プラダを着た悪魔から見る去り方・夢 | 2018/02/11

かろやかにスイッチするために
 プラダを着た悪魔を観ました。登場人物が外国人だと、関係性がよくわからなくなりがちで(単に頭が弱いだけかもしれない…)、未だにミランダがスピーチをするあたりから、アンドレアが携帯を投げ捨てるまでに起こった出来事がよく把握できないのですが、アンドレアのランウェイからの去り方はカッコイイなあと思います。
 あんな風に携帯を捨てちゃって、引き継ぎとかして辞められたのかな、とか考えちゃうけど、ミランダに認められながらも自分の道を進んで行くアンドレアはカッコイイ。もしアンドレアが仕事ができなかったら、認められる前に辞めていたら、ミランダからお墨付きをもらって次のステップへ進むことはできなかっただろうなあ。そもそも能力が高いからできるのであって、なかなかこんな風にはなれないんだけど、ある程度経験して、自分の肌でその世界やコミュニティについて理解することができて、その上でステップアップのために新たなコミュニティを選択するというところは、見習いたい。
 仕事で認められるということができなかったとしても、次のステップへ進みたいということをきちんと伝えて、それに対して認めてもらうことは、終わるということにおいてすごく重要だよな〜。

映画は夢を与えてくれるけど
 プラダを着た悪魔を観ながら、久しぶりに編集者と呼ばれる人びとのイメージと向き合った。私も編集者的な仕事をしたいと思っているんだけど、初めてこの映画を観た時も、多分編集者的なことをやりたいと思って観ていて、その時は、興奮しながら憧れの仕事をイメージしていた。
 でも今は違って、私もきっとあの職場の中じゃクソダサだし、あんな一方的なボスがいる職場は嫌、だけど筋は通っているし感覚は素晴らしいからちょっとついていきたいみたいかもとか思うし、でもプライベートを削ってまではやりたくはない、みたいな感想を持っている。
 ちょっとだけだけど社会経験をしてみてからこの映画を観て、どんな夢も、やってみなきゃその先も夢かどうかなんてわかんないよな〜と思った。


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家洞リサ

今日のひとこと〜おやすみの前に〜

とりとめ、ありません。主にきのうあったこと、いま考えてることを書きます。〜2018年3月2日 毎日更新。
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