Vol.2 没頭とは悔しさ

 堀江貴文さんの「すべての教育は『洗脳』である」の中に、「学びとは『没頭』である」という言葉がある。「没頭する」って、なんだろう。

 「パリに遊びに行くからおすすめなところを教えて」
友だちのその一言で旅行中のあれこれを思い出して、楽しくなった。
 パリに行ったのはもう3年前。初めての海外一人旅だった。誰もわたしが見てきた世界を知らないという孤独に恐れ、ひとつひとつの経験を必死に記録していた。レシートをスクラップして買ったものと金額をメモし、行った先々で写真を撮った。そうやって経験を見える化して積み重ねることが、何よりも楽しかった。
 そんな記録が手伝って、行くまでの楽しみな気持ちを盛り上げるためのアルバムと、現地でも使えるオススメの場所マップを作ることにした。場所をピンするだけじゃ見にくいから、色をつけ、道順をつけ、コメントと写真を入れ…なんてやっていたら、夢中になってしまった。こんな経験でも、役に立つことがある。それがうれしかった。

 「夢中」という時にくっついてくるのが、「まだやれた感」だと思う。マップを開いては、説明を書き加えたり、思い出したお店をピンしたりしている。完成したと燃え尽きはせず、自分の力のなさに落胆したり、もうちょっとわかりやすい方法があるはずだと模索したり。完成しない。この悔しさとワクワクを、「没頭」と言うのだろうか。

 

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

1

家洞リサ

文章のレッスン

考えてることを書きます。私たちにしか書けないことを分かりやすく書く。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。