読んでみた(過去のレジメ集):ケイト・ウィルヘルム Death Qualified (1991)

【現時点での注釈】過去四社にレジメを出し、玉砕したいわくつきの長篇。最後の出版社では、かなり具体的に話が進んでいて、続篇の版権も取得しようか(その際、続篇以降には興味が無いので、ほかの訳者にまわしてくれ、とも伝えていた)というところまでいったのだけど、最終的な会議で通らず、担当編集者も退社して、結局、訳せずに終わった。作品自体に力はあるのだけど、いまとなればフロッピーディスクが出てくるなど、さすがに古いかな。(2022年5月4日記す)

                                                         ★ ★ ★

画像1

Death Qualified by Kate Wilhelm (1991, St.Martin's) 

【粗筋】
 ミステリ(主として法廷劇)の面白さ八割、SF(カオス理論に基づく世界認識改変譚)の面白さ二割のキメラ的作品。四〇〇頁を超える長さを悠々たる筆致で飽きさせない佳作である。
 
 舞台は、米国オレゴン州の片田舎。失踪から七年ぶりに姿をあらわしたルーカス・フレデリクスは、何者かの手によって、妻のネル(三十二歳)の見ているまえで、ライフルで狙撃され、殺される。目撃者はなかった。ライフルがネルの持ち物であったことから、嫌疑が妻にかけられ、種々の証拠、動機から、有罪必至の状況だった。だが、ネルは、「自分は殺していない、あんなふうに笑いかけてくる人を撃てるはずがない」と主張する。ネルの近所に住んでいる老弁護士フランク・ハロウェイは、娘のバーバラ(三十七歳)に、ネルの弁護を依頼する。バーバラは有能な弁護士だったが、弁護士という職業に嫌気がさし、べつの仕事に就いていた。しかしながら、ネルの無罪を確信したバーバラは、弁護を引き受けることにした。相手側の検事は、かつての恋人だったトニー。
 
 ところで、被害者ルーカスは、とある研究の被験者だった。その研究とは、カオス理論に基づき、成長の過程で獲得したコード体系による「世界の見方」(意識のありよう)を、そのコードを剥ぐことで原初的/根元的な見方にもどし、「神の目」で世界を見ようとするものだった。だが、研究はうまくいかず、ルーカスは精神に変調をきたし、研究者のひとりに鎮静剤浸けにされ、七年間、大学で飼い殺しになっていたのだった。その鎮静剤の呪縛からのがれ、研究の要となるフロッピー・ディスクを盗んで、妻ネルのもとにたどりついたとたんに狙撃されたのである(当然、読者は、研究者側が真犯人だと思うミスディレクション)。なお、ルーカスは、ネルの元にもどる途中で車に乗せた十九歳の少女をレイプしたうえ、溶岩石の岩場をひきずりまわし、傷だらけの死体にしてから川に投げ捨てた狂人としても描かれており、物語にサイコスリラー風味を添えている。
 
 さて、弁護士バーバラ・ハロウェイは、父や父のスタッフ、カオス理論を教えてもらいにいったのがきっかけで恋人になった数学者マイク・ディネセンらの力を借り、反証を集め、圧倒的に不利だった裁判を、不確定要素が多すぎるということで、評決不成立(hung jury)にもっていく。当初、たんなる痴情のもつれ(みずからの生活を守ろうとして、精神的におかしい夫を殺した妻)と目されていた事件が、ノーベル賞級の大学者が絡む事件へと変容していく、全体の半分近くのページを費やした法廷でのやりとり中心にした部分は、読み応え充分(発言の矛盾をつき、偽証を暴き、証人を追いつめていくバーバラの痛快な弁護ぶりは、読者にカタルシスをあたえてくれる)。また、ルーカスと少女を殺した新犯人は、ネルに横恋慕していた隣人だったという謎解きも、まあ多少強引なりにもフェアにおこなわれており、ミステリとして及第点を与えられる。
 
 が、この話は、エンディングの数章で、それまでの日常(ミステリ)から非日常(SF)へと移行する。
 ネルの家でルーカスが隠していたフロッピーを見つけたバーバラの恋人マイクは、コンピュータで、フロッピー上のプログラムをたちあげる。画面にうつるフラクタルなマンデルブロー図形を見ているうちに、マイクは世界の見方が変わり、常人には見えない「彼岸の世界」(otherworld)を見るようになる。このままでは、精神的にあっちの世界に行ってしまうところを、天才的な数学者であるマイクは、理性の力で踏みとどまり、なんとかもどってこようとコンピュータを操る。が、その途中で、元々の研究者たちが押し入り、「見る者を狂気に陥れる」フロッピーを燃やしてしまう。作業を中断され、昏倒するマイク。しかしながら、無事恢復した──かに見えた。
 ルーカス殺しの真犯人が、バーバラにその事実を指摘され、逃亡をはかる。ルーカスが狙撃された近所の森で、散歩に出たバーバラを、車で逃亡したように見せかけていた真犯人がもどってきて、銃を片手に追い回す。救いにあらわれたマイク──「ずっと考えていたんだ。ルーカスはおまえを死ぬほどこわがらせたんだろうな。こんなふうに不意にあらわれたり、消えたりしたんで(だから殺してしまったんだろう)」笑いながら、マイクは指摘する。そう、フロッピー上のプログラムにより、マイクもまた、ルーカスと同様、特異な存在になってしまっていた(この世の因果律に支配されない存在? このあたり、書き方があいまいではっきりしない)。無事逃げ出したバーバラ。マイクは真犯人ともみあい、いっしょに崖から冬の川に転落する(おそらく、この世では、死亡する)。悲嘆に暮れるバーバラ。そのころ、ネル・フレデリクスの十二歳になる長男は、友人といっしょにRPGコンピュータ・ゲームをやり終え、新しいフロッピーを取り出した。「これさ、家にあったのをこっそりコピーしたんだ。どんなゲームか見てみよう……」やがて、くすくすと笑い出すふたりの子どもたち……。
 
【評価】
・じっさいの物語は、上記のような一本調子ではなく、人間関係が錯綜し、かなり複雑な代物になっている。が、ウィルヘルムの明晰な文章のおかげで、非常にわかりやすい。
・カオス理論を云々するところが少し難しくて、はたして物語に本当に必要なのかどうか、門外漢には判断がつかない。
・前三分の一は、のんびりミスディレクションをばらまくのに枚数を費やして、少々かったるい。法廷場面に入ってからは、ドライブ感があり、一気に読ませる。
・近年のウィルヘルムの当たり作になった弁護士バーバラ・ハロウェイ物の第一弾で、シリーズは、十一作書かれており、六作目のDesperate Measures (2001)は、太平洋北西部居住作家に与えられるSpotted Owl Awardを受賞している。

以上

〈弁護士バーバラ・ホロウェイ〉シリーズ
○Death Qualified (1991)
○The Best Defense (1994)
○Malice Prepense (1996)  →PB版でFor the Defense (1997)に改題
○Defense for the Devil (1999)
○No Defense (2000)
○Desperate Measures(2001) 
○Clear and Convincing Proof (2003)
○The Unbidden Truth (2004)
○Sleight of Hand (2006)
○A Wrongful Death (2007)
○Cold Case (2008)

(正確な本レジメ作成時期は不明なるも、1992年だったと思う)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?