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服を捨てられない女子

私も以前はその類の女子でしたが、数年前に、ここぞとばかりのミニマリスト男子とお付き合いしたことにより、服を捨てることを厭わなくなりました。

先日、とある食事会にて、「私、服が捨てられないの」という女子に出会った。彼女はアラフォーには見えない若い容姿をしており、表に出るお仕事柄、服を色々持たざるを得ない人だろう(でもいつも服が可愛らしいので、そのセンス羨ましいなあと思っていた)と思っていたのだが、なんと「高校生の時の服が捨てられない」「実家の両親から送られてきたタオル類が捨てられない」と、見事なまでに捨てられない女子でした。

話しているうちにふと気づいたのは、服を捨てられないという人の多くは、何かに執着しやすい、またはされやすい人なのかもしれないな。
「これを捨てると〜さんに申し訳ない」(もらったものだから)(思い出があるから)というような、過去に囚われやすい人なのかも。

私も以前はそうだった。
でも、捨ててみて思うのは、「過去は忘れるものだ」ということ。

特に、都合の悪いことは忘れるし、もっと進むと、過去は美化され、過去という名の新しい妄想みたいなものになるのだ。

そして、いちどすててしまうと、もう、あんなに捨てるのをためらっていたものが、いつのまにか、捨てたことさえ忘れてしまっているということ。そして、そんな状態の私は、今を平然と生きているということ。

過去を忘れることは、悪いことじゃない。忘れるものなのだ。

過去捨てたものさえ忘れてしまったわたしは、のうのうと生きている。人間らしくて仕方ない。

公園、あったかいな。早くクローゼットの中を開けて、捨てたい。

#エッセイ #ひとりごと #捨てる技術 #断捨離

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