2018年を振り返って

恒例となった1年の振り返り記事を書く。
2018年は例年以上に引きこもった年だった。2017年に子どもが生まれてから、自分で自由に使える時間がめっきりと減った。かつては、あれもしたいこれもしたいと、様々なことに手を出したり、顔を出したりできていたものが、すっかりできなくなった。

正直な所、子どもの有無でこんなに生活スタイルを変えなければならないとは想像していなかった。学生時代からこれまで普通に暮らしていて自分の耳に届いていた 多くの情報、それは働き方だったり、活動、交流やスキルアップの方法、暮らし方など、その多くが子どもがいない事を前提とした方法論だったように思えた。子どもを持たないとこれほどまで見えないものだらけだったなんて、「あー、社会って単身者に最適化されてできていたんだなぁ」と強く思う。

生き物には「子孫を残すこと(生殖)」と「自身が生き延びること(生存)」を求める本能があるなどと言われている。今の社会は今生きる人達の「生存」には最適化されていると感じる一方で、子孫を残すことについては、いかがなものかと考えさせられる。子育てへの情動だけでなく、社会システムもそうだ。石油や原発といったエネルギー、国の借金、年金、環境汚染……etc。
月並みではあるけれど、子どもができて、世の中に対してまた思うことが増えた年だった。

そんなこんなで、引きこもっていはいたが、自身の生活が生々しいリアルな質感を持つようになった。「どこにでも行ける、何に者にでもなれる」といった、若き頃の自由で軽やかさはなくなり、良い意味で根が生えた生活に変わってきた。

また、感覚的な変化にとどまらず、今年事故的に稲作をはじめたことも、根のある暮らしの実感を大いに高めてくれた。身体を使い、大地に主食を育ててもらう。当たり前のことだけれど、4月から9月までの6ヶ月を自然の時間と共に過ごしたことで、身体で食のありがたさを実感した。

そんな自分の心を表す言葉に「リトル・フォレスト/五十嵐大介」という漫画で出会った。進学で村を出てそのまま就職。その後、都会で「話されているコトバ」に違和感を覚えふるさとに戻ってきたユウ太の言葉を引用する。

自分自身の身体でさ
実際にやった事と
その中で
自分が感じた事
考えた事

自分の責任で話せる事って
それだけだろう?

そういう事を
たくさん持っている人を
尊敬するだろ
信用もする

なにもした事がないくせに
なんでも知ってるつもりで

他人が作ったものを
右から左に移してる
だけの人間ほど
いばってる

薄っぺらな人間の
カラッポな言葉を
きかされるのに
ウンザリした

オレはさ
他人に殺させといて
殺し方に
文句つけるような

そんな人生送るのは
やだなって
思ったんだよね

ここを出て
はじめて

小森の人たち……
親もさ
尊敬できるって
思ったな

中身のある言葉を
話せる生き方
してきたんだなって

(「リトル・フォレスト」(1)P122~126より)


編集者やライターを名乗り、言葉を扱う身としても心に刺さるセリフだった。
身体から立ち上がるような言葉。
そういったものを語れるような人になりたいと強く思う。

33歳になり、これまでの経験を通じて、最近、ようやく自分の思い描く心地よい生活を言語化できるようになってきた。
来年はその言葉をまとめ、実践につなげていきたい。

本当は仕事の話や、冊子を作った話なども書こうと思っていたが、まとまりがなくなってきたので、これを読むと、私が好む生活が少しわかるかもというおすすめ本を10冊リストアップして、2018年の振り返りを終えようと思う。
本からもらった言葉と、自分の経験を組み合わせ、これからも言葉を紡いでいきたい。

2018年12月30日時点、おすすめ本

1.唯脳論/養老孟司
2.動的平衡/福岡伸一
3.「里」という思想/内山節
4.はじめての構造主義/坂爪大三郎
5.ゲンロン0観光客の哲学/東浩紀
6.つち式/東千茅
7.農本主義のすすめ/宇根豊
8.老師と少年/南直哉
9.リトル・フォレスト(漫画)/五十嵐大介
10.火の鳥(漫画)/手塚治虫

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唐澤頼充

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