帰り道は立ちションをしたくなる

今月は三回も野球を観戦した。
観戦した球場は、所沢、関内、水道橋と、それぞれ違う場所だった。幕張、外苑前も合わせれば、家からふらっとプロ野球を見に行かれる球場が五箇所もある。トーキョーに住んでいる利点というものはあらゆる場所に顔を覗かせる。
中でも、横浜スタジアムで観た試合は横浜ベイスターズvs.北海道日本ハムファイターズの対戦カードだった。巨人ファンの僕は、関係ない試合だからこそ純粋に野球を楽しめる。
中高時代の友達からの連絡を受けて久々に集まったのだが、大所帯で野球観戦に赴くのはなかなか感慨深いものがある。

高校時代、神宮球場を本拠地に置く東京ヤクルトスワローズは弱小球団で、平日の客の入りもまばらな状態だった。
僕たちは、スポーツナビのアプリでヤクルトの試合予定を確認すると、各々の部活後に、よく連れ立って神宮球場を訪れた。コンビニで当日券と夕飯を購入し、開場時間と同時にライトスタンドになだれ込む。
試合が始まれば、ヤクルト攻撃時は立ち上がって大声で応援歌をシンガロングする。おかげで、巨人ファンであるにも関わらず、当時のヤクルトの応援歌は大概歌えるようになった。
酒も飲めない年齢なので、一回の観戦あたりの掛かる値段も微々たるものだった。コストパフォーマンスという点でも最高。ある年の僕たちは、ひとシーズンあたり20回を超えるペースで神宮球場に通った。

しかし、今回は、体力の限り応援歌を歌って目いっぱい野球観戦を楽しもう!というモチベーションではない。試合とカワイイ売り子を肴に、酒とみかん氷をつまもうや、ぐらいの感覚で七人が関内駅近くに集合した。
試合は両軍合計五本のホームランが飛び交う乱戦で、とんねるずの野球盤でおなじみ・杉谷拳士のヒーローインタビューまで盛りだくさんの内容だった。

試合が終わり、終電までの間、関内駅近くのジョナサンに入った。やはり野球観戦後の客が多いようで、僕たちは二手に分かれて遅めの夕飯を食べながら駄弁っていた。
もう四年生だし、みんな球場でベロベロになるほど無分別ではない。

11時を過ぎ、僻地・千葉ニュータウンに住む友達の終電が近づいたので帰ることになった。
小便を催したのでトイレに行こうとするも、タイミングを逸してそのまま店を出ることになった。外で適当に立ちションすればいい。

店の外には、細かい石を詰めた花壇のようなものがあった。ちょうどいいと思って小便を出そうと腹直筋に力を込めると、あるひとりから声が飛んできた。
「おい、何してんだよマジで」
「ここはねえだろ」
違和感を覚えた。
なんだかニュアンスが本気だ。振り返ると、中一から一緒にくだらないことをずっとやってきた無二の友達がそう言っていた。
驚きながらも何とか平静を保ちつつ、僕は「え?」とだけ声を発した。

「いや、店の中でするか駅まで待てよ」
う〜ん。完全なる正論。でも、お前が正論を振りかざすタイプじゃないのは僕がいちばん良く知っている。
彼は、高三の期末試験期間中、レンくんの飲みかけのレッドブルと色味が似ているからと言って、僕の小便をレッドブルの缶に流し入れてレンくんに飲ませようとした時の共犯者である。
(※レンくん…学年一のバカ。にして底抜けに良い奴。)

何が彼をそう言わしめたのか。
みんなと別れた帰りの電車内でそう考えていると、ひとつの答えに辿り着いた。
酒だ。
酒を飲み始めると、「あいつは酔っ払ってるから」という免罪符の下、いろいろな粗相を犯すようになる。
周知の通り、僕は下戸である。なので、飲み会では、必然的にシラフのままに酔っ払いのテンションに着いていくことになる。
その当初は、確かに酒飲みの雰囲気が嫌いだった。酒を飲み交わしてこそ仲良くなれる、といったイキった考え方も馬鹿にしていた。でも、社会一般にそういった考え方が認められているなら、自分も適応していくしかない。
頻繁に「よくシラフで酔っ払いと一緒に騒げるよね」と感心だか侮蔑だか分からない感想を伝えられることがある。でも、その責任の一端はそれを伝えてきたお前にもあるということをわかってほしい。
キリンは高所に生える葉っぱを食べるために首が長くなった。ナマケモノはエネルギー消費を抑えるために1日20時間も睡眠をとるようになった。僕も、適者生存のために、シラフで酔っ払いと同じ、もしくはそれ以上のテンションで騒げるようになったのだ。
だから、僕に感想を伝える時は「よく騒げるよね」ではなく「俺らのせいでごめんな。はい、慰謝料」が適切なのだ。

あと、一旦はスルーしたけど「こいつ酔っ払ってるから何しても仕方ない」と酔っ払いが許される風潮も、本当は疑問視している。
「酒をいっぱい飲める奴が偉い」。そういう価値観を否定するつもりはない。別にそちら側で勝手に優劣をつけてくれればいい。
ただ、その分のツケをこちら側に回すのは言語道断だろう。もちろん、酔いに任せて僕に飲ませようとしてくる輩は躊躇せず断罪する。でも、「こいつめちゃくちゃ酔ってるから介抱してあげて」という頼みは断りづらい。もし断れば、傍から見ればこちらが悪者に見えるし、空気が読めない奴扱いされる。

そして、「『酔っ払ったA』と『シラフのA』、一人の中に二つの人格が存在していること」を是とする風潮をどうにかしたい。
子供の頃、朝から晩まで毎日働いている大人は偉いと思っていた。両親も下戸なので、周りに酒を飲んでくだを巻いている大人がいなかったから、大人の「負」の側面を見ていなかったので、僕はその思いを加速させた。
でも、大人だってどうにも立ち行かない時があるのだ。だから、ストレスの捌け口として、酒や煙草や風俗に救いを求める。それ自体は法にも触れていないし、健全なライフハックだ。
酒でハイになることで愚痴やくだらない言葉を交わし、気持ちを切り替えてまた翌日の仕事へと向かっていく。

下戸は、テンションのチューニングの幅が広い。そのチューニングがちょっとずれてしまい、周りもシラフの中ではしゃいでしまうと、ハウリングを起こして不協和音を鳴り響かせることになる。
酒飲みに適応するために自分のテンションのキャパシティを広げたのに、それが仇となって疎まれてしまうなんて、皮肉もいいところだ。

繰り返すが、僕は別に酒飲みを否定するつもりはない。
世間的には酒飲みがマジョリティで、下戸はマイノリティだ。しかも、酒飲みはノイジーだし下戸はサイレント。
サイレントマイノリティ。
自分だけ「僕は嫌だ!」と叫んで許されるのは平手友梨奈クラスだけだ。しかも平手ちゃんは『サイレントマジョリティー』だ。大衆側なのだ。
僕たちサイレントマイノリティは、大衆に阿って生きていく術を身につけていくしかない。

僕は今後も立ちションをするだろう。
外気に晒されながら小便をすると股間がヒューヒューして気持ちいい。
よく考えてみたら、僕は酒とか下戸とか関係なく外で小便をするのが好きなだけなのかもしれない。それにかこつけて酒飲みへの批判をしたかっただけなのかもしれない。
結局は酒飲みのハイテンションも立ちションも人のエゴなのか。
ここまで考えて、なんだかどうでも良くなってきた。
僕は、僕のエゴを貫く。皆も、皆のエゴを勝手に貫けばいい。
それが気に障ったら、また僕のエゴを以て不満の文章をここにつらつらと書き連ねていくことにする。

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堕天狗

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