ガルラジお誕生日2023

くれと言ったら近況を貰ってしまったからにはやります

2/11年魚市すず(21)

 二十歳を過ぎてお酒が飲めるようになって通うようになったお店がある。何年か前にこの辺の地域振興みたいな企画で富士市代表をやってた人がやってるお店だ。落ち着いた雰囲気で地元の海鮮を使った料理とお酒が楽しめて学生にも優しいお値段。最近営業時間が不定期になったがお店のSNSをマメにチェックしてやってる日にはちょっと飲んでいこうかなみたいなポジションだ。今日はやってる日、講義も終わったしゼミのあれこれもひと段落したのでご機嫌な晩飯をしに店に入ったのだが
「「あれ?」」
 そこにいたのは同じキャンパスの有名な奇人、年魚市すずだった。天才美少女ポエマーを自称し学内のあちこちでインスピレーションの赴くままに思いついた詩を朗読しているので嫌でも目につくし耳に残る。しかも無茶苦茶良い声でだ。浮ついた事を考える奴が彼女に近付いて百科事典と見紛うような本を押し付けられようとして逃げていくのもうちのキャンパスのある種の風物詩だ
「確か隣のゼミ室の…さんですよね?珍しい」
「年魚市さんこそこういう飲み屋にひとりで来るんすね。」
「あれっ、ふたりとも知り合いなの?これはラヴの予感…?お姉さん一肌脱いだ方がいいやつ?」
「茶化さないでください。というか凪紗さんも知り合いなんですか?」
「去年くらいからここによく来てるよ。そっかすずと来店時間が被ってなかったのか君。けどいい日に来た。ちょっと付き合ってよ」
 頭に疑問符が浮かびっぱなしだがとりあえず店長さんから渡されたものを受け取る。これは…クラッカーだ
「他のお客様もご協力ください。せーので行くよ。せーの」
「「「すず(さん)、お誕生日おめでとう!」」」
 クラッカーを勢いよく引くと紙テープが勢いよく飛び出し年魚市さんの顔面がカラフルに染まった
「今年はガルラジの企画が動いて5年目、各チームのみんなはあっちこっちに羽ばたいていっちゃったけど私達だけでも『ここにいるぞ!』って声をあげていきたいよね!と思うから今日はすずのお誕生日記念ラジオをやります!拍手!」
つられて拍手をしてしまった。ガルラジ…?地域振興のやつの事か。今ここでやるの?
「ぺっぺっ。やっと全部取れました。もうちょっと加減を考えてくださいよ。話は聞いてましたけどつまり今日はノーリミッターでやっていいんですね凪紗さん」
「おうとも!結、準備はOK?」
「もちろんです!TEAM FUJIKAWA RADIO、スタートです!」
 そうして始まった不思議な時間を僕は生涯忘れる事はなかった。放送後に年魚市さんに無茶苦茶分厚い詩集を押し付けられてプレゼント代わりに要求された感想文を書く為に三日三晩徹夜する羽目になったのも含めて

3/9 白糸結(20)

うちの会社には割と若い女性社員がいる。何でこんなところにわざわざ高卒で…と入社した時は思ったけれども仕事ぶりは丁寧だし同僚や先輩ともすぐ仲良くなる愛嬌の良さもあって隠れた(いや隠れてないのかもしれない)人気者だ。そんな彼女が20歳になったのでささやかなお祝いをしようという事で皆で予算を出し合って彼女の生まれ年のワインを贈る事にした
「わあ…ありがとうございます!皆さん!」
サプライズプレゼントだったので本当に驚いた顔をした白糸さんは目を輝かせながらこう言った
「よろしければ私の行きつけのお店があって今夜そこで誕生日パーティがあるのですが皆さんも来ませんか?」
思った以上に積極的なお誘いに結構な人数の社員がホイホイとついていく
「ダイニングバー今夜も乾杯」というお茶目な店の扉を潜ると眼鏡をかけたグラマラスなお姉さんが元気に挨拶をしてきた
「いらっしゃいませー!…って結がいるって事は同僚さん達ね。ようこそ!こちらの席が予約席になってます」
流れる様にテーブル席に座らされるとカウンター席に座った若い女の子がこちらの方を向いてきた
「なるほどこれが結さんを狙おうとする狼の群れですね…まあわたしのお眼鏡にかなう人がいるとは思いませんが」
「ちょっとすずさん!会社の皆さんに変な事言わないでください!」
「あの結が随分はっきりと自分の意見を言うようになったねえ…進歩だよすず…」
「ええ、巣立ちの時も思ったより近いのかもしれませんね…」
どうやら顔馴染みの常連さんらしい
店長さんにワインの開け方を教わっていた白糸さんが軽快な音と共にコルク栓を引き抜く。常連の子が白糸さんの手元のワイングラスに生まれて初めて飲むお酒を注いでいく
「それでは、私の20歳の誕生日と初めての飲酒を祝いに来てくださった皆様!本当にありがとうございます。これからもたくさんご迷惑をおかけすると思いますがどうかよろしくお願いします。せーの、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
社のみんなで見つけてきたワインからは彼女の歩んできた分と同じ20年分の重みとこれからの未来を感じさせる軽やかな味がした

3/24桜泉真維(21)

女子校に行っている妹がある時期熱を入れ込んでいた先輩がいた。「女も惚れる美人」「知性を擬人化したらああなる」等等の妄言を毎日聞かされていたが当然ながら先輩なので妹より先に高校を去る事になる。この世の終わりのように萎れていた妹が再び立ち上がる理由もまたその先輩だった。同じ大学に行けばまた会えると一念発起し側から見てもドン引きする様な努力を重ねてそこそこ名の知れた大学へと入学してしまった。かくして先輩のいる夢のキャンパスライフを送る為に一人暮らしを始めた妹であるがある日突然俺の所に電話がかかってきた
電話に出てみると相手は妹ではなく件の先輩であり話を聞いてみたところ先輩の誕生日をみんなでお祝いしていたが先日ようやくお酒が飲める様になった妹が泥酔し車で送ろうとしたら「兄貴が迎えに来るからへーきへーき」と宣ってテコでも動かない為引き取りに来ていただけないだろうか。という趣旨だった。呆れてものも言えなくなってしまったが仕方ないので車を走らせて指定の場所へと向かった。
「がーんばーろまーい!ほらちーちゃんも」
「はあ…後輩の子につられて春花っちが悪酔いをしてしまった…これどうやって引っ張って帰ろうか」
「がーんばーろまーい!」
「がーんばーろまーい。はあ…」
謎のコールが響き渡る店内の片隅でグースカと寝ている妹は目の覚める様な長い黒髪の美人に膝枕をされていた。『本日の主役』とデカデカと書かれた襷をかけているその人がこちらに気付いて顔を上げる
「すみませんうちの愚妹が…」
「いえいえ。私も去年の今頃はこんな感じで飲み過ぎて倒れたりしてました」
「よく言って聞かせておきます。重ね重ねすみませんせっかくのお祝いの日なのに」
妹を俵のように抱えて持つと実家にいた頃にはしなかったいい香りが漂う。違和感を感じた事に気付いたのか美人が微笑む
「妹さんの今つけてる香水、私とお揃いなんですよ」
意識してしまうと妙にドキドキしてしまう。チョロ過ぎだろと高校生の頃の妹を笑っていたが思った以上に妹の事を笑えない。彼女と目を合わせたらまあ多分よくない。隣で騒ぐ元気っ娘と眼鏡っ娘が言ってた事、これだけは伝えなくてはと思いそそくさと立ち去りながら言葉を絞り出す
「お誕生日おめでとうございます…!それでは…!」
「ありがとうございます」
先程まで続いていた微笑みの弓が強まり笑みにランクアップしたのがずっと視界の端に残っていた

翌日、妹から「何で先輩が私に膝枕してる写真撮ってないの馬鹿兄貴!」と物凄い剣幕でキレられたが逆恨みが過ぎるので返答はゲンコツだった

4/1 穂波明莉(20)

うちの大学には少し変わったお嬢様がいる。いやまあ俗に言うお嬢様大学だから苦学生みたいな人は基本的におらず大なり小なりほぼ全員お嬢様ではあるのだが彼女は群を抜いて「変わった」お嬢様だ
オンライン授業では常に背景が「あなたどこから受けておられるのですか…!?」と聴きたくなるような場所で聴講している。ヘリコプターの中だったり吹雪いている雪山だったりどう見てもエジプトだろ…としか言いようのない場所が写っていたこともある。しかし授業態度は極めて真面目なので講師や私たちも何も言わないお約束になっている
どうやら彼女は民俗学とかそういう方面にかなり詳しいらしくそっち系の学部の先輩や教授に色々質問をしたり、逆にされている光景もキャンパス内で多々見られる。各地の伝承や史跡に関する分厚い本を図書館で読んでいる光景も何度も見た
少し前の学期末に私が構内ですっ転んで膝を擦りむいた事があった。ちょっと血が出たけど絆創膏でも貼っておけばいいでしょと思っていたら穂波さんがすっ飛んできた。傷口が化膿したら大変な事になるからきちんと手当てをするべきだと言いカバンから赤チンやら何やら応急手当一式を飛りだし手早く包帯を巻くまで終わらせてしまった。血を拭くのに彼女は鞄からミニタオルを取り出してまあ当然汚れてしまったので私が洗って返すよと言ったところ、ではまた会った時にお返しくださいねと言われた
これが私と彼女のささやかな約束。新学期、彼女はいつここに来るのだろうか。彼女から借りたいい匂いのするタオルはいつでも返せるように私の鞄の中に入っている

5/5 神楽菜月(17)

去年の秋の学期始まり頃だったろうか。うちのゼミに新入生が来た。飛び級でやってきた超天才の触れ込みと共にやってきた少女はいつも忙しなく世界を駆け回っていた。1年ちょいくらい同じゼミに属してはいるが彼女と直接顔を合わせたことがあるのは両手の指で数えられるくらいだ。民俗学とかそういう部類を専攻する学部だからフィールドワーク自体はむしろ推奨されているし昨今のご時世から出先からのオンライン聴講も認められている。だが彼女のそれは常軌を逸していてほぼ毎週違う大陸の光景が背景として映っている。ある週はグランドキャニオンにいたかと思えば翌週にはロシアの永久凍土にいたりその次の週はピラミッドとスフィンクスを背に授業を聞いているなんてのはザラだ。そんな彼女が今日も講義を受けているのだが…
「ぶふっ!」
つい吹き出してしまった。彼女の身につけている『それ』の意味がわかる人間がこのゼミには俺しかいなかった。どこかへ向かう飛行機の機内で登山服のような衣装を着た仲間と思しき女の子2人と共にいる彼女が身につけているのは『本日の主役』とデカデカと書かれたタスキだった。当然教授には怒られた
講義の後にそっとお誕生日おめでとうとメッセージを送ってみたところ
「キミはあの襷が読めたんだね!わざわざありがとう!今度キャンパスに行く時に今回の冒険のお土産を持っていくよ!」
と返事がきた。大冒険を終えた彼女が何を持ってくるのか、今から楽しみでならない

5/23玉笹花菜(17)

少し前にうちのマンションの隣の部屋にかしましい女の子が越してきた。昼間はしょっちゅう姉妹喧嘩をしているし夜中もかなり遅い時間まで「はいどーもわに!」とか叫びながらゲームをやっている。たまに作りすぎたカレーとか鍋ものをお裾分けしてくれるので壁ドン(原義に忠実な方)をするのはギリギリ思いとどまっている
今日も仕事を終えて帰ってきたら共用廊下の時点で案の定うるさい。だが喧嘩をしているわけではないようだ。いつもわーきゃー叫んでいる隣からはクラッカーの破裂する音や賑やかな音楽が聞こえる。何かいい事があったんだろうか。自室に入り鞄を放り投げて寝っ転がって出前でも取ろうかとしたらインターホンが鳴った。何事かと思ってドアを開けてみると隣の家の女の子だ。確か上の方の下の子だった筈。ゴミ捨てとか回覧板回しとかはいつもこの子がやっているのですれ違ったら挨拶くらいはする関係性だ
「あのー、よろしければなんですけど今日私達の妹の誕生日でして。盛大にパーティをやるぞとあのいつもうるさいアホ姉が凄まじい量の食材を買い込んできたのでちょっと食べていってもらえませんか…?うちの冷凍庫にぶち込むにしても限度があるんで」
そう言って案内された隣の部屋にはなんとびっくり、現役アイドルがいた。いやまあ俺も詳しい方ではないが百年に一度の天才美少女アイドル!みたいな滅茶苦茶なキャッチコピーと共に雑誌に載ったりニュースに出たりしてるのを見たことあるので当然名前くらいは知ってる
「玉笹…花菜…」
口をぱくぱくさせながら挙動不審になっている姿を見て悪戯っぽく口に人差し指を当ててしーっ!とポーズを取る
「いつも姉達がお騒がせしてます。そして今日はわざわざわたしの誕生日パーティーに来てくださりありがとうございます。恐悦至極です」
「じゃあ隣のお兄さんも来てくれた事ですし改めて仕切り直しといきましょう!花菜、お誕生日おめでとーっ!」
「だからアンタが仕切るな彩美!」
後日、『先日のお礼です』というメッセージと共にライブのチケットが入っていた。スケジュールも空いてるし折角だから行ってみよう。パーティの時に見た以上に輝いているあの子の笑顔を見たくなってしまったから

6/22 玉笹彩美、玉笹彩乃(24)

父方の親戚が山梨の方に住んでいるのだが去年の春頃にそこの家の末娘が東京に進学するとかで上京する事になった。保護者として姉ふたりもついていくのだが若い女の子だけで生活するのは心配なので頼むから様子を見てくれと叔父さんから頼まれたので定期的に様子を見にいく事になっている。と言っても保護者としてついていった姉の一人は無茶苦茶に家事ができる子なのでいつ行っても家の2/3位は整然としているし冷蔵庫の中も俺の家より立派な状態で文句のつけようがない。「こんだけちゃんとしてるからそんなに頻繁に様子見に行かなくても大丈夫ですよ」「そこを何とか。お前の好きな地元の蔵元のお酒をクール便で贈るから」という問答が俺と叔父さんの間で何度も繰り返され一年と少しが経った
そういえば姉ふたりの誕生日がそろそろだったよなと気付き出がけに近くの洋菓子店でアイスケーキを買う事にした。小さい頃にも同じ事をしたことがあったよなあ。あの頃はまだ末っ子も赤ん坊だったなあ。もう高校生になったんだから時の流れは早いよなあなどと考えながら会計を済ませうだるように暑い都内を歩き回る事十数分、割と小綺麗なマンションに辿り着いた
インターホンを鳴らすとバタバタと足音がして鍵が開いた
「はーい、っておじさんか。いつものやつ?」
「まあそんな感じ。あと二人とも今日誕生日だろ。暑いからアイスケーキにしてきた。…って何だ彩乃その格好…」
久しぶりに会った彩乃は…昔から使ってる見慣れたエプロンの下にブレザーを着ていた。いや俺の記憶がおかしくなければ24になる筈なのだが
「あ、おじさんじゃーん!元気ー?ねえこれお土産?アイスだ!やったー!後で食べよう!」
「彩美もかよ…」
今度はギャルゲーに出てきそうな改造制服っぽい出立ちをした彩美が出てきた。暑さのせいで俺の脳はおかしくなってしまったのだろうか
「お久しぶりですおじさん。それはわたしが説明しましょう。『アラサーじゃないうちに制服でテーマパークに行きたい!』というみーちゃんの要求に折れてわたしとお互いからの誕生日プレゼントとしてランドへ行くことになったのですが『誕生日の晩御飯は彩乃の作った夏野菜カレーが食べたい!』と更なるワガママを重ねてきた結果昨日から泊まりがけで遊んでから今さっき帰ってきた私達はまだ魔法にかかったままという訳です」
「なるほどねえ…」
去年高校に入学しましたという手紙で見たので見覚えのあるセーラー服を着た花菜が全ての疑問に回答をくれた。流石は一族不世出の天才、さすかなだ
「おじさん目線がやらしーぞ〜。まあスーパーセクシーメイドアイドル彩美ちゃんの美しさが罪という事だから仕方ないよなあ〜!」
「それだけはない」
「酷っ!」
「ほらほらおじさん早く入って。もうすぐカレーができるから食べてきなよ」

夜中に実家へ届いたメッセージ
おじさんへ、誕生日のお祝いも兼ねて三姉妹に会ってきましたがみんないつも通り元気に仲良くやってるようです。ご心配なく

7/1 二兎春花(22)

原稿がマジでヤバい。具体的には明日の朝イチで編集氏が出社する9時に机の上に置かれてないとまずいのだが今ようやく全てのページのペン入れが終わったところだ。編集氏が「マジで信じてますからね!」と言いのこして帰ってから5時間くらい経ち時計の針は無慈悲に天辺を過ぎ去り終電も何もかも終わっていた。タクシー使えばいいじゃんという意見があるかもしれない。しかし漫画家の収入というのはアシさんのお給料に大半が消え去り深夜にタクシー乗るなんてしたら赤字である。朝になってから行けばいい?このクソ暑い時期に修羅場明けからの徹夜なんてしたら病院送りになる。悲嘆に暮れている最中、BGM代わりに流していた動画サイトからCMが流れてきた。「何でもやりますがんばろまい!」と快活そうなスーツ姿のお姉さんが歌って踊っている。どうやら何でも屋らしい。受付は24時間やっています。とのアナウンスがあったので藁にもすがる思いで検索をしてダメ元で依頼を送ってみた。しばらくしたら「今から行きます」とのメッセージが返ってきて爆発事故が起きたかと見紛うようなエンジンの爆音と共にアパートの前に車がやってきた
「春花、ほら着いたわよ。ほーら」
さっき動画で見たスーツ姿のお姉さんが花束を抱えたまま助手席で寝こけている。運転手のお姉さんがゆっさゆっさと揺らし続けて…あ、起きた
「はっ…!お待たせしたした株式会社がんばろまい社長の二兎です!依頼内容は先程確認しました。この原稿を朝9時までに○○社の編集部の方に届けさせていただきます。費用に関しましては後日請求書を送付致しますので指定の口座へご入金を願いますね」
「その…社長さんお誕生日なんですか…?」
「そうですけどどうして…あっこれか」
助手席に置かれてる花束にはお誕生日おめでとうと書かれたメッセージカードが添えられている。祝いの席の後でもこんなメッセージひとつで飛んで来るのは漫画家以上に大変な自営業だなあ…という顔をしていると運転席のお姉さんがバツの悪そうな顔をした
「それがですね…弊社の二兎は無類の漫画好きで依頼内容を読んで『○○の編集部に行けるならやりたい!』と駄々を捏ねて普段なら寝てる時間帯に車を飛ばしてやってきた訳でして…」
こういう人も俗っぽい部分もあるんだなあと思い棚から色紙を取り出し描いてる漫画の主人公のイラストと株式会社がんばろまい社長二兎さんへとメッセージを添えて社長さんへ渡した。お代とは別にささやかな誕生日プレゼントとして
「えっ、これ…本当にいいんですか!」
「あらこれ、春花がこの前すごく好きって言ってた漫画じゃなかったかしら」
愛読者の方だったのかよ!今のですっかり目が覚めた社長さんは黒髪のお姉さんと運転を交代して物凄い勢いで走り去っていった
そのまま死んだように眠った翌朝編集氏からもうダメかと思ったらテレビでよく見る若社長が原稿を持ってきてくれましたよ。俺は先生の事を信じてました!!!とお褒めのメールが届いていた。また困ったことがあったら助けてもらおう。そう思いながら俺は口コミサイトの株式会社がんばろまいに星5のレビューを書き始めた

7/26手取川海瑠(19)

うちの学校には伝説になった先輩がいた。元々どっかの公団のラジオ企画で滅茶苦茶暴れたとか地元の伝説のヤンキーをアゴで使ってるとかそんな感じの武勇伝を持って入学してきた人で私が初めてその人を見た時も人を寄せ付けないオーラがバリバリ出ていた。ように見えた。その実は素直になれない優しい人で誰かに頼まれたらすっごく悩んだ末に最終的には手伝ってる。そんな光景を何度も見てきた。在学中もラジオをやりに東京に行ったりちょっと離れた海沿いのPAでこれまたラジオをやったりしていて前者は遠過ぎたけど後者はわたしも現地に行って応援していた。だがこんなのは手取川海瑠伝説の序章にすぎない
 この先輩が伝説たる所以、去年の秋の学園祭の軽音部のライブで学校中をぶち上げて校内のファンが激増してからしばらく後のある日、この先輩は突然『家庭の事情』の一言でこの白山を去って東京へ行ってしまったのだ。成績とかその辺は全てクリア済だったらしく登校しないでも卒業できるとは言え本当に卒業式にすら来ないで去っていってしまった。その後先輩の行方は誰も知らない…と言うわけではない。どこぞの放送局でラジオをしているという噂を校内の事情通が聞きつけた事でインターネットを介して先輩が喋っているのを私達は聴くことができる。そういえば今日は先輩の誕生日だったな。画面の向こうでケーキをあーんされてツンデレしている先輩の素直になれない、ちょっと照れた笑顔を思い浮かべながら私は受験勉強に戻る。この憧れを憧れで終わらせないために。もう少しだけ待っていてください、先輩

8/31吉田文音(27)

そろそろ夏休みも終わりに近づいているので実家から一人暮らし先へ帰ってきたところ小包がポストに入っていた。宛名を見ると二人いるわたしの姉の不肖の姉の方からだ。いたいけなわたしの後輩の人生を弄ぶだけ弄んでふらっとどこかへ消えた方の姉からだ。明日はゴミの日だし読まずにゴミ箱へ直行するべきかと思ったがギリギリの所で思い止まり封を開くことにした
同封された手紙に書いてある事は近況とか旅先の面白エピソードとかしょうもない事が主だったが意外な事が記されていた。お互い実家にいた頃はいつも忘れていたくせに珍しく私の誕生日へのお祝いが言及されていた。小包の中身は私への誕生日プレゼントだと言うではないか。内心ウキウキで包みを開いて…深い後悔に包まれた。そうだった。姉はわたし宛の土産のセンスが昔から壊滅的に酷いのだった。トークアプリから姉の名前を探して通話をかける。出るか出ないか丁半博打ではあったが意外とすんなりと姉は呼び出しに応じた
「もしもしー、久しぶりマイスィートシスター!荷物届いた?」
「ええ、実家から帰ったら届いていましたとも。絶望的にセンスの悪い置物と服が」
「ええーっ、心外だなあ。実家戻ってたの?姉さん元気してた?」
「ええ、さっき帰ってきた所です。今度お見合いがどうとか言ってました。父さんが『葵もそうだけどよお、文音もそろそろどうにかならねえかな』みたいにぼやいてましたよ」
「うわっ時代が古っ。当面実家の辺り寄らんようにしとこ…」
「そういえば今日は姉さんの誕生日ですよね。おめでとうございます」
「覚えてたの?さっすがー」
「それを言うのはこっちですけどね。生まれてこの方姉さんが私に誕生日プレゼント贈るなんて片手で数える程しか無かったですから。わたしからのプレゼントの用意はないですけれども軍団の人からも『寂しいから姉貴戻ってきてくださいよー』との伝言を預かってます」
「まったくアイツらはさあ…そろそろ独り立ちしろって…」
「独り立ちの過程でよその家庭とそこの御息女の未来をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回すのも大概だと思いますけどね…」
「辛辣ー。実はさあ、数日前に旅先から日本に戻っていて今近くなんだよね」
「最悪な予感しかしませんね…」
喧しいエンジン音が聞こえてきたが聞かなかったことにする
「ちょっと前に行ったら留守だったから諦めかけてたけどケーキもご馳走も用意してあるから一緒に祝おうよマイシスター」
電話口の声が言い終えると共に部屋のインターホンが鳴った

9/20 金明凪紗(28)

うちのマンションの隣人は飲み屋のオーナーだ。そんなに遠い場所でもないしお酒だけではなくフードメニューも充実していて独り暮らしの人間としてはメシ作るのが面倒だな…という時にお世話になっている。今日も残業だったし空腹を訴える身体が自然とお店の方へと足を動かしていた
「いらっしゃーい!って君かあ。まずはいつものでいい?」
カウンターに座ると返事を待たずにいつものが飛んできた
だいたい好みを把握されてるので好きなものしか入ってないおでんをつまみながらビールを飲んでいると隣に目が覚めるような美人が座ってきて…よく見なくても雰囲気でわかる。いつもの常連だ
「凪紗さん!いつもの!」
「いつものってすずあんた毎回最初に頼むメニューバラバラよね。おでんでいいの?」
「はい。真似してみたかっただけなので」
彼女は俺が勝手にポエマーと呼んでいる常連だ。何も知らずに見るとハッと息を飲むような美人だがその実は奇天烈という概念が服を着て歩いている人物だ。オーナーの友人らしく夜に行くと7割くらいの確率でいる。大学生らしく留年した元同級生のお悩み相談をテーブル席でしているのを一度だけ見かけてコイツにも人並の社会性があったのか…と驚愕したことがある
「凪紗さーん!いつもの!」
オーナーがポエマーにおでんとビールを持ってき終わった頃に再びドアが開いてもうひとりの常連が来た。ぱっと見中学生みたいな背格好だが成人しているのでダイニングバーにいても問題はない。あまりないのだがこの常連が酔っ払うと兎に角酒癖が悪い。そして経験則としてこのふたりが揃うと落ち着いて飯を食う事は困難だ。合法中学生のところにビールと枝豆が置かれたし今日はこれくらいにして別の所で食い直そうかなあ…と思っていた所でポエマーが爆弾を投下した
「凪紗さん、忘れてませんよね…?アレ」
「アレ?なんかすずと約束してたっけ?」
「結さん、状況はかなり深刻ですよ。アレの存在を失念してます」
「凪紗さん、二足の草鞋をしながらの激務に精神を擦り減らしてアレの存在すら認識できなくなって…よよよ」
「もー結までー。…あれ、もしかして今日あたしの誕生日…?」
「やっと気付きましたか…実は今日この場にいるお客さんは全員懐柔済みです。…隣でおでん食ってるお兄さん以外」
「一人飲みを満喫してるお兄さんにはすみませんが店長のお祝いという事でちょっとご協力願いたいんですがいいですか…?」
合法中学生が上目遣いでこちらを見てくる。これをされると大体の男は落ちるよなあ…と思いながら首を縦に振る
慌ててジョッキを構えたオーナーがお店の中心に立ちポエマーが音頭を取る
「それでは皆様お手を拝借」
「「「お誕生日も、アナタと乾杯!」」」
 
翌朝、グデングデンになるまで飲んで帰った後に財布を見たらたいして減っておらずお互いお会計を忘れてる気がしたのでお店に行ったら鍵がかかってなかった。無礼を承知でドアを開けるとオーナーは酒瓶を抱えたまま無防備にも床で寝ていた。ゆさゆさと揺らして起こした後昨日の飲み代を支払い退店してから外から見える富士の雄大さに感謝した。でっけえ…

10/10 徳若実希(24)


会社の健康診断で怒られが発生し運動しろとの指示を賜ったので仕事帰りに近所のジムへ通う事となった。とはいえ真っ当な勤め人より帰りが遅いので閑散とした時間帯に黙々と「これをやれよ!」と書かれたメニューをこなすだけである。ノルマを終えて帰ろうとした時、誰かが凄い勢いで駆け込んできた。肩よりも長い黒髪の女性が(確か)この辺の高校のジャージをぱっつんぱっつんにしながら走ってきてロードランナーを始めた。学生…?と思ったが結構な夜中である。地元の高校を出た女子大生か社会人なのだろうな…その日はそう思っただけだった
一度認識するとあっ、アイツだ。となるのが人間である。ぱっつんぱっつんジャージ女は割と頻繁にジム自体には来ている。ただやって来る時間が俺よりも遅いだけだ。そんなある日、俺がジムに行こうとすると「嘘やぁ…!」という声が聞こえてそっちを向くとぱっつんジャージ女が立っていた
「嘘じゃないよ」
と言うのは彼女の向かいに立つソシャゲでシャーロック・ホームズを女の子にしたらこんな感じになるみたいなスラっとした美人で
「おいたわしやとくちゃんさん、連日のブラック気味な勤務で日付感覚まで喪失してしまったんですのね…」
と言うのはアニメでたまに出てくる男装執事みたいなキャラだけどその胸と顔面で男と言い張るのは無理だろ…と言いたくなる感じの美人だった
「今日はとくちゃんの誕生日だからアカリの実家のシェフが腕によりをかけて御馳走を用意してくれてるんだ。大丈夫、帰りもヘリで送ってくれるから遅刻しないって」
そう言ってホームズが手を振ると遠くから聞こえていたヘリコプターのローター音が近付いてきた。マジかよ…と驚愕しているうちにぱっつんジャージはヘリコプターに拉致されていった。あまりにも非現実的な光景だった。あのぱっつんジャージ女は俺が知らないだけで乙女ゲーか百合ゲー世界の住人だったのだろうか
そこから数日間、幸せそうな顔と普段以上の必死さを半々で混ぜたような顔でぱっつんジャージ女はマシントレーニングに励んでいた

11/13藤田ゆきの(??)

贔屓のサッカーチームがコラボをやっていると言う事で是非行こうと思い立ち休日を利用した小旅行が始まった。静岡や清水のSAでお買い物をしたり美味いものを食べたりと満喫してきたのだが思うように時間が取れずコラボ最終日まで持ち込んでしまった。最後に残ったのは富士川。なんか昔来た事があった気がしたな…などと思いつつ観覧車に乗ったりしらす丼を食べたりと十分楽しんだ後にコンシェルジュカウンターのお姉さんにレシートを提示して最後のスタンプを貰いに行くと
「はい、コンプリートおめでとうございます。それとみちまるくんシールもプレゼントです」
ショートカットの笑顔が眩しいお姉さんがこれまでの旅路を祝福してくれた。
「藤田さーん。もう大丈夫ですヘルプありがとうございましたー!」
と言いながら別のお姉さんが駆けてきた。言われてみれば今の人、これまでのコンシェルジュカウンターのお姉さんと格好が違ったな…
「あっそうだ藤田さん明日お誕生日でしたよね。ちょっと早いですけど藤田さんもう定時ですし先にプレゼント渡しておきますね!」
「あらあらありがとうございます。これは…静岡銘菓こっこ。しかも季節限定…!ゆきの感激…!」
って会話を去り際に聞きながら家へ帰って色々片付けとかをしてたらすっかり日付が変わってしまった。日本のどこかにいる藤田ゆきの(?)さんお誕生日おめでとうございますと心の片隅で思いながら俺は風呂上がりのビールのタブを勢いよく開けた

12/11 萬歳智加(22)

今年の大河は面白かった。久しぶりに頭から尻尾までダレる事なく楽しんでしまった。物語と今は400年以上隔たっているけれども、それでもあの空気感を少しでも感じたくて気付いたら岡崎への切符を買っていた。電車に揺られて数時間、レンタサイクルを借りてから岡崎城に辿り着き資料館でひとしきり興奮して市街地を歩き回って色々な史跡を巡っている内にお腹が空いている事に気付いた。ふと顔を上げると目の前に喫茶店がある。「カフェテリアばんざい」。これも天命だろうと思って中に入る。おじさんがひとりでやっている系の喫茶店だ。可愛いウェイトレスさんがいたら一昔前の漫画とかによく出てくる奴だがここは現実なのでそうはいかない。メニューを見るとちょうど良いお値段のランチセットがあったので注文する。ワンオペ状態のおじさんが麺を茹でるところから始まるのだが突如店のドアがガチャリと開いた
「ただいまー。お父さんお昼作れる?」
「スパゲティなら今作るところだけどそれで良いなら」
「OK。他に注文は?」
「壁に貼ってる」
「コレとコレね。手伝うよ」
少しくたびれたスーツ姿の眼鏡のお姉さんが入店するや否や手を洗いエプロンを着用してカウンターに立った。おじさんから作業を引き継ぎ慣れた手つきでコーヒーを淹れていく
「お待たせしました。本日のブレンドコーヒーです」
ここに来るまでにすでに良い香りを漂わせている一杯が机に置かれる
「ごゆっくりどうぞ」
そう言ってお姉さんはカウンターへ戻っていった。やっぱり漫画みたいな喫茶店だったな…カップを手に取りコーヒーを飲む。長旅の疲れが吹っ飛ぶ最高の気付けだ
初めて来た店なのにびっくりするくらいに懐かしさしか無いナポリタンに感動しながら食べていたらお姉さんは凄い勢いでほぼ同じ量を食べ終えてエプロンを脱いで帰ろうとしていた
「ちー、あんまり早食いすると肥るぞ」
「お客さんいるんだから余計な事言わないで!それとカレンダーにも書いといたけど今日は晩御飯春香っち達と食べるからよろしく」
「知っとる知っとる。気をつけてな、いってらっしゃい」
来た時と同じ様に慌ただしくお姉さんは去っていった
 
お会計も済ませて再び岡崎巡りを続けていたら市街地をすっげえ車が走り抜けていった。『株式会社がんばろまい』とデカデカと書かれている嫌でも目を惹くデザインだ。気になってググったら何でも屋らしい。HPでろくろを捏ねるようなポーズをしている快活な雰囲気の若社長の写真の横にはどこか見覚えのある姿が…さっきの喫茶店のお姉さんじゃねえか。世間狭いなあ
 
すっかり日も暮れてるしそろそろ帰るか…と思ってレンタサイクルを返しに駅へ向かうとまたさっきの車に出くわした。まさかなあと思っていたら車からさっきスマホで見た社長が降りてきて手をブンブン振っている。駅前の広場の方から出てきたのは案の定喫茶店のお姉さんだった。社長がお姉さんに『本日の主役』と書かれたタスキを着せようとしてお姉さんが「ちょっ、やめい」くらいのノリでしばらく抵抗していたものの諦めてタスキをかけて車の後部座席へ入っていった。新手の羞恥プレイなのかなあと思いながら俺は岡崎から地元への帰路へついた。
いい一日だったなあ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?