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全米3位!Z世代最強の2人、ピンクパンサレスとアイス・スパイスが「2023年の顔」になった5つの理由

2023年初頭における最大のサプライズ・ヒット――それは間違いなくピンクパンサレス&アイス・スパイスの「Boy’s a liar Pt. 2」だ。

この曲はピンクパンサレスが2022年10月にリリースした「Boy’s a liar」に、アイス・スパイスが新しいバースを加えたリミックス・バージョン。2023年2月3日に発表されると、瞬く間に全米3位へと上り詰めた。

ビルボードのグローバル・チャートでも3位、Spotifyの「トップソング – グローバル」でも5位につけるなど、世界的に大ヒット中だ。

☝リリース1ヶ月で全米3位に

ピンクパンサレスは、この曲で初の全米トップ100入り。彼女がこれほど急に大ヒットを放つとは誰も予想していなかったに違いない。

では、なぜ「Boy’s a liar Pt. 2」はこんなにヒットしたのか?どうしてピンクパンサレスとアイス・スパイスは早くも「2023年の顔」になることができたのか?その5つの理由を紹介する。

1. すでに2人は「Z世代の最注目新人」だった

流石にここまで急激に大ヒットするとは予想外だが、そもそもピンクパンサレスとアイス・スパイスはいま最注目の新人アーティストたちだ。

イギリス出身の22歳、ピンクパンサレスのデビュー・ミックステープ『To Hell With』は、2021年に欧米メディアの年間ベスト・アルバムを席巻している。主要な結果は以下のとおり。

「Time」3位
「Rolling Stone」12位
「Billboard」14位
「The Guardian」33位
「Complex」46位

『To Hell With』は一言で言えば「手作り感満載のベッドルーム・ドラムンベース」。既存の流行とは距離を置いた音楽性で、この結果は破格だろう。

そして、イギリスの業界関係者が選ぶ「ブレイクが期待される新人」ランキングの2022年版、BBC Sound of 2022では堂々の1位を獲得している。

デビューから間もなくして、ピンク(と盟友のムラ・マサは呼んでいる)はメディアや業界からの評価が著しく高かった。そして彼女の曲はTikTokユーザーからの支持も厚い。何かきっかけがあればブレイクするはず、と多くの人から期待されているアーティストだったのだ。

一方のアイス・スパイスは、ブロンクス出身のニューヨーク・ドリルの新鋭(年齢は23歳)。2022年夏に「Munch (Feelin’ U)」がバイラルして一躍名を馳せた。

「Pitchfork」はこの曲を以下のような見出しで絶賛。

私たちが待ち侘びていた、今年の夏最高のニューヨーク・ラップ・ソング

出典:Pitchfork

ヒップホップ・メディアの「XXL」は、彼女の人気ぶりをこんなふうに綴っている。

この6ヶ月間(記事が出たのは2022年冬)、アイス・スパイスを見たり聴いたりせずにネット上で過ごすのは不可能だった。タイムラインは彼女の歌詞、スニペット、インスタグラムのクリップ、彼女の肌の色とジンジャー色の巻き毛を意識した似顔絵のミームで溢れていた。

出典:XXL

つまりアイス(と呼ばれている)は、いまニューヨークでもっともホットな新人ラッパーだということ。

いわば、ピンクパンサレスとアイス・スパイスはZ世代最強の2人。彼女たちがコラボするとなれば、感度の高いリスナーがざわつくのは必至だった。

2. カーダシアン家も巻き込んでTikTokでバイラル

「欧米では最新ヒットの75%以上はTikTok発で生まれている」というデータはないが、体感としてはそれくらいTikTokがヒットの発信地となっている。

リリースからわずか1ヶ月で全米3位という「Boy’s a liar Pt. 2」の急激なヒットも、やはりTikTokでのバイラルが大きな理由だ。

2023年3月24日現在、TikTokには「Boy’s a liar Pt. 2」の音源を使ったビデオ160万本以上投稿されている。

この曲のバイラルを加速させた理由のひとつと言われているのが、キム・カーダシアンの娘、ノースが「Boy’s a liar Pt. 2」の音源を使ってアイス・スパイスの似顔絵を描く動画を投稿したこと(しかも上手!)。この動画は420万回再生の大ヒットとなっている。

このビデオが話題を呼んだことで、ノースとアイスは今度はコラボ動画を撮影してTikTokに投稿。アイスに会えてめちゃくちゃ嬉しそうなノースがキュートすぎる。

@kimandnorth

We love you, ice spice, 🧊🧊🌶️🌶️

♬ In Ha Mood - Ice Spice

この3本の動画の再生回数は、上から820万回、770万回、160万回。これらが「Boy’s a liar Pt. 2」のバイラルをさらに後押ししたことは言うまでもない。

3. 同世代女性の共感を呼ぶ歌詞の上手さ

TikTokで「Boy’s a liar Pt. 2」が使用されている動画を見ると、その多くがアイスのバースを切り取って使っている。この曲のヒットの理由のひとつは、アイスがラップで歌っている内容にあるといって間違いない。

曲名からもわかるように、「Boy’s a liar Pt. 2」は「男の子って嘘つきだよね」という女子の恋愛トークでのあるあるネタを歌っている。だが同じお題で歌うにしても、このリミックスはピンクとアイスのキャラの違いが鮮明に出ていて面白い。

ピンクはいまどきのインディっ子らしくエモ好きなので、今回の歌詞もかなりエモ寄り。男の子に思わせぶりな態度を取られたものの、最終的にはフラれてしまい、「あの男って嘘つき」「私じゃ不釣り合いだったの?」と涙ぐんでいる。

例えばピンクが歌う2バース目はこんな感じだ。

Every time I pull my hair
私が取り乱していたのは

Well, it's only out of fear (Only out of fear)
いつも決まって不安だったとき

That you'll find me ugly
あなたはそんな私を嫌な目で見ていた

And one day you'll disappear because
そしてある日突然あなたはいなくなる

What's the point of crying?
泣いたところでどうなるの?

It was nеver even lovе (It was never even love)
こんなの、愛じゃなかった

Did you ever want me?
本当に私を必要としてた?

Was I ever good enough? (Ever good enough?)
私はあなたに釣り合う女の子だった?

The-the boy's a liar, the boy's a liar
あいつって嘘つき

He doesn't see ya, you're not looking at me, boy
私のことなんか見てないんでしょ

The-the boy's a liar, the boy's a liar
あの男は嘘つき

He doesn't see ya, you're not looking at me, boy
私のことなんか見てないんでしょ

Good eno-o-ough, good eno-o-ough
私ってあなたに釣り合う女の子だったのかな

出典:Genius

うん、エモい、重い

それに対してアイスのバースは、嘘つき男に強気で突っかかり、そいつの彼女のことまでコケにする姿勢が痛快だ。

He say that I'm good enough, grabbin' my duh-duh-duh
「君、いい感じじゃん」って言って、あいつは私のお尻をつかんでくる

Thinkin' 'bout shit that I shouldn't ve (Huh)
私ってバカみたいなことを考えちゃって(ハァ)

So I tell him there's one of me, he makin' fun of me (Ha-ha)
「私が運命の人かもよ」って言ってみたら、あいつは馬鹿にしてきた(ハハッ)

His girl is a bum to me (Grrah)
あいつの彼女なんて私からすれば全然ダメ(グルルル)

Like that boy is a cap
あの男は嘘つき

Sayin' he home, but I know where he at, like
家にいるって言ってたけど、ほんとはどこにいたか知ってる

Bet he blowin' her back
彼女とヤったんでしょ?

Thinkin' 'bout me 'cause he know that it's fat (Damn)
彼女が太ってるからって、代わりに私のことを考えたりしながら(クソが)

And it been what it been (Huh)
まあ、それはそれとして(ハァ)

Callin' his phone like, "Yo, send me a pin"
その男に電話して、「ねえ、(スマホの位置情報アプリで)どこにいるか送ってよ」って言ったんだけど、

Duckin' my shit, 'cause he know what I'm on (Grrah)
あいつは送ってこなかった。私が何を勘ぐっているか気づいたから(グルルル)

But when he hit me I'm not gon' respond (Grrah)
あいつが連絡してきても、返事をするつもりはない(グルルル)

But I don't sleep enough without you
でもあなたがいないと眠れない

And I can't eat enough without you (Huh)
ちゃんと食事も取れない(ハァ)

If you don't speak, does that mean we're through? (Huh)
私に話しかけてこないのって、つまりもう私たちは終わりってこと?(ハァ)

Don't like sneaky shit that you do (Grrah)
あんたがやるみたいな、そういうコソコソした態度って嫌い(グルルル)

出典:Genius

実は内心ちょっと弱っているところを最後に覗かせるというバランスも絶妙。これが同世代の女の子たちから共感を集めるのはよくわかる。

そもそも、アイスの出世作「Munch (Feelin’ U)」も歌詞の面白さが話題となりバズった曲だった。

You thought I was feelin' you?(Nah)
あんたに気があるとでも思った?(そんなわけない)

That nigga a munch
あいつってマンチでしょ

Nigga a eater, he ate it for lunch
あいつはイーター、ランチにアレを食べる

Bitch, I’m a baddie, I get what I want
私はイケてる女、欲しいものは手に入れる

出典:Genius

筆者を含む大抵の日本人からすれば「???」な歌詞だと思う。

だがこの解説によると、マンチとは「オーラル・セックスまでしかやらせてもらえない男」、イーターも「オーラル・セックスする男」というスラングらしい。

しかもヒップホップの世界では、自分からオーラル行為をする男はイケてないのだと。そのように説明されると、これもまた痛快な歌詞だとわかる。

女性としての芯の強さを表現しつつ、ユーモアも忘れない。そんなアイスの言葉遣いの秀逸さはヒットの大きな要因のひとつだろう。

4. TikTokの最新トレンドを取り入れたサウンド

もちろん「Boy’s a liar Pt. 2」の魅力は言葉だけではない。そのサウンドは最新トレンドをきっちりと取り入れている。

「Boy’s a liar Pt. 2」で使われているビートは、ジャージー・クラブと呼ばれるダンス・ミュージックの一形態だ。

その名のとおり、ジャージー・クラブとはニュージャージー州発祥のダンス・ミュージック。140前後の高速BPMキックの三連符、効果音として使われるベッドがきしむ音などが特徴に挙げられる。

よく聴けば「Boy’s a liar Pt. 2」にもこれらの要素が揃っているのがわかるはずだ。改めて確認してみてほしい。

ミレニアム前後に誕生したと言われるジャージー・クラブは、2010年代前半にインターネット・ミュージック界隈で流行したのを経て、ここ数年はTikTokで盛り上がっている(理由は単純にノリがいいから、らしい)。

TikTokで「#jerseyclub」のタグで検索すると、8億8500万回ビデオが再生されているのがわかる。その人気は本物だ。

実は一部のビッグスターも、すでにこのビートを取り入れている。

ドレイクが昨年リリースしたダンス・アルバム『Honestly, Nevermind』収録の「Sticky」「Currents」は、完全にジャージー・クラブに感化されたサウンドだった。

リル・ウージー・ヴァートの最新ヒット「Just Wanna Rock」もジャージー・クラブそのもの。曲提供をしたMCVerttは、実際にジャージー・クラブのプロデューサーだ。

とはいえジャージー・クラブは、一時期のトラップのように、誰もが節操なく取り入れるほどセルアウトした状況とはほど遠い。いい意味で、まだまだTikTokのヘビーユーザーであるZ世代を中心とした局所的なムーブメントだ(もちろん現地ニュージャージーのシーンは別として)。

裏を返せば、Z世代のピンクが自分にとってリアルな音楽として、さらりとジャージー・クラブを取り入れたのは自然なこと。そしてそれがTikTokからバイラルしたのも、ごく当たり前の流れなのだ。

5. 「キュート・コア」と呼ばれる音楽性の発明

ピンクと「Boy’s A Liar」を共同プロデュースしたのは、初期から彼女とコラボしているビートメイカーのムラ・マサ。彼は「Complex」の取材に応じ、この曲の魅力を以下のように語っている。

他のトップ10ヒットを聴いてみると、多くの曲はいかにもヒット曲っぽいサウンドになってる。以前にもどこかで聴いたことがあるようなサウンドなんだ。それも悪いことじゃないけど、「Boy's a liar」は他のどの曲とも似てない。そこが好きなんだよね。

出典:Complex

確かに「Boy’s a liar Pt. 2」は他のどの曲とも似ていない。ジャージー・クラブを取り入れているが、あのビートをこんなにキュートでガーリーに変換したアーティストはピンク以外にいないだろう。

ジャージー・クラブの大半は男性的なサウンドで、激しく体を動かすのに適したビートだ。しかしピンク流のジャージー・クラブは、メロウなベッドルーム・ポップと呼ぶにふさわしい。

つまり「Boy’s a liar Pt. 2」は、ジャージー・クラブと音楽的な構造は合致するが、聴いた印象はまったく別物。最新トレンドに乗っていると同時に、極めてオリジナルでもあるのだ。

こうしたキュートでガーリーなサウンドは、ピンクパンサレスというアーティストの最大の強みでもある。

彼女のデビュー・ミックステープ『To Hell With』は、ドラムンベースやUKガラージ/2ステップといったミレニアム前後のUKクラブ・ミュージックをTikTok世代の女性好みにアップデートしたようなサウンドだった。

オリジナルのドラムンベースやUKガラージは、基本的にパワフルで男くさい音楽だ(2ステップはそうとも言いきれない)。しかしピンクの手にかかると、それもメロウでラブリーなベッドルーム・ポップに変わる。これはひとつの発明だった。

こうしたピンク特有の音楽性を、ムラ・マサは「キュート・コア」と名づけている。

ここしばらく自分のプロダクションで展開しようとし続けてることでもあるんだけど、「キュート・コア」っていうのかな、怒りに満ちた感じじゃなくて(not ragey)、アップビートで、でもすごくエモーショナルな部分が中心にあるっていう。そんな曲がチャートで成功したのがすごく興味深いよね。

出典:Complex

ムラ・マサが言うように、「Boy’s a liar Pt. 2」はヒットチャートに「キュート・コア」という新風を吹き込んだ。

しかも、これは偶然の一発ヒットではない。音楽性、歌詞、状況論、時代性など、あらゆる面で2023年に生まれるべくして生まれた必然的なヒットなのである。

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