日常の一部をオートメーションしてみる

最初に断っておくと、これは丁寧に暮らしている話ではなく、ズボラがどうやって暮らしの満足度を上げるかの話である。

一週間前から朝ごはんを作って食べる、ということを始めた。

メニューはいつも同じだ。食パン1/2に、目玉焼き。加えてベーコンもしくはソーセージ。雑に切ったトマトを添えて、コーヒー&牛乳をカップに注ぐ。

10分で機械のように作って、5分で淡々と食べる。妻と一緒に食べるのだけれど、特に闊達な会話は発生しない。お互いボーッとしてるし、寝相がひどいと、つぶやかれるぐらいだ。

大した朝ごはんではないし、まだ始めてすぐなので朝ごはんのススメ!なんてことを言うつもりは毛頭ない。

ただ一週間経った今日、日々の生活の一部をオートメーションすること、つまり、何も考えなくても一定レベルの状態を産めるような状況を作ることが人の気持ちを楽にしてくれることを感じている。

オートメーションとは、機械的な制御が実現されると、長時間連続して稼動させても、生産物が均一の品質、生産ペースを保ち、個体差が発生しなくなること。

ちょっと非人間的に思えるかもしれないけれども、考てみるとけっこう良いものだ。例えば、めちゃくちゃに働きまくっていた数年前に同じようなことがあった。

当時、私服OKな会社にも関わらず、僕は平日毎日まったく同じファッションで仕事していた。

大好きなYAECAのシャツに、ユニクロのストレートジーンズ、オールデンの革靴。それぞれ何着も持っており、私服のユニフォームのような感覚でひたすら同じものを着続けていた。

なぜならそうすることで、ダサいものを着たくないという気持ちと、1秒でも寝ていたいという願望の両方を叶えることができたからだ。そして、その満足度が毎日必ず一定のレベルで与えられ続けられた。それは雑念をなるべく少なくしたい当時の僕にとっては素晴らしい保証だった。

もちろんそれはバランスの良いトレードだからこそ成り立っていたので、睡眠不足に悩まされることもなくなり、朝に服を選ぶ余裕が出てきた今はそのルーティンは解消されている。

朝ごはんの話に戻る。

今たぶん僕は”朝ごはん”というお題においてトレードオフをしている。朝コンビニに駆け込んで、会社でサンドイッチとコーヒーを食べながら仕事をするよりは、機械的ではあるものの、家で10分早く起きてボケーっとしながら同じ朝食を食べる方が充実しているという判断だ。

そこから少しずつ朝ごはんに工夫が生まれるといいなと自分に期待しているが、工夫される保証はない。そこまで踏み込むと今のちょうどいいバランスが崩れるからだ。

人間は楽に生きたい生き物だ。めんどくさいこともやりたいこともたくさんある。そんな時に白黒はっきりつけることも大事だけれども、グレーという選択肢があることも覚えて起きたいなと思う朝である。

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小林 達仁

感覚を紐解いたもの

感覚的に思ってたものを解明してみたもの。とりあえず現状の結論がここにあります。
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