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謎の転校生 (全7回・第3回)

 全く進展がないまま更に一週間が過ぎ、私たちはじれていた。そしてこうなったら直接聞くしかないと、放課後に転校生を呼びだした。
「……話って何?」
 転校生の夏木遼は涼しげにそう言う。その口元には薄く笑みが浮かんでいて、まるで私たちを見下しているようにも見える。
「正体を教えろ」
「直球かよ!」
 後ろで虎太郎がツッコミを入れるくらいに素直にそう言った。無駄なことに時間をかけるのは得意な方じゃなかった。通知票でも「辛抱強さが足りない」なんて書かれた。むしろ転校生を放課後つけ回すのに二週間もかけられたことを誉めて欲しい。
「進展がないのがイヤなんだよ!」
 そうだ。尾行当初は少しは進展があったから耐えられた。それがここ一週間は何の進展もなかったのだ。
「だから、正体を教えろ」
 転校生は明らかにがっかりした顔をしていた。元が格好良い顔をしているので、その落胆の表情は見事と言うほどのガッカリ具合だ。
「ヤレヤレ……諦めちゃうんだ」
「……なっ!?」
「君たちがボクをつけ回していることは気づいていたよ。だけど、まさか自分の正体に迫る連中が現れるとは思わなかったから、君たちのことは認めていたんだ」
「……グッ……」
 虎太郎も言葉に詰まる。尾行が気づかれていたことへの敗北感と、転校生が私たちを認めていたという謝辞。相反するこの感情が私たちから暫し言葉を奪っていた。
「たしかにここ一週間は全然進展してなかったみたいだしね。だけど仕方ないよ。組織の連中でもなければ、ボクの正体はつかめるはずがないから」
「組織!?」
 私たちは同時に言っていた。まさか本当にこの転校生には特別な任務があってこの街に転校してきていたとは! 心臓の鼓動がやけに大きく感じられた。
「……そ、組織って何者だ……?」
「それはボクからは言えない。言えば君たちの身に危険が及ぶからね」
「……!」
 組織、危険、魅惑的な単語に言葉が返せなくなる。そしてそれをさらりと口にした転校生の涼しげな笑みが、大人びて見えて眩しかった。
 あいつは何者なんだ?
 いったい何をしようとしているんだ?
 そして、どうして自分たちじゃないんだ?
 興味と羨望と嫉妬がごちゃ混ぜになって襲ってくる。
「でも……」
「でも?」
「君たちが勝手に調べたのなら、それはそれだ」
「くっ!」
 今にして思えば、うまい言い方だ。この言葉で私たちは火をつけられた。そうだ。自分達から関わって行けば、この壮大なドラマの登場人物になれる!
「もっとも、ボクだってすぐにバレるようなヘマはしないけどね」
 そう言って、私たちに背を向け、転校生は肩越しに手を振る。悔しいけど、すごく格好良かった。女子が騒ぐのも頷ける。思えば、この時に私たちも彼に男惚れしていたのかもしれない。
「夏木!」
 私は去りゆく彼を呼び止める。彼は足を止めたまま、首と目だけでこっちを見た。
「……絶対に負けねー!」
「お、オレも!」
 虎太郎も同じ気持ちだったらしい。対する転校生は何も答えず、口元にニヤリとした笑みを浮かべただけだった。
「ちょっと! 二人とも何してるの?」
 後ろからの鋭い声。振り替えると、委員長の桜川玲子が腕組みをしてこちらをにらんでいた。
「夏木君に何したのよ?」
「べ、別になにもしてないよ……なぁ、タっちゃん?」
「お、おぅ」
「本当に?」
 やばい、怒こった顔さえきれいだ。委員長は少し睨んだあと、これ見よがしに大きなため息をついてみせる。
「……だったらいいけど、面倒なことするのはやめてよね。クラス委員の私が怒られるんだから」
「わかってるよ」
 委員長は私の返事を聞くともう一つため息をついてから戻っていった。
「……ああ、クソ! 言いたい! 夏木の正体を、バラしてやりたい!」
 私より先に虎太郎が地団駄を踏む。もちろん私だってそうしたかった。だが、委員長の目を見てしまったら、なんだかそんな気持ちになれなかった。
「まぁ、アイツの言ったことをそのまま言ったら、オレたちの敗けだろ? オレたちがオレたちの手でつかんだ証拠を使わないとダメだ」
「うわ、さすがタっちゃん!」
「だから、コタ。今まで以上にがんばろうぜ!」
「おぅ!」


●04)
 転校生に面と向かって宣戦布告してから私たちは隠れもせず、放課後の彼をつけ回すようになった。彼も私たちをあの手この手で巻く。
 授業が終わると全速力で帰られて追えなかったり、またある時などはいつの間に用意したのか、原っぱに落とし穴の罠が仕掛けてあったことも。思えばあの追いかけっこは充実した日々だったかもしれない。
 そんな日曜日、転校生の追跡も出来ないので、私は虎太郎と自宅から離れた駅前の商店街をぶらついていた。
「アイツ、マジでナニモンなんだ? 落とし穴はないだろ?」
「しかも、穴の底に泥はやられたよね。家でかあちゃんに怒られたわ」
「オレも~」
 二人の話題はあの転校生のことだ。少ない小遣いで買ったペットボトルのコーラをチビチビと飲みながら歩き回る。これが私と虎太郎の休日の過ごし方だった。
「ん?」
「どうした、コタ?」
「……タっちゃん、アレ」
 虎太郎が指差した先にはあの転校生がいた。
「お、あいつは……」
 そこまで言ったが、そこで言葉が止まった。理由は一緒にいた中学生のせいだ。別に中学生といること自体は問題ない。だがその中学生がどうみても不良と言われる連中だったからだ。反射的に私たちは近くの自販機の影に身を潜め、転校生たちの状況を伺う。
「谷川の弟じゃん、どうした?」
「チワッス! ちょっと、兄を探してるんですけど……」
 転校生は慣れた様子で不良中学生と話している。
「谷川? 今日は来てねぇよ」
 不良はそう言って他の仲間たちに振り返り「誰か谷川見たか?」と大声で聞く。すると何処かからか「谷川はセンコーに足止め食らってる。遅れて来るんじぇね?」の返答があった。
「だってよ。兄ちゃん来るまで待つか?」
「はい、そうします」
 私は転校生を見て少し怖くなった。小学生の時分には中学生はとても大人に見えたものだ。しかも不良と呼ばれる連中は、ただの恐怖の対象でしかない。それなのに、あの転校生は堂々と話し合っているのだ。そして気になることがもう一つ……
「ヤバイよ、タっちゃん。こっちにくる」
「逃げよう!」
 私たちはコーラが振られるのも気にせずに駆け出した。

 勢いついて駅の反対側まで逃げてきた私たちは、息を整えながら先ほど見たことについて話す。
「なあ、コタ。あの転校生の名前ってなんだっけ?」
「なんだよ、タっちゃん。前も同じこと聞いたよな? 夏木遼だってば」
「さっきの不良、谷川って呼んでたよな?」
「あ、そういえば……」
「それから転校生のおばあちゃんは、友彦って呼んでいた」
「……あ……」
 どうやら虎太郎も私の言わんとしていることに気づいたようだ。
「あいつの本当の名前って何だ?」
「夏木遼は偽名で、谷川友彦が本当の名前なの?」
「オレが知るわけ無いだろう? でもやっぱりアイツ、怪しいよ」
 不良相手に堂々としていたのも、そういう荒事に慣れているからなのかもしれない。そう考えると、やはり転校生はどこかのスパイのような存在な気がしてくる。
「なんか怖ぇ……」
「なあタっちゃん、これからどうするの?」
「どうするって言われても……」
 正直、転校生の正体を知りたくもあるし、同時にヤバイことに首を突っ込む恐怖もある。
「ちょっと考えよう。下手なことして失敗したら、意味がないからな」
「そ、そうだね」
「とにかく、今日は大きな収穫があったんだ。ここから先は慎重に行こうぜ!」
 臆病風に吹かれたことを虎太郎に気づかれないように、私は見栄を切った。
「いいな?」
「あ、タっちゃん、それ……!」
 虎太郎が何か言いかけたが無視してコーラのキャップを捻る。
「うおっ!?」
 中から勢いよくコーラが吹き出してきてビビった。
「だから止めようとしたのに……」

《つづく》

ゲーム業界に身を置いたのは、はるか昔…… ファミコンやゲームボーイのタイトルにも携わりました。 デジタルガジェット好きで、趣味で小説などを書いています。 よろしければ暇つぶしにでもご覧ください。