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日々の暮らしに消しゴムをもつ

最近、白いスニーカーを2つ買った。妻から「同じような靴を2足も買うなんて。」と言われたけど、それぞれに違った味があるので個人的には満足している。他人には同じに見えても自分には全然違く見えるようなものを、もしかしたら趣味と呼ぶのかもしれない。

そんな大切なスニーカーを綺麗に履き続けるためにどうしたもんかとつぶやいていたところ、「消しゴムがいいよ。」と妻が教えてくれた。

早速試したところ、これが効果てきめんだった。新品みたいになるのだ。

それから白いスニーカーと消しゴムと向き合う日々が始まった。晴れの日も。雨の日も。お酒を飲んだ日はめっちゃくちゃめんどうだけど、汚れが定着する方が怖いからがんばった。

そうしてやり始めてしばらく経たないうちに、そのスニーカーを履いて出かける日はすごく気持ちがいいことに気づいた。

理由はもう毎回ピカピカだから、に尽きるのだが、その気づきは汚れを落とす時間が気持ちいい朝の出発準備の時間に変わった瞬間だった。

つまり消すという行為は、マイナス→ゼロという作業ではなく、マイナス→プラスの働きまでしてくれるものだったのである。「次の一歩を踏み出せるように一度白紙にして整えましょう」とする、それこそが消すの本質なのではないだろうか。

そう考えると“消しゴム“は消しゴムである必要はない。お風呂だって、料理だって、ジムだって、ゲームだって、本だって、なんだっていい。

日々の暮らしの中でマイナスをプラスにしてくれるスイッチだと感じるものが自分にとっての消しゴムだ。

そして、一個じゃなくて他にもそういうものがあるとだいぶ毎日が楽しくなりそうだ、なんてと啓蒙っぽいことを書きながら、段々と飽きてきた僕は、また今晩にスニーカーの垢を落とすことを考えている。


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