで」
「こいつはあいつをオカズにシコってる」
「俺はあいつにしゃぶらせた」
と、あることないことを吹き込んだ結果、今でもすれ違う度に、コジマは「お前アイツとヤッてんのか?最近」と真顔で訊いてくる。
僕たちの通っていた中高は男子校である。
またある時、僕たちは有馬記念の馬券をコジマに買ってくるよう頼んだ。
有馬記念は12月下旬に行われる一年の集大成のようなレースで、出走馬も豪華なのだ。そのレースは名馬・ゴールドシップの引退試合だった。
リアルと連動した競馬ゲームアプリで競馬を齧った僕たちは、ゴールドシップの単勝を買ってきてくれ、とコジマに頼んだ。結果は8着に終わった。翌日、購買に集まった僕たちは、コジマからハズレ馬券を受け取った。
コジマは8番人気で1着をとったゴールドアクターにそこそこの額を賭けていたらしく、朝から上機嫌だった。
腹が立った僕たちは、コジマに金を払わずに教室に戻った。
コジマは、頑なに自分のちんこを公開しない。
僕たちは、高校時代、体育の前後に全裸になっては互いに写真を撮られ、グループLINEで共有していた。
購買の近くでその写真を見比べていると、コジマが絡んできた。
「あんたらまたバカなことやってんじゃないよ!」
うるさかったので、コジマにも焚き付けた。
「コジマのちんこも送ってくれればみんなに見せとくよ」
「誰がするか!いーやーでーすーよ!」
以来、コジマに会うと毎回誰かしらのちんこの写真を見せつつ、コジマのも送るよう頼んでいるのだが、未だにコジマのちんこを見た者はいない。
コジマは僕の電話番号とLINEを知っている。なんで知られているのかは知らないが、とりあえずコジマが持っているんだから仕方がない。
コジマは定期的に電話をかけてくる。イマドキいろいろな連絡手段がある中でファーストチョイスが電話になるのは珍しい。しかも内容は全く切迫したものではないのだ。
コジマと電話するのは体力を消費するので、疲れているときはスルーする。そのときは、LINEでも一切連絡してこない。恐らくただの暇つぶしで掛けてきているのだろう。
そして決まって一言目には「オーイ!」と吠える。
「どうしたのよ」と言うと、「あーんたまたバカやってんじゃないよ!」とお叱りを受ける。
叱られる理由も分からないのだが、とりあえず面白いから定期的に電話を対応する。
そして、結局電話の内容は僕の同期の近況、西武と巨人の近況に終始する。こんな駄話なら、ますます連絡手段に電話を選ぶ意味が分からない。面白いからいいけども。
そんなこんなで、先週も電話がかかってきた。
お決まりの数ターンのあと、唐突にコジマが切り出してきた。
「あんた、11日の巨人戦行くよ」
「え?」
コジマとはたまーに一緒に野球を見に行く。決まってカードは西武vs.巨人なのだが、その組み合わせは交流戦か日本シリーズしか有り得ないため、必然的に年一ということになる。そんな頻繁に会うのはカロリーオーバーなので、これくらいの頻度でちょうどいい。
「『え?』じゃないよ!巨人戦、西武ドームですよ、アタシが取りましたから」
僕の予定なぞコジマには関係がないようで、僕が西武ドームに連行されることはチケット購入時に決まっていたのだ。
僕の予定も空いていたので、とりあえず久々に野球場に行くことになった。
11日。朝。
フルネームの知らないアカウントから一通のLINEが届いた。
小島です。携帯のLINEです。タブレットを忘れたから。○○に教えて貰いましたよ。よろしくです。
普段はタブレットからLINEを送っていたのか、と知る必要のない気付きを得る。タブレットのLINEの名前欄には「コジマ」とあったので、「コジマ=小島」というのが10年越しに確定する。下の名前も初めて知った。
試合前に西武球場前で待っていると、遠くの人混みから見知った声が聞こえてくる。
「オーイ!あんたまたバカばっかやってんじゃないの」
何人かが振り向くが、そんなことを気にするコジマではない。
試合が始まると、横の席のリアクションのデカさに驚く。
「今井がねえ、バカやったから今日は正直負け覚悟してます」
「うわーーー!」
「この回点取らなきゃダメでしょホントに!」
「佐野降りるの!?」
「ヒースも信頼できないんですよ!」
「これだけヒット打って追加点取れないとねえ、」
「お宅はこの回でしょ!これで点取れなきゃダメですよ!」
「ビヤヌエバ怖い!」
前の席の若い女が苦笑いしている。
西武が点を取ると、コジマは僕の左肩をバシバシと叩いて喜びを露わにする。
そういえば、以前はラジオの野球中継を聴き、スポーツ新聞を読みながら野球を見ていたのに、きょうはスマホでスポナビのプロ野球速報のアプリを見ながら野球を楽しんでいる。コジマも進化するらしい。
試合は4-0で西武が勝った。
最後までコジマだけが楽しい試合展開だった。先発予定の今井が発熱により登板回避、と聞いた時は喜んだものだが、巨人打線は代役の佐野-マーティンのリレーにチンチンにされてしまった。
ご丁寧にヒーローインタビューまで堪能したコジマとは、西武線の途中で別れた。
終始上機嫌のコジマは、最後、
「じゃあね、あんた、またバカやってんじゃないよ!」
と言い残して去っていった。
みなさんにも、仲良くなったきっかけがどうしても思い出せない人、というのは存在するのではないだろうか。
それが購買のおじさん、というのはなかなかないパターンかもしれない。でも、ひとりくらい、友だちの中にこんな人がいてもいいだろう。
ありがとうございます!!😂😂