けんちく目線で見てみよう!趣ある川越の町並みと一緒に楽しみたい「ヤオコー川越美術館」

なんだか難しい顔をしながら腕を組んで考える、そんな分野に捉えられがちな「建築」という世界。

この連載では、建築がもっと身近に感じられるよう「建築」ではなく「けんちく」のように、ひろくやさしく、やわらかく。そんな目線で建築の魅力をお伝えします。

けんちく目線からの施設の紹介を通して、「こんな素敵な建物があったのか!」という新たな出会いや、「もともと好きだった建物には、こんな見方があったのか!」という発見につながれば嬉しいです。

東京から約1時間、蔵造りの趣ある街並みが堪能できる川越

今回の舞台は埼玉県の川越市。駅から少し歩いた先には、江戸時代に栄えた蔵造りの町並みが残されたエリアがあります。

歴史ある貴重な建物が保存され、それら建物では喫茶や民芸品の販売などの商売が営まれています。

川越の名物である「いも恋」という、甘いさつまいもと、つぶ餡を生地で包んだお饅頭。焦がし醤油の香ばしいお団子。

たくさんの美味しいものに出会えるこのエリアは、食べ歩きをしながら散策できる、観光としてもお勧めの場所です。

このノスタルジックさが、むしろ新鮮。

そんな雰囲気のある通りを歩いているだけでも、心が満たされるような不思議な心地よさがあります。

神社やお寺も多く、参拝を目的に訪れるお客さんも多いそう。

さて、趣のあるエリアを向けた先には、紹介されることの少ないとっておきの美術館があります。

とある会社の会長が集めたコレクションをひっそりと守る美術館

「ヤオコー川越美術館」名付けられたその美術館は、ヤオコーといわれるスーパーをチェーン展開する企業の創業120周年記念事業として建てられました。

三栖右嗣記念館とも呼ばれ、株式会社ヤオコーの会長がコレクションしていた画家・三栖右嗣さんの絵画を展示し、一般のお客さんに観てもらおうという目的のもと静かに営業しています。

ここで展示されている三栖さんの絵画が本当に素晴らしくて。モデルや自然の風景が精巧に描かれた作品たちからは、息を呑むような美しさを感じます。

建物も負けていません。作品自体の魅力もさることながら、けんちく目線で見てみると、空間が作品の魅力を高めるための秘密が、たくさん詰まっていました。

野鳥が羽を休める水盤に囲まれた建物

正方形の建物は、澄んだ水で囲まれています。

地下水を汲み上げたこの水盤には野鳥が水を飲みにたびたび訪れ、水質の高さがうかがえます。

建物の一角には小さな窓が設けられていて、建物の中からも水盤を眺めることができます。

中から見る水盤もまた素敵なのですが、その素敵さについては後ほど。

建物の側面から眺めてみると、コンクリートの箱に富士山のような盛り上がり。

外からはその用途が想像できないような、不思議なかたちが、この美術館の特徴です。

「なんのための盛り上がり?」

その答えについては、後ほど紹介いたします。

入り口には、美術館のコンセプトと建物のかたちを表現したオレンジのロゴがあしらわれています。

上へと伸びるような左側のマーク、そして下へと垂れるような右側のマーク、それらが組み合わさったロゴは、美術館の豊かな空間を作り上げる仕掛けが表現されています。

入ってすぐに現れるのは、ミュージアムショップを兼ねたエントランス。

ここでは、展示される絵画のポストカードや、建物にまつわる資料などが販売されています。

作品の力強さを際立たせるための仕掛け

そこから順路の方向を見ると、展示室への入り口が確認できます。

奥に見えるのは、なんだか不思議な空間。

ひとつめの展示室は、天井から床に向けて漏斗のように垂れ下がるデザインが特徴です。

天井には控えめに設けられたスポットライトのみが設置されており、部屋全体を照らす照明は、漏斗の先っちょの床に。

強めに光を発する床の照明は、部屋中心の特徴的なデザインに沿って部屋全体を照らしています。

画家・三栖右嗣さんの初期の作品が多く展示されるこの場所では、荒い力強さが特徴の初期の作品を際立たせるために、煌々と輝く照明が床から全体を照らしています。

建物の壁は、コンクリートの打ちっ放しや、クリーム色の塗装、次に紹介するふたつめの展示室では淡いブルーに塗られています。

美術館では、装飾を排した真っ白な壁が基本となる「ホワイトキューブ」という考え方で設計されることが少なくありません。

なぜならば、多くの美術館では時期ごとに展示する作品が入れ替えられるため、どんな作品の雰囲気にも対応できるように、内装を真っ白にするのです。

一方で今回のように、はじめから展示される作品が決まっている個人の美術館。こちらは、設計の段階から、展示される作品のイメージが建物に反映されています。

作品をいかに美しく見せるかが細かく考えられ、壁の色や、降り注ぐ光を設計する。そうすることで、展示される作品に想いを寄せた空間がつくられるのです。

ふたつめの展示室は、天井を摘んで上に持ち上げたような空間が特徴です。

外から見えた富士山のような不思議なかたちは、この部屋の天井。

山のてっぺんに設けられている丸い天窓からは自然光が降り注ぎ、展示室内をやさしく照らしています。

淡いブルーで塗られた壁に光が反射し、この部屋に展示されている三栖さん後期の作品の美しさを引き立てています。

この部屋についても、展示される作品の性格を尊重するためのデザインが取り入れられているのでした。

さて、美術館で重要なのは、光だけではありません。

絵画というのはとてもデリケートなものであり、作品が傷まないよう建物の空調にも気を遣います。

多くの場合、空調は天井に設けられますが、「ヤオコー川越美術館」では特徴的な天井のデザインゆえに、天井に空調を付けることができません。

この部屋の空調は、どこにあるのでしょうか?

壁の下のほうに目をやると、一本のラインが入っています。

このラインからは、空調の風が吹き出しており、室内の空気環境を調整する役割を担っているのです。

けんちく目線で見てみると、限られた条件のなかで空調を設置する。そして、作品を鑑賞する人が気にならない位置にこっそりと計画する建築家の技術が隠されているのでした。

窓からの水盤と、美味すぎるおはぎを堪能できるラウンジ

映画を観たあと誰かと話したくなるように。

美術館を巡ったあとは、ホッとひといき珈琲と甘いもの。

展示室を抜けたラウンジでは、作品鑑賞後に一服できる素敵なスペースがあります。

お時間が許すようでしたら、ぜひ珈琲や紅茶、おいしいケーキなどを楽しんでいってください。

写真の右手には画家・三栖右嗣さんの最高傑作とされる大きな作品が飾られています。

この作品を眺めながら、ゆっくりと時を過ごすことができる。そんな贅沢な場所が最後に待っているのです。

ラウンジにには、外の水盤を眺めることができる窓が設けられています。

水面から反射した光の注ぐとっても素敵な窓。

窓の高さを測ってみると、103.5cm(床仕上面・窓枠内側有効寸法にて実測)。

腰よりもやや高い窓の高さは、ラウンジの椅子に座った状態においても、外を歩く人と目が合わないサイズ。

その空間の居心地の良さとは光の具合や温度環境、そして、「知らない人と目が合ってしまわないか」ということも大切なポイントです。

どんなに気持ちの良い空間であっても、そばを通るひとからジロジロ見られる、視線が合ってしまうということが起きると、人はストレスを感じてしまう。

目が合ってしまうストレスを無くしながら、外の景観を楽しむことができる窓を設ける。そんな工夫が、この窓には隠されているのでした。

ちなみに、入館料が大人(個人)で300円であるという安さも魅力のひとつです。

個人的にオススメなのが、入館料+美味しいおはぎ+ドリンクで、600円というプラン。やさしく甘いあんこがたまらない、とっても素敵なプランです。

今回ご紹介した「ヤオコー川越美術館」。

公共事業としてではなく、一個人・一企業として建てられたこの美術館には、展示されている作品に寄り添い、その魅力を引き立てるための工夫がたくさん詰まっていました。

そして、気軽に訪れることのできる施設の利用料には、「自分のコレクションした作品の素晴らしさを多くの人に知ってもらいたい」という個人の想いがしっかりと息づいている。

そんな豊かな美術館。今度の週末、ゆっくり行ってみませんか?

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けんちく目線で見てみよう!

なんだか難しい顔をしながら腕を組んで考える、そんな分野に捉えられがちな「建築」。 建築がもっと身近なものに感じられるよう「建築」ではなく「けんちく」のように、ひろくやさしく、やわらかく。そんな目線で建築の魅力を伝えています。
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