最終の地下鉄
どうもこんにちは、土生です
(違います)(超低音ボイス)(cv.土田さん)
こないだ、ふと考えたのです。
櫻坂46の『最終の地下鉄に乗って』。
これは果たして本当に”暗い歌”なのかと。
おそらくですが、この歌のキーポイントは
「”どうせ”をどう取るか」
だと思うんですね。
特に私が引っ掛かったのは一番最後の
「これからの人生 期待なんかしてない」
曲をざっと聞いた感じでは、この歌詞は
社会の波にもまれ、人生に疲れ、諦観するさまに見えます。
ただ、深く歌詞を見ていく(=捏造をぶち込んでいく)と、
①「あの頃の僕って病んでいたのか」
→心が疲れていた時期を客観視できている、あくまで今は”病んで”はいない
②「僕にはそれが不思議だった」
→過去形であることから不思議に思っていたのは①の「あの頃」の話であり、現在はその意味が少しわかってきた
③「ドキドキとする何かなんて ~ 僕にはそれが耐えられない」
→僕は耐えられない=みんなが耐えられているのはなぜ?=完全には諦観していない、まだ希望を捨てたくないと感じているようにも聞こえる(が、④に続く)
④「無理をして微笑むしあわせなんていらない」「(だけど今すぐ死んだりはしない) 急がなくたってそのうちにみんな死ぬんだから」
→きれいごとは言いたくないけどわかったこと、おそらく正しいと”主人公”が感じていること
昨日の繰り返しを生きるのに耐えられない
欅なら→なら死んだほうがマシかもしれない(の イメージ)
ここでは→でもそのうちみんな死ぬなら今ここで僕が先死ななくてもよくね?
→諦め、逃げ というよりは、諦め込みではあるが前向きな方向転換(®松村沙友理さん)
これらを踏まえると、
「これからの人生 期待なんかしてない」
→変な期待をせず気楽に生きよう
みたいな、前向きな言葉に聞こえてくるんですよね。
菅井友香さんが「欅坂が好きだった人には刺さる世界観かもしれない」
みたいなことを言っていたこともあり、
最初聞いた感想は
「世の中について悟り、大人になった”欅の主人公”」
でした。
でも本当は、
「”どうせ”こんな世の中だし」ではなく
「”どうせ”こんな世の中なら」と
「世の中を悟ったことで向き合い方を変えた、大人になった”欅の主人公”」
だったのかもしれません。
この文章はあくまで創造の範疇を超えない、
ただのオタクによるフィクションなので
あしからず、、、、
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