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運の神様

冬の真夜中、窓の外には

雪がちらほらと降っていた。

道にも雪が積もり始めていた。

Fはソファーに腰かけて

銀行通帳を眺めては、

ため息をついていた。

目は血走っていた。

飲みかけのコーヒーは

とっくに冷めてしまっていた。


Fはいわゆる中流家庭で育った。

生活には、困ることはない家庭だった。

しかし、贅沢はあまりできなかった。

小さい頃から、負けん気が強く

直ぐに人と比較しては、

競争心を燃やしている子供だった。

Fがどんなに頑張っても

どうしてもかなわないものがあった。

それは、所得格差の壁であった。

金持ちの子供たちには、

いつも悔しい思いをしていた。

いつしか、Fはお金に対する

執着心が強くなり、成長するに付けて

お金が何よりも大事と思うようになった。

Fの目的は、金を貯めること。

大学を卒業後、比較的給料が良い

商社に就職をして、日々まじめに働いた。

残業もいとわなかったので

同世代に比べ、収入は多い方だった。

貯金も順調に増えていた。

しかし、そうであっても

まだまだ上はたくさんいる。

会社員の限界も感じていた。

その様な時に、FXと言う投資を知った。

外国の貨幣の為替変動に投資して

利ザヤを稼ぐものだった。


最初、

Fは用心してデモトレードをしてみた。

元入金500万円が、10日ほどで

50万円も増えた。

デモなので実際の金のやり取りではない。

画面上の数字の増減の話だった。

しかしこの経験が、

Fを舞い上がらせてしまった。

こんなにも簡単に金を増やせる方法を

今まで知らなかった。

実戦をしたい気持ちが抑えられなくなった。

最初は用心して、100万円を入金して

スタートした。

小さなロットで、売り買いを繰り返し

ひと月にやっと5万円を手に入れた。

その時Fは思った。

これが、1000万円の元金なら

50万円だった。仮に、税金を差し引老いても

手取りで40万の儲けだ。

こんなにも簡単に金が手に入る。

この誘惑に勝てず、Fは500万円の

元入金で挑むことにした。

100万円の時よりも、より慎重に

取引をして、勝ち負けを繰り返しながら

その月は10万円の利益があった。

そのような事を繰り返しながら

益々のめり込んでいった。

1年が過ぎた。

結果は、43万円のプラスになっていた。

その頃には、FはFXが投資でなく

ギャンブルだと気付いていた。

勝敗は50%でなく、手数料や税金を

考えると、もっと分が悪いものだった。

いつまでも繰り返していると

いずれ、損をすることも

うすうす気が付いていた。

しかし、儲けた時の快感は、

忘れられなかった。

少額の利益では満足できず

大きなロットでハイリスク

ハイリターンになっていった。

周りの者は、勝っているうちに

手を引くように忠告してくれたが

Fには聞こえなかった。

自分には、才能がある。

他の者と違うそう思いたかった。

FXのブログを発信している人で

年間、億を稼ぐ人も何人もいるらしかった。

自分もその一人になれると思っていた。

その人たちの手法を研究して

自分なりのルールを考えて続けていた。

仕事に対する、熱意はすっかり冷めて

会社では、小さなミスを

繰り返すようになっていた。

周りの人は、ますます心配して

忠告してくれていたが、

もうその声も聞こえなくなっていた。


過去にも数回大勝負に出て

数十万円単位の勝ち負けを繰り返していた。

今回は、損切りのタイミングを逃がし

もっと大きな含み損を抱えてしまった。

もっと早く、損切りすべきだった。

悪いことに、損を取り返そうと、

さらに資金をつぎ込んで

完全にドツボにはまってしまった。

FXは株で言う、信用取引のようなもので

レバレッジと言う証拠金の何倍もの

取引をしている。

含み損が証拠金の金額を超えそうになると

更なる追加の入金を促される。

入金がなければ、強制清算されて

取引が終了する。

そして、証拠金はなくなってしまう。

今まさに、

その瀬戸際にまで追い込まれていた。


通帳を眺めながら、

残りの大金をつぎ込むか

ここで、引き下がるか

Fは迷いに迷っていた。

冷静に考えれば、

ここは止めるべきであった。

FXの指南書やブログの経験談でも

損切りの大切さを

儲けること以上に説いていた。

実践をくぐってきた

Fにもその事は良く分かっていた。


ここまで頑張ってきて

止めたとたんに

プラス方向に動き出すこともよくある。

そうなるのではないかと言う思いが

心の片隅にあり、決断を遅らせていた。


Fは画面のボタンをクリックした。

送金ボタンであった。

さらに金を追い金して、

今のポジションをキープした。

しかし翌日も、その次の日も

さらなる損金が増えて、

もうギブアップしかない状態になり

あっけなくこの勝負は終了した。

負けが続き、いつしか

長年貯めた貯金は、

3分の1に減っていた。

その後、1週間ほどして

相場はプラス方向に動き出した。

持ちこたえていれば、損金を取り戻し

大きな利益が出ていた。

Fはただ眺めているだけだった。

勝負の神様が、自分を見放したと思った。


「神様、なぜこのようなむごい

試練を与えるのですか?

もう一息だと、もう少し待てと

どうして教えてくれなかったのですか?

恨みます。」

Fは、そうつぶやいた。

自分が悪いとは、思いたくなかった。


そうすると、頭の中に声が聞こえてきた。

「私はお前に、何度も声をかけたではないか。

時には、友達の口を借り、時にはお前自身の

心にも呼びかけたぞ。」


「そのような声を、私は聞いていません。」

とFは口をとがらせて反論した。

神様は、

「そうじゃ。

お前は、自分の見たいものしか見なかった。

自分の聞きたい事しか聞かなかった。

後は、目を閉じ、耳をふさいでおった。

もしも、お前がしっかり周りを見て

しっかり聞く耳を持っていたら

こうはならなかった。

しかしお前の失ったのは、たかが金じゃ。

お前の得たものは、失敗の経験じゃ。

この支払が高いか安いかは

今後のお前の行いにかかっている。

時の運ともいうものは

人は皆、平等に同じだけ持っている。

しかしお前は、いつも自分の都合の良い

結果ばかりを想像していた。

本当は、ギャンブルを負けるまで

止められないことに気付いていた。

でも見ないようにしていた。

もうこれは、勝負とは言えない。

金の誘惑に負けた時点でこの勝負は

決まっていた。

大切な運を使って、一時勝ったとしても

負けるまで辞めないなら

意味がないではないか。

運は、そういう事に使うものではない。

人生の岐路に立った時の為に

大切にとっておくものだ。」


そう言って、声が聞こえなくなった。


Fは、やっと目が覚めた。

全くその通りだ。

その後は、仕事に励み勝負事は止めた。


すべての歯車はうまく回り始めた。


目の前にあっても、見たくないものは

見えないことがある。

耳元で話しても、聞こえない事がある。

人間の都合とは、不思議なものだ。

あなたは、そのような事はありませんか?

金の誘惑に負けて

大切な運を無駄使いしていませんか?


運の神様は、

「人は皆同じだけ運を持っている。」

大事なのは、運の有無ではない

使い方だと教えてくれた。

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