m.

文字を書いて、絵も描く人。耽美派狂人。

m.

文字を書いて、絵も描く人。耽美派狂人。

マガジン

  • 短編集

    短編集まとめ

  • 回記録と日記

    過去やら日記やらです

最近の記事

  • 固定された記事

夾竹桃

先生、もうずっと視界が藍色なんです、先生。 あ、いや、灰色じゃないんです、あの清々しいような寂しい鼠の色でなくて、藍です、藍。あの海のいっとう深い場所のような、愛みたいな重苦しさを讃えた、禍々しい青です。 藍色なんですよ。 そいでね、先生、今日僕は、あの木枠の窓越しに見える緑のその向こうの、夾竹桃の根元に、僕を置いてきたんですよ。そうそう、あの寂しい道の脇にあるあの夾竹桃の木です。 夕闇のカーテンの向こうに隠しておくべきだった僕を、あの気の早い夾竹桃が、もう花なんて

    • 無精卵の夢

      規則正しく並べられ 生まれられない卵子達 柔い羽毛の夢を見る 赤い太陽 黄色い花と 銀貨数枚かすめて逃げる 悪戯盛りの幼な子の 青い青い夢を見る 暗い冷蔵庫の中で 生まれられない卵子達 未だ楽しく夢を見る 氷の大地に 大きな獣 途中出会ったマンモスの 牙の上ではしゃいで廻る 赤い赤い夢を見る 殻を破られ目が覚める 鉄の匂いと 火の音と 焼ける匂いで 終わる夢 誰かの身体に飲み込まれ 生まれられない卵子達 生まれないまま誰かになった

      • 毛皮を纏う液体

        世界が巨大な冷凍庫に様変わりしてしまった。 入れ小細工の様に、小さなシェルターの様に、この家の、この一室だけが明るく快適な温度を保っている。 外の世界は人間に辟易としてしまったのかもしれないな、とも思う。 表皮の痛む様な鋭い寒さで、外の人達は大変な事になっているらしい、と液晶の中の顔のないニュースキャスターが話していた。 あまり広くはない部屋の、さらに片隅で、出来る限り、体を縮めて呼吸をする。世界に見つからないように、世界に凍えないように。同じように体を縮めた白い猫と並

        • 日記

          暴力的強風に体温を奪われる季節。 潔いほどの急激な冷え込みで、清々しくもある心持ちなのですが、同時に胃の下あたりになんとなく鬱々とした澱渦巻いている。 というより、澄んだ空気に取り巻かれて、解像度を無理やり上げられた精神に否が応でも向き合わねばならなくなってしまった。 だいぶん間の空いた感情整理の日記を書いてみる。 生まれてから何度目かの冬。カウントは簡単に出来るのですが、なんだか数えるのが惜しい気分なのであえてしない。 師走の慌しさと、現実逃避の過去の回想を行ったり

        • 固定された記事

        夾竹桃

        マガジン

        • 短編集
          56本
        • 4本
        • 回記録と日記
          2本
          ¥1,000

        記事

          弔い

          たった一度の流行で擦り切れた言葉達が、今日もひっそり死んでいく。 何もかも、エモーショナルな使い捨て、弱さで武装し盾にする、打ち砕かれたら伽藍堂。 頭の中に連なった引き出し、そっと乱雑に開けて、忘れかけた言葉達を舞台上に引き上げて、雑多に並べたフリークショー。 見せ物達の成れの果てが、己であると、今更になって認識する。 知る事と認識する事の差異の重さに首を垂れて、悔恨したとて、時計の針は右回り、乗れない電車に記憶だけそっと乗せて見送った。 明日は何を看取ろうか。

          弔い

          落下

          特に理由はなかった。 これと言って何かあった訳でもなかった。 唯、街に数個しか無い高層ビルのひとつから、窓の外を眺めていた時、1つの夢想に取り憑かれてしまっただけだった。 もし、今指先が触れているこの窓が、はめごろしでは無かったら。 もし、この窓から身を半分乗り出してみたら。 もし、そのまま、地面への瞬間的飛行(あるいは落下とも表せる)が結構出来たなら。 アスファルトに辿り着くまでの数秒で何を感じるのだろうか。肉体がお終いになる瞬間までの、途方もない痛みと対峙して、何を

          落下

          自動筆記

          脊椎に伽藍堂が出来上がる。 毛並みの温もりとカフェラテの匂いの類似性が巡る、夜がただ静かに訪れるから、万年筆のインクはまだ酸化の気配を見せてくれない。 深海魚の鱗のない身体を思えば、正体の無い自己と強制的に向き合わされるから、回遊するように逃げ回り、辿り着けない砂漠まで行く。 逃げ延びた先の砂つぶは、遥か昔は何者かの血肉だったのかもしれない、蜂蜜の甘い匂いが太陽に擬態し、焼ける熱気で喉粘膜が干上がっていく。 砂糖粒は星に擬態したままで、もう何万年も会えていない。遠いとこ

          自動筆記

          湖の底

          煮詰めた杏の空から、ぬるく半端に冷やされた糖蜜の様に、夜の空気が降りてくる。 開けたばかりの煙草がミルク粥の様に甘く、風のない薄闇で、目の前に滞留して消える。 重い瞼をこじ開ける為に淹れた、濃すぎる珈琲がまだ舌の上で重く香っていて、心臓がまどろみと覚醒に分離してしまった。 細波ひとつない、湖の底で、ひっそり息を殺しながら、時が過ぎるのを待っている様な、形容し難い悲しみが、まだ、発作の如く首をもたげてくる。 なんとなく目の覚める様な色を探して、小さな庭をぐるりと歩く。

          湖の底

          平行宇宙の狭間で

          ふとした時に、この世界と私の世界のズレを突き付けられることがある。 階段を登る時、地面に対して垂直を保って登っていたはずなのに、登り切る頃にはつんのめって転ぶ寸前まで傾いていた時。 朝起きた瞬間に、寝ぼけた頭で、此処がどこなのか把握出来ないあの瞬間。 社会の大多数の人間が、自然と習得していく常識的事柄を全く知らないと気付いてしまった時。 それと、仲間内で賑やかに騒いでいても、急にスッと世界が遠くなって、私の精神温度だけがどんどん周囲と反比例して冷え切っていく時。 急

          平行宇宙の狭間で

          アルコール漬けの細胞

          カーテンの様に垂れ下がる、重い夏の湿度を掻き分けて、玄関の戸を開ける。 すると解放されたかの様に、体内をアルコールで飽和させた人間特有の臭いが鼻をつく。 湿度で程よく青い空気に、沈澱する様な重い白が、ゆっくり斑らを作る。どろりとした、重い白を辿れば、アルコール漬けの細胞達に簡単に辿り着けるような強い臭いで目眩がした。 その場の空気を吸い込むだけで、酩酊しそうな臭い達が肺を出入りすると、不意に先程すれ違った、救急車と消防車の目まぐるしい赤いランプが、瞼の裏を通過していく。

          アルコール漬けの細胞

          忘れてきた帽子

          ガラスの舌を噛み砕きながら、僕は大変苛立っていた。 この照り付ける痛いほどの日差しの中、忘れて来てしまったのだ、帽子を。こうして焼けたアスファルトの上を歩いている時も、燦々と降り注いでくる眩しいほどの殺人的太陽光線。 こうなってしまうと、暫く、屋根のある場で、あの日差しをやり過ごすより他ない。僕はゆっくりと路地を抜けて、小さな喫茶店へ入った。 古い匂いと、藍色と焦げ茶の空気が心地よかった。   「いらっしゃいませ」 と声をかけてきた老女に、「すみません、アイスコーヒーを

          忘れてきた帽子

          温室の夜

          重い扉を開け、外に出て、使い捨てのライターの、小さな小さな火で、静かに煙草に火をつける。 空調で少しばかり冷え過ぎた、明るく乾いた室内から、扉一枚、隔てた外は、温室のような湿度と眩暈のする湿度で、空気そのものが酷く重く纏わりつく。 夜の暗闇の中で、木々は葉の色を暗色に変えながら、時折申し訳程度に吹く風に、葉をこすり合わせて、ひそひそと音を立てた。 壁と扉に遮られてた室内は、安息を約束された柔らかな繭のようにも、そこでしか生きられない故に、区切られた水槽のようにも、満ち足

          温室の夜

          アナグラム

          リスクの3文字を並べ替えて 薬に変える 薬、くすり、クスリ すくりと笑う大衆 大衆と民衆と醜悪な体臭 人間の香りが嫌いで 嫌いで体温は地雷だ 満員電車 人波に上手く乗る術 上手く滑り込んだ つもりになるだけで 全て地雷原 忍耐は美徳で 秘匿なる自己犠牲的マゾヒズム 耐え難きを耐えても そこにあるのは酷く痛む人体 存在はぞんざいな錯覚で 気付いた時にはもう遅い失格 失態に石を投げる 言論統治の実態 燃やされた本たちは 肥された土壌であった

          アナグラム

          ラズベリーのゼリー

          合成されたチェリー味のキャンディで 舌が赤く染まってベタついている。 少し前から、鈍色の雲に 空が覆われ始めていて、 もし、雨が降り始めたら、 雨粒の間引きをしなきゃいけないな とどうしようもなく気怠い頭で ぼんやり思う。 雨垂れを間引きし終えたら、 冷蔵庫に入れたままの、 ラズベリーゼリーでも食べよう と決め込み 仕事にかかる準備をする。 ぬるい風と雨の匂い、不快な湿度の中で 雨垂れを少しずつ間引きする 雨粒の優劣は間引かれて 人は間引かれなくなったのは なんだか不公

          ラズベリーのゼリー

          雨の合図

          青々とした空、一輪の雲さえない青空。 その空の隅っこに、薄青色のリボンが結ばれている。 もうすぐ、雨よ、の合図だった。 雨の匂いの、淡い気配すらまだ無く ぬるい空気が周囲を行ったり来たりしている。 時折、金の鱗の回遊魚が、その狭間を ゆらりと泳ぎ、きつい太陽光で その鱗を眩しいほどに光らせては消えた。 少しばかり経ってから もう一度窓の外をみると 空の端に、重々しい暗色の雲が 青空の舞台に緞帳を下ろす様に、 そろりとこちらへ向かってきていた。 それ見たことかと、笑う回遊

          雨の合図

          シェルター

          雨粒が、やけに酷く音を立てて 窓硝子を何度も叩くので 重い脳を無理矢理持ち上げ 完全遮光の重たいカーテンを ほんの少し指をかけて開ける 二階ほどまで背が伸びた ハナミズキが のたうつ様に枝を揺らして 外は嵐だと教えてくれる 雨音、しなる木々の軋み 風音、雨粒がアスファルトに落ちる音 二重にはめられた硝子越しに 本の群れと外を眺める 束の間、部屋はシェルターになる 古い医療器具、害獣とされた子達の毛皮 兎の頭骨、山積みの本と、キャンパスと 絵の具、暑くも無く寒くも無い

          シェルター