noteの使い方迷っていたけれど日記でも書こうかなと思った

クリエーター界隈で評判のnote。

うまく使えたらカッコいいのになぁと思いながらも、どうも「これ!」といった使い方を思いつかず、ずっと放置していた。

僕個人には別にファンが居るわけでもないし、かと言ってクオリティの高い論考や文章を量産して投げ銭をもらえるほど、問題意識もスキルも、そして創作意欲も高くない。けれど、なんか「note」って言葉はカッコいいし、シンプルなデザインがすごく綺麗だし、どうにかしてこの場を使ってみたいなぁと思い続けていた。

で、どうせ誰も読まないと思うし、個人の日記帳として使っていこうと思いたってとりあえずキーボードを叩き始めた。

僕は今、新潟県に住んでいる。2004年に長野県は伊那市から、新潟大学農学部に進学して来て、はや10年になる。2004年は中越震災が起きたとしてもあり、先日震源地を訪問する機会があった。上の写真が震源地の新潟県長岡市川口地域の武道窪という地区だ。あれから10年。長岡の人たちにとってあの震災は衝撃で、この10年いろいろと思うことがあったという。地域を見直すきっかけでもあり、地方の未来を考えるきっかけでもあったようだ。

ただ、僕にとっては新潟県に来たばかりの、いわばお客様であの震災のときもどこか傍観者だったと思う。まさか10年も新潟県に住むとは思っていなかったしなぁ。しかし結局もう10年も同じ県に住み続けている。

新潟県に住んでいる理由は特になくて、正直何度も離れようと思っていた。しかし、県外に出ることを考えるタイミングで大体彼女がいたりして、「まぁまだいるか」と思っていたら10年経ってしまった。大学を卒業して就職する時、会社を辞めてフリーになる時、フリーになってあんまり上手く行かず帰郷を考えていたときなど、何か彼女ができるんだよね。これはもう新潟を出て行くなということかと思い、最近はずっといようかなとも考えている。

さて、2012年6月に会社をやめてから2014年10月現在まで気ままにフリーランスとして生活してきた。と言っても、ずっと迷い迷い生きていて、それは肩書や仕事内容の移り変わりにも現れている。コンサルタント、リサーチャー、ライター、とか。いろいろさまよって来て、それは今も解決していない。

先のことを考えると何とも言えない不安に襲われるし、過去を振り返ると「自分はもっとできたのではないか」と自責の念にかられる。もう少し、気軽に生きられたらいいのにと思いながらも、それができな自分に苛立ちつつも、それが僕の人間性なのだろうとようやく諦めがついてきた。もう来年30歳になるが、ようやく自分を少し受け入れられるようになってきた。

日記を書こうと思ったのは、もう少し一日を丁寧に生きようと思ったからだ。未来を考えても憂鬱になるし、過去は過去で陰鬱としている。だったら足元の今を少し小刻みに振り返り積み重ねていけば、少し自信になるのではないか?なんて思ったからだ。と言っても、毎日は書かない。というか書けない。自分が、毎日同じことを繰り返しできない奴だというのは僕がよく知っている。書きたい時に書きたい気持ちを書く。書きたい日には何度も更新するかもしれない。誰も読んでいなくてもいい。恥ずかしくなったら消すかもしれない。後で振り返った時に自分が何か思えればそれでいい。読者は未来の僕だと思って、今日から日記を書き始めようと思う。

2014年10月31日

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唐澤頼充

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