一輪の花を見つめ続けて

 入学式の時に新入生代表として壇上でスピーチを読む姿を見たのが私の知る大賀美沙知の一番古い記憶だ。その時の印象は同い年なのにずいぶんちっちゃいなあ。程度だったしまさかそのあとこんな事になると当時の私は全く思っていなかった。スピーチを終えて階段を降りて席へ戻る彼女を見て初めて同じクラスなんだなあという事を自覚した位だ。
 入学して早々に熾烈な部活動の勧誘合戦が起きた。知ってはいたけれどもこの学校では年に三度も学園祭をやる上に入学して2ヶ月でいきなり始まるのだ。どんな部活も先輩達は血眼になって新入生の獲得に励んでいた。その中でも彼女に対してのそれは群を抜いていた。何せこの学校の理事長の孫だ。いる事によって発生する学内政治力学におけるアドバンテージの大きさは計り知れない。身長が大正義のバスケ部ですら一度は勧誘に来ていたくらいだ。しかし彼女は数多の勧誘を蹴りスクールアイドルクラブの門を叩いた。2年生がいないから年度末までに新入生がいなかったら自動的に廃部になる。そんな部活に何で…!?という先輩方が発していた言葉を覚えている。
 最初の撫子祭、スクールアイドル大賀美沙知の公式デビュー戦。そこで受けた衝撃を私が今日まで忘れた事は一度もない。小さな身体から溢れ出るエネルギッシュなダンス、並んで唄う先輩達に引けを取らない歌唱力、そして壇上で見た入学式で見たそれと変わらぬ凛と、堂々としたトークと時折ファンに見せる笑顔。これ以上の理由なんて必要なかった。私達はその場でスクコネをインストールして大賀美沙知の応援活動を始めた。
 そこからの10ヶ月は怒涛の様に過ぎていった。大賀美沙知は眠っているのだろうかと噂される程にレッスンやWith Meets配信や学業をこなし石川県以外のスクールアイドルからも一目置かれる期待の新人としてメキメキ頭角を表していった。だからこそなのだろうか。彼女に憧れて同じ門を叩く生徒は一人もおらず2022年3月をもって蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブの部員は大賀美沙知ひとりきりになった
 2年生になった大賀美沙知は他の部活に所属していた私たちから見ても必死だと感じるに新入生を探し続けていた。結果として現れたのが後の蓮ノ空大三角であり、配信や学内でクセの強い後輩に振り回されている大賀美沙知の姿はとても愛おしいものだった。撫子祭で先輩方から受け継いだ伝統のユニット全ての楽曲を変幻自在に披露した姿を見て思わず涙してしまったのを今でも覚えている。今にして思うとここが大賀美沙知推しの私達の幸せの絶頂だったのかもしれない
 竜胆祭のステージで藤島慈さんが怪我をして、そこからスクールアイドルクラブの歯車は外から見ても分かるほどに崩れてしまった。あれだけ暴れ回っていた藤島さんの配信は自分の活躍を一切語らなくなり、乙宗さんと夕霧さんは一緒に配信をする事も無くなった。そしてある日、大賀美沙知はファンの誰にも別れを告げる事なくWithMeetsのアカウントを削除しその数日後には蓮ノ空女学院の生徒会長へとなっていた。学外のファンコミュニティは本当に荒れに荒れていた。学内の生徒ですら動揺を隠せなかったし同じクラスにいる私達ですらその本心を知る事はできなかったのだ。どうして…?と聞く事はできなかった。生徒会長としての大賀美沙知は側から見るとこれまでと変わらない素振りだがどこか壁を感じて、これまでなら毎日の様に見かけていた教室で他愛も無い話をしたりする姿も徐々に見かけなくなってしまった。スクールアイドル大賀美沙知のファンだった私達も変わらざるを得なかった。他のスクールアイドルの応援活動に転向する者、スクールアイドルのファン活動自体をやめてしまった者、私は…やめられなかった。もはやユニットの形を成さない夕霧綴理と乙宗梢、配信でしか姿を見せない藤島慈。正直見ていて悲痛なのだが大賀美沙知が遺した三人を見捨てる事を私はしたくなかった
 だからこそ私が三年生になってから学内で行われたライブを見て驚いた。あの乙宗梢がユニットを組んだ。ほどなくして夕霧綴理もユニットを組み、夏休みには藤島慈までユニットを組んだ上で復活を遂げた。そんな馬鹿なと帰り道で声を荒げた。何でこれが最初からできなかったのかと。大賀美沙知はスクールアイドルクラブを去る必要なんてなかったのではないかと。これが間違っていた事を知るのはまだ先なのだがこの時の私は本心からそう叫んだ
 来るべき入試に向けて対策を進めている頃、校内で行われていたオープンキャンパスのライブをふらっと見かけて死ぬ程後悔して、少しだけ喜んだ。新しく披露された曲『ツバサ・ラ・リベルテ』。なんで、どうして。一年半ずっと追いかけてきたからわかる。この言葉は大賀美沙知の言葉だ。どういう経緯があったのかなんて全く知らないし知れない。けれども大賀美沙知が今のスクールアイドルクラブに自分の言葉を託した。それだけはわかった。
 年末はとても慌ただしかった。やれインターネットは禁止だ外出は禁止だと受験生からそれらを取り上げたら必要なこともできないだろとみんなは愚痴っていたが私は「あれ、これスクールアイドルクラブもヤバくない?」と思っていた。案の定ヤバかった。学外の友達に教えてもらったがつい先日まで毎日の様に配信をしていた蓮ノ空が全く配信をしなくなった事でまた去年の様な事があったのでは…!?等と根も葉もない噂が広まったりしていたらしい。そんな中スクールアイドルクラブからひとつのメッセージが発信された。Fes Live配信を行うためにみんなの通信量を少しずつ分けてほしい。大賀美沙知はもういないけれども、大賀美沙知が遺した三人の為にと私も渡せる限りの通信量を贈って応援した。年が明けたら先月は何だったのかと思うほどあっさりとインターネット規制の話は無くなって心置きなく私達は共通テストに臨む事ができ、思い思いの志望校への入学試験を受験できた。
 各々の進路が定まって最後の蓮華祭、最早そこに大賀美沙知が姿を現す事はあるまいと思っていたが未練がましく私はスクールアイドルクラブのライブを観に来ていた。蓮ノ空の生徒として臨む最後のライブでツバサ・ラ・リベルテを聴けてよかった。そう思っていた直後だった。目の前で披露されている新曲、これは蓮ノ空大三角から大賀美沙知へ向けた手紙だ。ステージ上にはいないけれどもこれは確かにスクールアイドルクラブから大賀美沙知へ宛てた言葉なのだと伝わってきて涙を堪えきれなかった。最後の最後まで大賀美沙知は私達に感動を与えてくれた。その事実がたまらなく愛おしかった。
そこからの記憶は正直言って曖昧だ。気付いたらLiveは終わっていて帰り道を歩いていた。ステージ上でもう二度と見ないと思っていた姿を見たような気もするしそれに逢いたいと思っていた自分の願望なのかもしれない。
 けれどもひとつ確かな事はある。これだけは声を大にして言える。
『大賀美沙知を好きで居続けてよかった』

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