SIXTH SENSE'S SICKS

21時過ぎ、070から始まる知らない電話番号から着信があった。
「…はい。」
「あー!もしもしー!〇〇くんのお電話で間違えないですか?」
電話口の先にいるのは、ハイテンションな女だった。作られた空元気は、むしろ隠された邪気を増幅させる。怪しくないですよ、という意識付けは、むしろ逆効果だ。
そうですけど、と答えると、女は続きを話し始めた。
「以前、ビッグサイトでアンケートに答えて頂いたと思うんですけど、覚えてますか?」
そういえば、10月頃に合同説明会のために国際展示場駅を訪れた際に、駅前でスーツ姿の男に声を掛けられて、アンケートに答えた覚えがある。どうやら、そこで名前や大学名、電話番号を書き込んでしまったらしい。
「ああ、なんかアンケート答えましたわ、10分くらい。飯田橋に本社があるとかなんとかですよね?」
当時の状況を思い出していく。そういえば、スーツ姿の男が持っていたティッシュを貰おうと思ったのに、アンケートだけ答えさせられたっけ。そう思うと、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。
「そうそう!そこまで覚えててくれたなら話は早いよ!」
「なんか駅前で捕まったんすよね」
「捕まったって!言い方言い方!」
つまらない。セールストークにしてもナンセンスすぎる。セールス電話以前に、会話としてもつまらない。伽藍堂な人格を空虚なハイテンションでコーティングしている。そうでもしないと、人と話す時に自分を保てないのだろう。この女も、多分に漏れずそっち側の人間だ。

「あの…、なんていう会社でしたっけ?」
「あちゃー!いちばん大事なところ覚えてなかったかー!」
つまらない。オーバーリアクションがバレバレ。
心の中で中指を立てる。
「『株式会社もとい』っていう会社で、『一生懸命塾』ってセミナーを運営してます!」
はぁ、と浮かない返事の僕を意に介することなく、女は話を続ける。
「『一生懸命塾』ってネーミング、私は大好きなんだよ!なんか面白くない?」
つまらない。
僕は、この電話を受け流すことに決めた。つまらない人間のことは絶対に信用しない、と心に誓っている。自分と同じ価値観で会話できない人間を信用して、後々困るのは自分だと僕は知っている。それ以前の問題として、セールストークにすら美辞麗句を使えない人間は真面目に会話するに値しない。
僕は、病的なまでに「面白い」と感じる事象に固執している、と最近になって自覚するようになった。視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚に準ずる第六感と言えるほどに。

そういえば、「友達」か「知り合い」かの境目も、自分がそいつのことを面白いと感じるか否かで決まっているな、とふと思った。
友達は作るものじゃなくて、いつの間にかなっているものだ。そんな言説が巷に溢れている。でも、人はどこかで、何らかの基準を以て「友達」と「それ以外」を区別している。
二つを隔てる線は、柳だ。いくら外圧をかけられても限界までしなって、その線は最終的な判断基準として機能する。折れることはない。それは人の好さ、資産、生活レベル、互いの家の近さ、などいろいろあるだろう。僕は、その基準に「面白さ」を定めている。

世間一般では、「良い奴」か否かをその基準に設けている方が多いのだろう。
もし、僕の友達を「良い奴」「嫌な奴」と大別するとしたら、その多くが後者に分類される。むしろ、底抜けに良い人とは仲良くなれない。偏見にまみれていて、独善的で、どこか冷めている。そんな奴が多い。でも、その歪さが面白いのだ。歪んだ柳は、趣がある。優等生な柳は見向きもしないが、個性的な枝葉こそ強烈に気になってしまう。

かく言う自分自身も後者なんだろう。
大概のことは面白ければいいと思って生きてきたし、杓子定規な人は心の底から軽蔑してしまう。その中で、手のひらの隙間から零してしまった常識やモラルは数知れない。サラサラとそよぐ新緑の柳の葉は、いくらか病気にかかって地面に落ちてしまった。それでも、根を張った土壌は今更変えることなどできない。

「俺ね、今までね、ワイドショーのコメンテーターのオファー来たけど、全部断ってんのよ。自分の善悪の判断に自信がないから!!」
先日、春日フライデー直後のオードリーのANNを聞いていると、若林が春日に疾呼していた。

それを思い出して、僕も思い至るところがあった。
僕は、「面白い」の他の判断の基準に自信がないから、他の判断基準に依拠していないのではないか。二十余年生きてきて、辛うじて自分が「面白い」と感じるアンテナだけは信頼がおけるから、そこに縋っているのではないか。必死で世間から掬い上げてきた自分の生きる価値は、「面白い」と感じるアンテナしか残らなかったのではないか。
そう考えると、僕は自身の得意分野の威を借りて、人様を区別している神様気取りの、ひどく傲慢で矮小な存在ではないかと悲しくなってくる。

一般的に、大きな庭木を移植するのは難しいと言われている。深く根を張った庭木は、びっしりと根毛が生えていて、幹から見て小さな半径で以て根を刈ってしまうと、後に木々に必要な水分を根毛から供給できなくなってしまうのだと言う。
二十余年、土に肥料を加えながら育てられた柳を移植する作業は、簡単ではない。厄介なことに、未だに新芽が出ている最中なので、根毛を切ってしまうと、水の供給が葉の気孔からの蒸散に追いつかない。育ちつつある新芽も萎びてしまうだろうし、下手をしたら木が枯れてしまう恐れもある。
一時の悲しみだけで、突発的に柳を移植できるほど、ヤワな人生を送ってきたつもりもない。そうすると、僕は今まで通り「面白い」を是、「つまらない」を非として生きていくのが最適解ということになる。

モヤモヤした気分のまま、離れた意識を電話に戻す。電話を受けて家を出た僕は、近所の公園のベンチに腰掛けた。夜の公園は、昼の子どもの喧騒も無く、どこか寂しげだ。
「…だから、一回セミナーにおいでよ!私、俄然キミの就活を応援したくなりました!」
「半年以上考えてきたガクチカや企業選びの軸が、たった90分でひっくり返るほどの代物だって言いたいんですか?」
「いや…、でも、就活以上に大きなモノを得られると思う!」
「具体的に何をするんですか?」
「いやあ、そこは企業秘密ですよ〜!来てのお楽しみ!」
相変わらずつまらない女の話を聞いていると、「一生懸命塾」は、どうやら就活生を食い物に、有料の商材を売りつける悪徳業者としか思えない。

「ちなみに、いつが空いてるの?」
「いや〜、飲み会がたくさん入ってて空けられないんですよね」
「どうしてもずらせないの?」
「やっぱり先輩の誘いばっかりなんで。自分から誘っておいて『やっぱり今日無理』とか不義理じゃないですか」
嘘八百を並べたてる。口八丁はお手の物だ。

「飲み会なら、昼に2時間くらい抜ける分にはよくない?」
「でも、先輩と昼から遊んでるんで。それは無理です」
「そんなに予定入れてるとかすごいねえ…」
「テトリスみたいに入り組んでますからね、きれいに予定を埋め切っても消えてくれないのが難点ですけど」
はは…、と乾いた声が聞こえる。あれだけ威勢の良かった女は虫の息だ。イラつきながら差し込んだ冗談に、反応すらしてくれない。
つまらない。

僕は、一応先輩に相談して、行けたらまた電話します、と告げて電話を切った。面倒事は起こさないに越したことはない。
電話のアプリを閉じてウェブを開き、会社名を検索する。すると、予想に寸分違わず「インチキ就活塾に注意!」といった旨のサイトが複数件ヒットした。どうやら、株式会社もといは、数年前に東京都の是正勧告を受けている悪徳業者らしい。
やっぱり、あの女を信用しなくて良かったんだ。
そう思うと、僕は自分の人生を肯定できたようで、悲しく沈んだ気持ちがふっと軽くなった。
とりあえず帰ろう。
僕は粒子の小さな砂利を踏みしめ、公園の外へと出た。

そよそよ、と心地よい春の風が僕を包む。後ろを振り返ると、街灯に照らされた大きな柳の木が、さわさわと嬉しそうに新緑の葉を重ね合わせていた。

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〔注意〕
本稿に登場する悪徳業者・就活塾の名称は全てノンフィクションです。就活生の皆様、くれぐれも悪徳業者に引っかかりませぬようご用心下さい。
(参考)
こんな就活塾はブラック就活塾!




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