戸田恵子スゲー!と高2の息子が言った~トム・プロジェクトプロデュース『Sing a Song』

 能登演劇堂の公演は両親と行くことが多い。能登までの往復の車の運転が覚束なくなってきて泊りじゃないと行けないという母に、私も演劇堂の公演みたいから一緒に行こう。と言ったのが始まり。今回は、帰りに日帰り温泉(銭湯のようなもの)に寄りたいというので、その日ひとり家に残ることになる息子に声をかけた。「戸田恵子がでるの?スゲー!行く行く!」。高校生は一般チケットより2000円安いことをその日知った。
 太平洋戦争直前、三上あい子(戸田恵子)がマネージャー成田(大和田獏)と一緒に憲兵(軍隊の警察)に呼び出された。このご時勢に『別れのブルース』という戦意を削ぐような歌を歌ったこと、付けまつげや真っ赤な口紅、派手な衣装でステージに立っていることに対して注意されるのだ。時節柄にふさわしくない、空気を読んで軍が求めている歌手であれという圧力である。逆らうあい子の横でただひたすら憲兵(高橋洋介)に頭を下げる成田。そんなあい子に外地(日本本土以外の当時の日本領)への慰問命令が下される。あい子は出演料なしを条件に慰問先へ赴いた。出演料をもらわないのは、自由に歌うためだ。
 南方の外地は、ほぼ戦場だったようだ。現地の責任者、長内(鳥山昌克)は憲兵が望むような軍歌や戦意を高揚させるような歌はいらない。最前線で戦う兵隊たちに彼らが聞きたいと思う曲を存分に歌って欲しいと依頼する。あい子を監視するために付き添う中村(岡本篤)と長内の間で軋轢が生まれるが、伴奏の芳子(藤澤志帆)が中村はジャズやブルースが大好きなはずだ。かつて演奏していた店で中村を見たことがあると暴露する。中村の国と上司に忠実で実直な姿は一片たりとも崩れなかったが、あい子が歌った曲は軍の意向にそぐわない曲であっても、その後上司に伝えられることはなかった。
 東京大空襲で家を焼かれ、母親を故郷の青森に疎開させようとしていた矢先、今度は内地(日本本土)での慰問命令が下る。行き先は鹿児島にある飛行場で責任者は長内だった。長内はここは特攻作戦のための出撃地であるとあい子に告げる。歌っているさなかに出撃命令が下り、静かに笑顔で出て行く兵士たちは10代の若者だった。泣いて歌えなくなるあい子。ステージが終わると、泣いて歌えなくなるなんてプロではないと成田から叱責される。
そういう時代だったと一言で言えばそうかもしれない。憲兵はその職務を全うしただけだった。現地で指揮を取る軍人だって命令に背くわけには行かない。せめていい歌を聴いて欲しいとあい子に頼むことぐらいしかできない。すでに人々の行動に国を掌握する軍からの制裁が実際にあった時代に、あい子は信念を貫いた。歌手であることにこだわり、ステージにふさわしいきらびやかな衣装を着て観客の聞きたい歌を歌う。それがプロだと。そのプロの歌い手をプロのマネージャーがフォローする。憲兵に頭を下げ、戦争が終わってもあい子が歌う場所はちゃんと作るよと言ってあい子が歌に専念できる環境を作っていく。
戸田恵子が演じる三上あい子は、なんともいえない愛嬌があった。仏頂面でポンポン悪態をつく姿が特に良かった。あまり大柄ではない彼女がステージの中央で歌いだしたときの存在感の大きさは本当に衝撃だった。大和田獏は、柔和でとにかくあい子を第一に考える優しい男で、見ていて安心できた。メインの二人以外で印象に残ったのは中村役岡本篤だ。あい子の興業に監視のために付き添う彼はほぼその表情を崩さなかった。その演技はもっとあい子たちと親しくしてくれるのではないかという私の期待を裏切ったもので、とても印象に残った。彼の芝居が常に舞台上のストーリーに良い緊張感を与えていたと思う。
太平洋戦争ごろを題材にした映画やドラマは好きではない。見ていて辛いからだ。この作品はあい子のキャラクターのおかげで辛くなりすぎず、でも当時の事実をきちんと伝えていたと思う。肩に力を入れずに見ることができたので、伝わってきたメッセージはしっかりと受け取ることができた。
 冒頭、ストールがずり落ちないように二の腕を抱くようなスタイルで歌う姿を見て、淡谷のり子がモデルなのだと気づく。でも淡谷のり子がどうとか、この物語では重要ではなかった。三上あい子の魅力に惹かれ、彼女の言葉に惹かれた。

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トム・プロジェクト『Sing a Song』

場所:能登演劇堂
公演日時:
3月9日(金) 18時30分開演(18時開場)
3月10日(土) 14時開演(13時30分開場) ※この公演を見ました
3月11日(日) 14時開演(13時30分開場)

作:古川 健
演出:日澤雄介
美術:中川香純
照明:五十嵐正夫
音響:原島正治
衣裳:牧野iwao純子
舞台監督:髙橋邦智
宣伝写真:ノザワトシアキ
宣伝ヘアメイク:菅野典子 土屋裕子
宣伝美術:立川明
プロデューサー:岡田潔

出演:戸田恵子 鳥山昌克 髙橋洋介 岡本篤 藤澤志帆 大和田獏

https://www.engekido.com/%E3%83%88%E3%83%A0-%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88-sing-a-song/


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