読んでみた:スティーヴン・バクスター The Time Ships(『タイム・シップ』中原尚哉訳)

【現時点での注釈】本稿は、SFマガジンにわたしが一回のみ書いた〈SFスキャナー〉の記事だが、どの号に掲載されているのか、自宅の腐海のなかに現物が埋もれていて不明。たぶん 1995年後半に書いた文章だろう。四半世紀以上前の文章だが、いまとほとんど文体が変わらない気がする。原稿のプリントアウトが出てきたので、入力し直した。(2022年5月11日記す)】

 まもなくハヤカワ文庫SFから出るバクスター待望の邦訳第三弾FLUX (1993、『フラックス』内田昌之訳)は、読むと腰を抜かすこと請け合いの怪作だ。中性子星のマントル層に身の丈10ミクロンの人間がいる話なんだから、いったいどんなハードSFになっているか、この手の話が好きな人にはこたえられない作品になっている(オナラをジェット噴射して乗り物を引く豚が可愛い(笑))。シリーズ掉尾を飾る大作RING (1994、『虚空のリング』小木曽絢子訳)も邦訳予定にのぼっており、早ければ96年じゅうにバクスターの宇宙史の全容が明らかにされるだろう。期待していただきたい。

 ところで、作者は、ちょっぴり変なハードSFばかり書いているのではない。三作めの長篇ANTI-ICE (1993) は、ヴィクトリア朝時代を舞台に、核に匹敵する超エネルギー物質が見つかったことで、歴史の流れが変わってしまう、いわばバクスター版『ディファレンス・エンジン』。手作りの宇宙船で月旅行に向かう場面が秀逸。意外なほど物語性豊かな話で、「着想はピカイチだけど、小説作りはからっぺた」という先入観を覆してくれた。

 そのバクスターの最新作THE TIME SHIPSは、なんとH・G・ウエルズの『タイム・マシン』(1985) の続篇! ウエルズの遺族の了承をとりつけるのに多少手間取ったようだが、無事95年に出版されて『タイム・マシン』百周年を祝うことができた。

 物語は、当然のことのように、『タイム・マシン』の主人公であるタイム・トラベラー(1891年当時44歳)が、地底人モーロックに拉致されたエルロイ人の女性ウィーナを救うため、タイム・マシンにまたがり、ふたたび紀元80万2701年の未来に出発したところからはじまる。ウィーナのいる未来へひたすら進んでいたところ、どうも様子がおかしい。前回の時間旅行とは異なる風景がタイム・マシンの外で展開されている。そして、時間旅行中なのに、タイム・マシンの外を歩いているなにものかがいる──外からこちらを窺うようにぬっと顔をつきだしてきた異形の者(時間の外で、時間を見守る「監視者」という設定)。あわてた主人公は、思わずタイム・マシンを急停止させてしまう。着いたところは、紀元65万7208年。真っ暗闇のなか、気配を感じてマッチをすると、目のまえで浮かびあがるモーロックの顔。すでにこんな時代からモーロックに支配されていたのか──タイム・マシンで時間を移動することにより、その後の未来が影響されたのだ(と、主人公は解釈する)。理想とは違う未来を元に戻そうと、1873年、二十代の頃の自分を訪ね、タイム・マシンの発明を止めるよう説得を試みていたところ、家の外に大音声とともに巨大な乗り物が現れる。タイム・マシンを利用して世界大戦を有利に進めているドイツ軍に対抗すべく、1938年からやってきた英国陸軍航時戦車だった。ドミノ倒しのように次から次に変容を遂げる歴史に打つ手はないのか! 邦訳すると1400枚を超えるこの大部の作品は、その後、舞台を、5千万年以上まえの暁新世に(太古に飛来するメッサーシュミット戦闘機という場面あり)、ついで100万年後の未来、そして始原の過去へとめまぐるしく移していく。終盤、いかにもバクスター流のハードSF(またしても(笑)出てくるエヴァレットの多世界解釈)になっちゃうところがなんだが、プロパー作家のウエルズ再解釈としては、なかなか楽しい物語に仕上がっている。なお、ウィーナの運命については、ちゃんと結末が与えられているのは、言うまでもない。

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