ヤハタトシキ

半夏生というバンドで歌。ベース弾いています(SECHI、僕のレテパシーズ)

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1月15日 0:58

(メモが残っていたので時間差で。たしか友人と中華料理を食べて帰ったときだ) けっして孤独でなくやわらかに年が明けた。親しい友人と蕎麦を茹でてるうちに年が明けた。歌番組に飽きながら妙法寺へと歩いた。大晦日や三ヶ日に地元へ帰ったことは一度もない。理由は飛行機が高額だからだった。感染症の波もあり、季節に一度くらい帰っていた札幌とはすっかり距離ができてしまった。祖父母や実家の猫そして甥や姪たちに会いたい。いつも思い出す。ここところ気づいていた腰が重い本当の理由は、いいニュースがない

    • 雪なしの12月

      今日は昼から古宮家でおでんの会が開かれるということでお邪魔した。空っぽの腹の中に正午すぎのラガー、たまにはいいじゃない。飲酒してるのは僕ひとりだったが、玉ねぎエリンギじゃがいもがまるごと入ったうまいおでんを囲んでいると、なんだか正月みたいな気分になった。話す未来が明るい。毎年誕生日につくってもらうあんず酒は残り1.5樽。19時頃には家につき、4時間ぐらい眠ってしまった。 先日りゅーじが家に来てくれたとき、それぞれ自分のiphoneの中の写真を見返しながら話した。その時から、

      • カラ梅雨の夏にしびれて

        8月到来。カラ梅雨は2018年以来だ。梅雨は敵だった僕は梅雨を憶えている。上京2年は初体験の梅雨に翻弄されて一時帰札の2018年がカラ梅雨。しかもその年は札幌にないはずの梅雨が来たもんでうらめしや。2020年は体感2ヶ月雨続きで、8月のとたんに梅雨が明けた。感染症禍で梅雨への苦手意識はマックスだった。やがて紫陽花、薔薇、クチナシ、冷たい青の背高い花とか夏への段階を知り、銭湯行くとか対抗手段を身につけた。もう怖くはないぞと意気込む今年は、空振りの梅雨。晴れて暑い、それが好きな僕

        • 全力休暇

          22日の無職期間も7日目を迎えた。 ここぞとばかりに酒を飲み、ここぞとばかりにたっぷり眠っている。 5月30日 最後の出勤は30日夜から翌朝にかけてだった。出勤前にお世話になった上司や同僚に連絡した。最後の挨拶というのは、やはり気が引けて、なぜだか涙が出たりであっという間に夕方になった。多少なりとも期待してもらえたのに、応えられなかったことが悔しくなったりした。僕は僕がやるべきことをやるのだ。一人の同僚の人だけが、明るい話をしてくれて、とても嬉しかった。最後の身支度をして職

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          共感よりもっと

          昨日は東高円寺UFOでSECHIのライブ。僕がひさしぶりにSECHIに持っていけた歌を初めて演奏することができた。歌うことによってたしかにちゃんと救われた。今までもそうだったもんね。あみが歌うことは10年も前も今だって心の真ん中のことで、そんな歌を一緒に演奏していると、僕の中の悪玉が消えて晴れて澄んでゆく。僕なりにロックンロールはいろいろな形があると思っているけれど、形ではなく中身の部分でSECHIがロックンロールを鳴らしていると自負してる。とはいえ、万智さんのビートとあみの

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          夜勤明けワンダー

          (5/7の朝の雑記。下書きのままにしてもいいけどせっかくなら。5/8の記事と、気の持ちようの違いがいいじゃん) 夜勤が続く。終わりを見いだした日々に光。俺はこの仕事を辞める。だからこその暗黒もはっきりと。本来は黄金にまどろめるはずの夕方が、夜勤を控えていれば憂鬱でたまらなくなる。はっきり言ってずっと体調は芳しくない。でも仕事は仕事。 とはいえクリアな頭になれたからこそ働くときだけが無である。と同時にしかし苦痛は苦痛に変わりない。働く意味を無くした以上、ポップな存在を心がけて

          夜勤明けワンダー

          雨の連休明け

          雨の連休明け。 ゴールデンウィークって僕にとって大事な記憶が多い。今年はいつ目覚めても夜勤明けで、じつにくだらなかったよまったくもう。ようやく休みだった昨日は、友人と銭湯へ出かけた。夜勤続きの不調と低気圧になんとかチューニングを合わせた玉の湯。ありがとう。ポカリ飲みに戻った脱衣所に笑点と笑い声が聞こえた。セブンイレブンで買った5月の風のビール。生きてる嬉しい。じゅーぶんがんばったし、がんばってるよ。新しめの阿佐ヶ谷の居酒屋は食べ物があれこれおいしかった。黒もつ煮込み絶品で、ぜ

          精鋭

          一定の日々があとひと月で終わろうとしている。少なからず勇気のいる決断をした。働かなくては生きていけない星。せっかく人間として生まれたので、悲しみは少なくできるだけたくさんの幸福を感じて生きるのだ。どんな血縁でもどんな時代でも、余計なものに捉われることさえなければ、選択は自由だ。少なくとも僕自身はそうだと思う。 高校生のとき、やりたくってたまらないことを見つけてしまった。10年以上経ったが、僕の心のど真ん中は変わらずだ。ロックンロールに夢中だ。思い返せばうまくいった経験やおい

          あぶないところだった

          転職に向けて、いろいろと。目的は、かろやかでいることだ。新しい世界や日々のことを考えるだけで肩が軽くなった。 僕は、いわゆるまっとうな暮らしなどを目指したが、それは今のところ僕にとって大事ではなかった。 僕には、やりたいことがあまりにも多い。それは僕にしかできないことだ。仕事なんて、いくらでもあるし、どうせ苦労するものなのだ。誰にでもできることは、他の誰かがやってくれるのだ。 自分が思う以上に輝きや活力が失われていたらしい。そういうのが僕はすぐ顔に出るし隠せないから、何人か

          あぶないところだった

          3月

          3月半ばの雑記 新しい歌、これは最近上り調子なSECHIへ。期待99,不安1。寝起きの自分のGOサイン出るといいな。生み出したときほど人生が掬われる瞬間そうそうない。うむ、ようやく今年一曲目。思えば仕事がいい感じになり迎えた夏にバンド半夏生が生まれ、ぜんぶの歯車が噛み合った。反動で絶望の12月、仕事は絶不調、踏みとどまって春の手前まで来た。今、レテパシーズは史上一番、SECHIも無敵へと向かう。半夏生は次の夏に向けて録音と企画で楽しみだらけ。なにひとつあきらめないことが近頃

          東京7年

          2016年2月17日に僕は東京に来た。雪解け前の札幌から飛んで、今日みたいな春めいた晴れた日のアスファルトを胸いっぱいの希望で歩いたことをよく覚えてる。2018年は1年だけ札幌に戻ったけれどあれから7年。なんだかんだで僕はずっと高円寺にいる。短い絶望もあったし不安はいつも背中。でも僕は友達に恵まれて本当の孤独など知らずに歳をとっている。夏にはついに僕のバンドがはじまった。あきらめないからって起こせない奇跡もあったけどあきらめなかったから奇跡も起きた。人生はタイミングだね、ゆう

          でもやるんだよ

          2022年の11月は最高のピークだった。それゆえ12月は最低のピークだった。徐々にすり減り、冬にやられ、年明け早々、仕事やめますって言った。あんなにつまらない12月はもう二度と過ごしたくないゼ。 自己防衛だと思った。このままでは気が狂う、生きている意味、誰でもできる仕事、自分にしかやれないこと。心の中の崖をはじめて見た気がした。自分を大切にしようと決めた。 でも仕事は辞めなかった。駄々をこねるのも意味があった。こちらだって、主張すべきなのだと。なにが変わったわけではないが

          でもやるんだよ

          ロックの扉1枚目

          12月14日、ELLEGARDENのライブに行った。 中2のとき、クラスメイトが教えてくれて好きになった頃はもう活動休止で、まさか15年経って観れるときが来るなんて思わなかった。再開後、初のワンマンツアーはものすごい倍率だったみたい。チケットは2600円、整理番号は2000分の1965。たぶんぜんぜん見えないかな、でも見れるだけでも人生のご褒美だな。Zeppって羽田にもあるんだね。 14〜16歳までの間はELLEGARDEN以外ほとんど好きな音楽がなかった。ベースだけどエ

          ロックの扉1枚目

          ちょうどいいところ

          いま、人生で一番忙しい日々の中にいる。 あれもこれもと欲張ってきた。始まったこと、ずっと続いていることが、ひとつの集大成を迎えている11月。バランスを崩さずやれていることが自分でも不思議だけど、本当にやりたいことができている。息をつくほんの束の間が恐いとすら思う。長い間、退屈だった気がするし、寂しかっただろうなと思う。そして、どれもが終わらずに続いていこうとしているから幸せだ。 先週末、僕のレテパシーズのレコ発で大阪へ。仕事を終えて急いで荷物をまとめてみんなで車に乗った。深

          ちょうどいいところ

          まわりだしている

          8月半ばから、職場が立川に。さらば中野、5,6年ありがとう。 追って食らいついての日々。充実はよい。 そう僕はついに、俺のバンドを組んだ。7年越しにだ。前の記事にも書いたように素晴らしい友と。最初のライブは11月にある。 出会ったばかりだが居心地よくて、話は尽きない。10年前を思い出さずにはいられないよ。いいバンドになること確信してる。 バンド名、バンド名、バンド名、どうしようかな。考えるほどに。 もしくは考える暇がなかった最近。だって、寝ちゃうんだよ、めいっぱいに。寝るとき

          まわりだしている

          7月3日未明

          29歳になった。今、ものすごく軽やかだ。 僕は自分を保ちたい一心で同じところを何度も回っていた。酒に酔った帰りに懐かしいにおいに誘われてわざと遠回りするみたいに。実際にそうしてしまっていたんだし。でもその道がちがうって、ようやく理解できた。自分の傲慢さでしかなかった。必要ではない。悲しいことでも、残酷なことでもない。僕がまとっていた紺色のなにかは、ちゃんとはがれた。ものの見え方が変わった。僕のこの話につきあってくれた人、ありがとう。 もうひとつの出来事により、7月3日は僕に