XRと私

VRChatは実質無料
VRChatを使用しているといつの間にかPCやVRデバイスを買っていたり、創作に目覚めてプロ向けソフトを買って数万円~数十万円が消滅する現象。

私の場合、”VRChatをやっていたら転職していた件について”。
客観的にはこの記事もまたありふれた「お気持ち表明」だけど、この判断をしたことを後悔しないように、過程を公開記述しておこうと思う。もしかすると面白い読み物になるかもしれない。

端的にいうと、VRChatで出会った人たちに心動かされて、そしてVRの可能性を再び目の当たりにして、この流れにどう貢献できるかと考えた結果転職するのが最善という結論に至った。

思い返してみると、2012年に初代Oculus Rift DK1を支援した前後の数年間は、ARとVR、つまりXR全体に対してかなり色々な思いがあったはずなのに、業務でプログラムを書くようになってからは久しく忘れていた。

私がプログラムを書くようになったのは15年以上前で、ここ数年は仕事として書いているのだけれども、振り返って見ると常にそこには3Dの影があったような気もする。

もしかすると無理に点と点を繋げて意味を見出そうとしているだけかもしれないけれど、そのぐらい雑でもいいよね。人生は論文ではないし、再現性の無さこそがおもしろい。

学生時代


2010年あたりの頃の記録は曖昧だけど、D言語とOpenGLで三次元剛体物理シミュレーションとか書いてた気がする。覚えてる範囲ではこのとき初めて三次元処理を触ったけど、数学がわかっていなかったので箱を複数積むと爆発していた。

大学に入って一年後、ひたすらコンピューターの歴史を調べていた時期があって、人工知能、サイバネティクス、ユビキタス、そして仮想現実みたいな思想の源流にふれた。これらはすべてインターネットが普及する前にできた概念で、数十年たったいまでも実現の道中にある。この時期に知ったことがかなり今の私の世界観の基礎になっている。

電脳コイルというアニメを見たのもこの頃。すごくよくできた作品だと思ったけど、興味はもっぱらこういう技術インフラをどう実現するかというところに向いていた。その結果謎のポエム(2011年)を書いたり、AR用HMD作ってみたり(2010年)していた。できたものの性能は本当にひどかった。後から言うのは簡単だけれども、2019年の今ですらAR用HMDは苦労していて、2010年に個人が実用の片鱗ですら見えるものを作るのは無謀だったと思う。ここでVRの方を選べていてたらもしかするとかなり違った今があったかもしれない。というのも、OculusのPalmer Luckey氏がプロトタイプを作って密かに活動していたのも同じ頃だからだ。

全く悔しさが無いというと嘘になるけれども、じゃあ当時の自分にこのデバイスを商業カンファレンスに持っていったり、クラウドファンディングするような胆力と知識があったかというと無かったので納得はしている。

もしかすると読者には私が起業家精神とか夢と期待にあふれた学生だったように見えているかもしれないけど、そんなことはなく、むしろ焦燥感が強かった。それとcomputer scienceとその周辺分野への興味が結びついた結果が乱雑な成果物。

そうこうしているうちに研究室配属の時期がやってきて、XRっぽいことをやってるけどなんでもできそうで平穏な雰囲気の場所を選んだ。指導教員は研究が好きというより良い職業研究者・マネージャーで、プロジェクトのスコープのとり方と見せ方、組織文化の維持方法みたいなものを明文化した知識として持っていた。最先端ではなかったけども、好きな論文をゆっくり読んで雑談できる良い環境だった。

AR分野では2007年に書かれたPTAMというソフトウェア・論文がある種の開祖とされていて、はじめの頃はこの論文を読みながら実装して勉強していた。このとき初めて1000x1000を超える行列を触って、線形代数のありがたみと奥深さを感じた。その後の数年間でXRの基礎技術、つまりcomputer graphics / computer visionの流れは把握できたように思う。この分野は物理と人間の認知特性が密接に絡み合っていて、現実性の本質に迫っているように今でも感じられる。

一方で、大量の地道な改善が大事とも感じた。PTAMにしても、マルチスレッド化みたいな実装の改善を重ねてようやく当時のPCでリアルタイムで動くようになって、そのリアルタイム性が人々にARの可能性を感じさせたというのが功績の大部分。セカイカメラは2014年にサービス終了してしまったし、結局ユーザー数を増やして経済を回していかないと、大量のエンジニアや研究者を何年間も分野に張り付けておくことはできない。

新しいメディアは新しいコンテンツと文化を創る。このころ最も普及していたVRデバイスはOculus Rift DK2になっていたけど、トラッキングができるVR用コントローラーはまだ付属していなかった。巨大なボタンに頭を何秒か向けて入力するUIと、USBゲームコントローラーで頑張る時代だった。宇宙旅行、ジェットコースター、ホラーみたいな長くても15分で完結するような単発の体験がひたすら生まれていた。いくつかはもっと汎用的に使えるツールで、例えば三次元お絵かきツールのTilt Brushは2014年にプロトタイプがあって2015年にGoogleに買収された。これはVRChatに出会う前では私が最も長時間(とはいえたった21時間)使ったVRソフトウェアでもある。

私も実験的にVR用のアプリ切り替えソフト(当時はSteamVR Dashboardが無かった)とかコーディング環境とか作ってみたけれど、いまいち展望が持てなかったし継続的に改善する意欲が湧かなかった。


これおもしろいけど何につかうのかよくわからんな、という感じでXRとは関係のないsoftware engineerとして就職した。

就職後


就職先はwebとモバイルを主戦場にしている会社で、業務では3D系の処理に関わることは基本的にはなかった。会社内の別部門では確かに大規模な投資をしているようではあったけど、その影響は自分にはなくて、自部門の巨大な製品のごく一部を改善するというのが仕事だった。

とはいえユーザー数は膨大で、製品のごく小さな一部でさえ非常に豊かで難しい問題を含んでいた。実世界の多様な法律や文化、外界に対応するために無限に複雑になる製品仕様、それを実現するための大規模コードベースと大規模組織、そういうことが肌身に感じられた。

学生の頃からソフトウェアデザインの本を読むのは好きで、概念としては大規模開発がどういうものかは知っていた。でも実感はなくて、すごいコードを書けば数人でも世界は変えられるんじゃないかと期待していた。Paul Grahamのハッカーと画家にかぶれていたのもある。そういう無邪気な期待が薄れて、コードを道具として扱うようにもなった。

そういう諦観というか納得があって、ある意味では昔より自由に趣味としてものを作るようになった。ブラウザで動く植物シミュレーター作ったりとか。切迫していないし、趣味のアウトプットの量は下がったけれど、悪くはない生活だなと思っていた。

冷静にgithubを見返すと、“この人いつも3Dのコード書いてんな”(実際同僚の一人に言われた)って感じで偏りはあるのだけど、特段それを意識することもなかった。

そして、2018年5月、VRChatを始めた。

VRChatとの出会い


実はアカウント自体は2017年末には作っていた。たぶんミライアカリさんの動画で見たのがこのソフトウェアの存在を知ったきっかけ。とはいえ当時使っていたデバイスの相性問題でチュートリアルが正常に動作せずに、Early Accessだしこんなものかと放置していた。

思い返すと、2011年MMD杯のkinectを使ってリノ=ライトを操作している動画を見たときも、なんとも言えない生々しさを感じて何回も動画を見返したものだった。当時は単にモーションキャプチャー由来のリアリティと捉えていて、的外れにもモーション生成系の文献を調べていた。実際には身体の動きと視覚の相互フィードバックで生じるアバターとの一体感が表れていたのだと思う。

VRChatを体感した後だと、その状態で他の人と触れ合うとすごいことになりそうというのは自明なんだけど、そこまで先見の明は無かった。そもそも、実声で見た目だけ変えるのを許容する人間がこんなに増えるのは信じられなかった。ねこますさんは特異点。別の世界線では皆がボイスチェンジャーか音声合成を使っていたと思う。

2018年に入って、ぽつぽつとtwitter上でVRChatの話を見かけるようになって、ふいに5月にもう一回試したら今度はちゃんと動いてしまった。目的は、おもしろい人と出会いたい!…とかそんな外向的な理由ではなく、気になるし調査しておかないとみたいな感じだった気がする。とはいえ自分のアバターは気にかけていて、5時間ぐらいかけてsuriyunさんのhoshiを選んだ記憶がある。このころはtrustシステムがまだなくて、誰でもアバターをアップロードできた。

5/27、けもみみタウンの看板を一人で読んでいたら、とある二人組に話しかけられたのが最初の出会い。その後ひと月ぐらいはそのうちの一人(もう一人はVRに定住しなかった)と私のふたりでワールドめぐりしていることが多くて、その過程でいくつかのコミュニティと接点を持った。

最初に定住することになったのは20人弱のコミュニティで、特に目的もなくファンタジー集会場のpublicインスタンスで雑談していた。当時は2019年の今と比べると出回っているアバターも遥かに少なくて、結構な割合の人が重めの改変か自作をしていて、結構リアルよりの話もする集団だった気がする。

興味深いことに、こうして毎日のようにVRの中にいるとすごく自分の見た目が気になるようになった。ときたま自分の見た目に違和感のある部分がでてくるので、違う要素を試してみてそれが自分の振る舞いに適合するか、ひたすら試行錯誤してイメージを摺り合せていく作業は今でも続いているし、もしかすると終わりが無いかもしれない。

そんな感じで日々をバーチャル一般人として過ごしていると、いわゆる技術勢と呼ばれている人達にぽつぽつと会うようになった。技術勢というのはVRChat SDKの独特の制限の中で、シェーダーやAnimatorやJointみたいなコンポーネントを駆使して複雑なアバター・ワールドの機構を実現している人達だ。

生活空間だからこそ、楽しくしたい、かっこよく見せたい、というような意思は強く、ときには切実なまでに伝わってきて、まさにVRという不毛の新天地に文化を産んでいる過程なのだと思った。ほんとうに眩しく、未来を切り拓いている人もいて、そのモチベーションに水を差さないように微妙に距離をおいて見ていた。人生で初めて書くプログラムがシェーダーという人が何人もいて、面白いことにならないわけがない。

私はというと、VRChat内で何かを成すことにはあまり興味がなかった。というのも、UnityやOS上で直接動作するプログラムを書けば手間はかかるけれど制限が無く何でもできるのはプログラマーにとっては明らかで、いつ消えるかわからないVRChatの制約をアクロバティックに回避することにあまり興味を持てなかった。私はパズルはあまり好きではないので。

とはいえ、その間私が何も作らなかったかというとそうでもない。他の人がいて、毎日何時間も話せて、いろんなものをリアルタイムに見せ会える環境というのは新鮮で魅力的だった。そういうわけで、汎用的に使えそうな技術に基づくものはいくつか作ってきた。

なんかエモい滝壺ワールド作ろうと思ってアセットを何万円か買い込んだものの広すぎて途中で挫折したり。(ちなみにこれのスケッチはTilt Brushでやった。)

自宅をフォトグラメトリーで作ってみたり。


これはかなり楽しくて、フルボディトラッキングでVR内での移動が実世界と同期するので、机に手をつくこともできるし、ベッドで寝ることもできる。リアルっぽい風景と合わさって、結構どきっとする。MRで同棲という概念は2020年代に来ると思う。

GPUパーティクルの流行りに飽きてきたときに、レイトレ・パストレで八分木とコーネルボックスを作ってみたり。GPUで動く複雑なコードを書いたのは実はこれが初めてで、その速さに感動した。

この内のいくつかは小さな流行の起点になったようで嬉しい。こうしてささやかな成果物はあるものの、私にとってVRChatは生活空間としての側面が大きい。ひたすらの雑談とたまに起きるおもしろい変なこと。謎の撮影に巻き込まれて午前3時にフルボディトラッキングで踊ったりとか。

観測範囲内では完全にキャラクターを構築してロールプレイしている人はかなり少なくて、素の人格に近い節度のあるバーチャル一般人が、たまに状況に合わせて演技をする程度に見える。多様なバックグラウンドを持った人格が(多くの場合)少女になって毎日を過ごす光景というのはまさにフィクションに描かれる、日常と非日常が混在したようなドラマチックな環境を生む。その中で過ごせることの、どれだけ幸せなことか。

まさに永遠に続く青春。その終わりの予感も含めて。


VRの今


この頃には、ある種の体験についてVRは現実を超える事ができるという確信を得ていた。それが消えてほしくない、ただその要素が何なのかは靄がかかっている。ちょうど仕事で一区切りついたのもあって、今後自分が何をしたいかと、VR業界の展望を重ね合わせて考えるようになった。

考えて出てきた発見のひとつに、現実性と経済に関するものがある。

VRChatユーザーがVR外でつながるにはtwitterかdiscordを使うことが多いと思う。実は、全員がVRに住んでいてもこれらのサービスは機能するし役に立つ。世界の事業の何割かは基底現実でもVRでも同じように動くのではないか。

この考えに鳥肌が立った。現実が反転していくような。過冷却された水が凍るように、急速にこの相転移は起きうるのではないか。2000年以降いろいろなサービスがオンラインに移行したのはまさにこの前段階として機能するのではないか。

こういう考えを弄ぶことはいつでもできるけど、実際に人が住める新天地があると自分達が確信していて、それがまだ世界に発見されていないとなると本当にわくわくする。

一方で、VR業界の現状を見てみると、すでにプラットフォーム化しつつあるFacebook (Oculus)やValveがあるが、本腰を入れているようには見えないし、旗色が悪くなればいずれ撤退するだろう。そして、その上に乗るアプリケーションを作る小さめの数十社がこの数年で数億~数十億円ぐらいの出資を受けて拡大しようとしている。だけど、どの会社もVR単体で自身を支えるにはまだ十分ではない。

この不安定感は非常に楽しそうで、魅力的だ。ちょうど今後数年でVR業界が消えるか発展するかが決まる過程に関われて、うまくいけば自分の行動が文化的、ビジネス的、あるいは技術的基盤として相当先にまで残る可能性があるということなのだから。

すでに何かしらの確信を得ている状態では、これは分のいい賭けだと私は思った。

私の選択


より具体的にはどういう身の振り方をするといいかというのを数ヶ月かけて色んな人と議論しつつ考えた。いろいろな未来への道があって、その中で自分にとって最も意義がある選択とは。

…実は下書きではいろいろ分析を書いていたのだけど、公開するには数年早いと思い直して消した。予想が難しいからこそおもしろいのだから。

というわけで、創業者の夢が大きいclusterにjoinすることにした。他にも良いと思った点は色々あるけど、まだ宣伝するほどには詳しくないので、数カ月後に近況を書こうと思う。

人生思わぬことが転機になるなと思うけれども、こうして振り返ってみると不思議な整合性がある。それがおもしろいと思える。VRChatを初めてすぐに人と出会ってなければそのままやめて、転職もしていなかった可能性が高い。本当に不思議。

こうして昔見た夢をまた追おうと私に決断させてくれた人達には本当に感謝している。今まさに新しい体験と文化を産み出している人々が、その輝きを未来に広めていけるためのインフラの一助になれれば幸いに思う。

あなたと私に、素敵なVRの旅を!

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