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レンズの向こうに写るあなたは

 カフェテリアばんざいのカウンター席に二人の人物が座っている。向かい合うようにカウンターに立つ少女、萬歳智加は不可思議な顔をして来訪者を見つめている
「えーこれはどういう事なのか説明を願いたいのですが…」
 来訪者のひとり、ニット帽をかぶった少女、穂波明莉が口を開く
「本日はカグラヤ怪奇探偵団の活動の協力の依頼に参りました。これはかぐりんさんや徳ちゃんさんにはできないお頼みですので」
 それを受けてもう一人の来訪者、眼鏡をかけた女性、金明凪紗が問いかけを発した
「つまり私と萬歳さんにしかできないって事は眼鏡絡みの怪奇とかそういう事?」
「ご明察ですわ。とある場所に眼鏡をかけた人物ふたりだけが見る事ができる幽霊がいるという投稿があって先日わたくし達で調査に赴いたのですがどうも伊達眼鏡ではダメみたいでして…そこで本職の眼鏡っ娘であるおふたりにお願いに参りましたの」
「なるほどねえ…でも眼鏡をかけた団員さんとか探せばたくさんいるんじゃないの…?何で団員でもない私たちが?」
「今回の調査は怪奇の専門家であるわたくし達だけではどうにもならない話ですし団外にも広く見てもらいたい。という事になりましてそれなりに知名度のある方、カグラヤと競い合ってガルラジのパーソナリティをやっていたおふたりに白羽の矢が立ちましたの」
「お話はよーくわかりましたがどうしてウチ(カフェテリアばんざい)に?」
 二人の話を遮るようにカウンターの向こうから智加が声をかける
「富士川、御在所、岡崎の三人を集合させようと思ったら真ん中の岡崎に集合するのが一番手っ取り早いからですわ。どちらかが早く着いても待ち時間を有効に使えますし。せっかくですのでブレンドをホットでいただけますか?」
「毎度ー。父さんオーダー!ブレンドホットひとつー!」
「あっじゃあ私も!」
「ふたつー!」
「それとおふたりにはちゃんと謝礼も用意してますわ。金明さんにはこちらの銘酒を、萬歳さんにはこちらの収録機材を取材終了後にお渡し致しますわ」
「うおっちょうど欲しいと思っていたやつ…有難いけど何でこれを欲しいというのをご存知で…?」
「それは穂波の諜報力という事で。金明さんもこちらの銘柄をお探しでしたわよね?」
「怖い位にその通りです…さあ智加ちゃん行くわよ!怪奇の後の乾杯が私達を待っているわ!」
「一番の歳上が即堕ちしてしまった…じゃあコーヒー飲んだら行きますか。ちょっと父さーん!話がー!」

 某県某市の廃ビル入口
「これが本場の怪奇スポット…それっぽい雰囲気があるのね」
「もっとおどろおどろしい所もあるにはありますわよ。以前探索した廃ホテルなんかは…」
「マジで怖そうだからやめい。それはそうとここに眼鏡絡みの怪奇があるの?」
「ええ、ここのビルの屋上で眼鏡をかけたカップルの心中がありましたけれども片方の人は生き残ってしまった。それ以降最上階の鏡の前で眼鏡っ娘二人が見つめあっているとその亡くなった方の幽霊が鏡の向こうに見えるとか何とかですわ」
「うわっ胡散臭っ…つまり私と金明さんでその鏡の前で見つめあって欲しいと。思った以上に恥ずい依頼だったな…」
「お酒のためならどんな事でも安いものよ。さあ智加ちゃんやるわよ!」
「それでは参りますわ。着いてきて下さいまし」

廃ビル最上階
「これがその鏡…思ったより綺麗な鏡ね。さあ行くわよ!」
「ちょっ、待てい。心の準備が…」
 慌てる智加に構わず凪紗は顔を近づける。レンズとレンズがぶつかり合いそうな程にその距離は近い。凪紗の手のひらが智加の頬に触れる。カイロのように熱を帯び、林檎のように紅く染まった智加が後ずさろうとするのを反対の手が押さえ込む。明莉はというと見てはいけないものを見ているような気分でカメラを持っていない方の手で顔を覆っているがその指の間からこっそりと覗き見ている
 ふたりの顔の距離がゼロに限りなく近付く瞬間、大きな音が部屋に響いた。智加も凪紗も慌てて距離を取る。明莉だけが何が起きたのかを正確に察した
「なるほどそういう事でしたのね…」
 明莉は壁の一部をコンコンとノックしながら歩き回る。やがてその音が少し異なる場所を見つけると
「ご覧ください、隠し扉ですわ」

 隠し扉の向こうには小さな部屋があった。そこには大きな窓と椅子、描きかけのキャンバスと絵筆を持ったまま倒れた血塗れの女性がいる
「…どういう事?」
「つまりこの噂自体が撒き餌のようなものだったという事ですわ。こちらの方はおそらく眼鏡をかけた女の子の見つめ合う絵を描きたいが為にここを怪奇スポットに仕立て上げてマジックミラー越しに観察をしていた。何かが見えるというのもマジックミラーに近づき過ぎた結果なのでしょう。この絵を見ればわかる通りこの方はレンズ越しの輪郭の偏光表現も描ききるこだわり派。伊達眼鏡のわたくし達では何のヒントも掴めなかったのも頷けますわ」
「うわあ…それと美化された自分の絵って見るのめちゃくちゃ恥ずかしい…」
「それは私も同意するわ。けれども何でこの人血塗れで倒れてるの…?」
「それは…」
「素晴らしい百合光景だったからです!」
 倒れていた女性がゾンビ映画のように跳ね上がり喋り出した
「いや私も理想のテーマを追い求めてこんな事をし続けて一年近く経ちましてそれなりの人数の絵を書かせてもらったんですけどねおふたりの顔の良さや距離感が本当に私の理想そのもの過ぎて興奮しながら絵筆を取っていたらもうキスする寸前位まで近付くじゃないですかちょっと鼻の血管がプッツンしてしまいましたよ!おっとまた垂れてきた」
一切の息継ぎをせずに早口で喋る女性を見ながらドン引きする三人
「そのー、わたくし達怪奇現象を調査してまして今回の調査も報告させていただくのですが…」
「あっ構いませんよ以前伊達眼鏡をかけてたお嬢さん今回本当に私の理想の年の差百合が描けそうなのでもうこれもやめようと思いますので怖がらせてしまった方にもすみませんでしたと言っていたと報告書に書いてもらえますか」
 こうしてカグラヤ怪奇探偵団史上最も面倒な事件は解決を迎えた

 後日、カグラヤ経由で金明凪紗の自宅とカフェテリアばんざいにそれぞれキャンバス画が届けられた。見つめ合う凪紗と智加の肖像画を店内に飾る事を提案した智加の父は一週間口を聞いてもらえず、凪紗は一旦飾った後すずと結が部屋にくる日の前日に押し入れにしまったまま大掃除の日まで日の目を見ることは無かった

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