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謎の転校生 (全7回・最終回)

●10)
 彼の家は両親の離婚問題がきっかけとなって、母方の祖母の家があるこの街に引っ越してきたらしい。彼は母親に引き取られたが、彼の兄は父親に引き取られた。あの不良中学生が彼の兄であり、兄に会いに行ったところを我々に見られたというのがことの真相だ。別に彼が不良と付き合いがあったわけではない。兄の友達だったと言うだけだ。そして親の離婚から彼は母の旧姓になり、今の夏木を名乗ることになった。彼が兄の友人の不良に「谷川」と呼ばれたのは元の苗字だったということだ。
「それじゃ、友彦は? 夏木は遼っていう名前じゃないの?」
「あれはおばあちゃんが、その……ちょっとボケが出ちゃっててね。おじさんの若い頃とボクを勘違いしてるんだよ」
「……あー、なるほど」
 わかってみれば大したことじゃない。大人になった今なら簡単に想像つくようなことだ。しかし、小学生だった私達にはそれはどこか遠い世界の話のように感じた。そして転校生の苦労も正確に理解できず、それゆえにすごい問題を抱えているように感じたものだ。
「それと、ボク自身のイタズラも事態を悪化させた原因だ……」
 彼が前にいた学校のとき、転校生がやってきたことがある。転校生というミステリアスで非日常存在に夏木は魅力を感じ、憧れたらしい。
「そんな存在に、ボクもなれるとわかったら、思いっきりミステリアスになってやろうと思ったんだ。幸い、君たちが誤解したように両親の離婚問題で姓が変わったりしたから好都合だったしね……」
「それにオレ達が食いついたってことか」
「そういうこと」
 夏木の考えはとてもよくわかった。子供なら、男ならミステリアスなものに惹かれる。そしてできることなら自分がそうなってみたいのだ。両親の離婚で姓が変わるなんて、まるで別人に生まれ変わったような体験だろう。
「でも、それが今回の事態を招いたんだ。これはボク自身のせいでもある。だから委員長、ボクもごめん」
「あ、え……あの……はい」
「それからもう一つ。委員長に好きって言われて、すごく嬉しかったよ」
 突然そう言われ、委員長の顔は真っ赤になる。やっぱり告白は本当だったのだろう。
「でも、断ったのは委員長が嫌いだからじゃないよ。多分あと一ヶ月くらいでまた転校していくことになるから……」
「えっ、ちょっと! なんだよ、それ!」
「この間、転校してきたばかりだろ?」
 私も虎太郎も、いいや、その場にいた全員が突然の爆弾発言に反応した。
「ボクを引き取った母親の仕事の都合だよ。このまま祖母の家で暮らすって案もなかった訳じゃないけど、そうなったらお母さんは一人になっちゃうから」
「そうか……」
「そういうこともあって、誰とも必要以上に親しくならないようにしていたんだ。だから委員長の想いに応えても、どうせすぐ離れることになる。だから断ったんだ。……ちゃんと説明しておけば良かったね、ごめん」
「ううん、こっちこそ、感情的になって……大変なことになっちゃってごめんなさい」
「まぁ、そういうわけだから、このまま無視された状態が続いても、何とも思わなかったんだ。あと少し我慢すればいいだけだったんだからね」
 彼は私を見てニヤリと笑った。だけどその言葉が彼の強がりであることを私は知っている。あの日、殴り掛かってきた彼の拳は、あの状況に耐えられないと告げていたじゃないか。でもそれに気づいても言わないでいてあげることが、彼のプライドを守ることなのだと私は幼いながらに気づいていた。多分、虎太郎も同じ結論に至って黙っていたのかもしれない。私も虎太郎みたいに黙っていればいいのだが、ここで一言言ってしまうのが私の悪い癖だ。
「あーあ。それじゃオレのやったことって、余計なお世話だったじゃん」
「あはは、そうだったかもね!」
「まぁ、だけど、せっかく誤解が解けたんだから、転校するその日まで、友達になってくれるよね?」
 夏木の声はちょっと照れていたように思う。私と虎太郎は一度目で語ったあと、同時に返す。
「「もちろんだとも!」」

 その後、委員長は自分が流してしまった噂の真相を友達に説明し、夏木のイメージ回復に勤めた。
 夏木自身も、人付き合いの悪さをやめて、放課後も私達と一緒に遊ぶようになった。
 一ヵ月後に彼が再び転校していくころには、私たちは昔からの親友のようになっていた。


●11)
「そんなこともあったなぁ」
 十数年が経ち、私たちは社会人になっている。そして初めての同窓会。私たちはこうして貸切のバーの一角で思い出話に花を咲かせている。
「夏木、今頃どうしてるだろ?」
「ちゃんと文通続けていたら良かったのにね」
 水割りでほんのり赤くなった文恵が言う。
「……たぶん、二人には直接言ってないと思うけど、夏木くん、すごく感謝してたんだよ? あと、レイコちゃんも」
「委員長も?」
「そうだよ。あの時があったからちゃんと謝れたんだって」
 そう言われると照れる。
「……それじゃ、コタの作戦のおかげだな」
「いやいや! タっちゃんが夏木を呼んでおいたから話が早かったんだって! さすがにオレもそこまでは頭が回らなかったよ。まさに一石二鳥」
 虎太郎の褒め言葉を受けて私は居心地の悪さを感じる。だって、あれは……
「そんなんじゃないよ。あれは……ただの偶然だったんだ」
「偶然? だって、夏木を呼んでおいたのって、タっちゃんだろ?」
「それはそうだけど……やっぱり違うんだ」
「なによ、龍也くんらしくないわね。ハッキリ言ったら?」
 観念した私はあの時の真実を打ち明ける。
「今だから言うけど……、あれって実は委員長の謝罪を夏木に聞かせるのが目的だったんじゃないんだ」
「ええっ!?」
「それ、どういう意味?」
「アレは単純に、オレたちが犯人ではないという潔白を証明するのに手っ取り早いから、その場で夏木に聞かせようと考えただけだったんだよ! そこにフミが来て委員長の謝罪を引き出したから、結果的にああなっただけなの!」
 言い切った私の言葉を受けて二人は黙ったまま顔を見合わせ、目だけで会話していた。さすがは幼馴染み。やがて文恵は深くため息をついた。
「龍也くん、それ聞かなかった事にしておくわ」
「そうだな、少なくとも委員長には聞かせない方がいいぜ」
「……お、おう……」
「ホント、バカよね。みんなが都合よく捉えてたのに、自分から台無しにしちゃうなんて」
「まぁ、タっちゃんらしいけどな。……お、この話はここまでだ。委員長が来たみたいだぜ」
 入り口の方を向いて座っていた虎太郎が委員長の姿を見つけてそう言った。私もその言葉で委員長の姿を探す。すぐに判った。小学生時代と変わらない堂々とした美人になっていた。まるで自分を引き立てるアクセサリーのように、かなりの美男子を後ろに従えている。そして美男子は馴れ馴れしく委員長の腰に手を回している。……誰だ、あの男?
「わからないの? 夏木くんじゃない」
 私の表情を読んだ文恵が説明する。
「えぇぇっ!? どういうこと?」
 虎太郎が驚いていないのは事前に文恵から聞かされていたのだろう。おかげで私一人、バカっぽい声をあげていた。
「文通していたのは、あなた達だけじゃなかったってこと。そしてレイコちゃんは途中でやめずに、ずっと連絡をとりつづけてたの。それで同じ大学に進学して再会。そのまま付き合いはじめて、今あんな感じ」
「……」
「一度は断られ、遠距離になって、それでも想いを遂げたってこと。まさに継続は力、水の一念岩をも通す」
 私は声も出なかった。それなのにさらに虎太郎が追い打ちをかける。
「ちなみに秋にはゴールインだってさ」
「ゴールって……結婚か?」
「あの二人にとっては、龍也くんはキューピッドみたいよ」
 ああ、だからさっきの話は聞かなかった事に……なのか。
「くそっ! めでたいじゃないか……」
 別に小学生時代から桜川麗子に一途だったわけじゃないが、久々の同窓会での再会に期待していなかったわけでもなかった。いや、正直期待していた。しかし現実なんていつもこんなもの。私もいい年だ。そろそろ夢見るようなことは控えたほうがいいのかもしれない。
 だが、彼女の相手があの夏木で、自分がその橋渡しに一役買えていたのなら……まぁ、それも良いじゃないか!
「みんな! 久しぶり!」
 美しくなった委員長が我々を見つけて手を振る。その後ろで夏木もこっちに手を振っている。私たちは彼の転校に手を振って別れ、いま手を振って再会する。少年の日の私たちが三十年の時を越えてすぐそばにいた。
 あの時、あの事件の中で、私は間違いなく物語の主役だった。それが今の私を作っている。
「そういえば、龍也くん。いま、何してるの?」
 邂逅のあと、思い出したように文恵が効いてきた。
「仕事? ……興信所の調査員」
「えぇっ! 興信所って……タっちゃん、探偵になっちゃったの?」
「あの日が忘れられなくてね」
 まぁ、そういうこと。
 あの日のように、自分が主役になるような物語はないけれど、誰かの物語を支える脇役でしか無いけれど。夏木たちが結ばれたのを知って、脇役は脇役で必要な存在だって改めて実感した。脇役上等!
 だけど、いつかは……あの少年の日のように、自分が主役になれる物語が巡ってくることを信じて!
「さあて、今日は思いっきり行こうか!」
「「おーー!」」
 突出した五つのグラスが、心地よい音色を響かせる。それはあの頃の少年の足取りのように軽やかだった。


 【終】
2018.02.11

ゲーム業界に身を置いたのは、はるか昔…… ファミコンやゲームボーイのタイトルにも携わりました。 デジタルガジェット好きで、趣味で小説などを書いています。 よろしければ暇つぶしにでもご覧ください。