見出し画像

青山文平「底惚れ」

青山文平「底惚れ」(徳間書店)。電子書籍版はこちら↓
https://www.amazon.co.jp/dp/B09LY1XHD5/
 この物語には、ほぼ4人の登場人物しか出てこない。小藩のご老公のお妾となった女中お芳。孕って産まれた子供を取り上げられて追放されたお芳を護送した時に、惚れた彼女に尽くそうとして、逆に腹を刺された主人公「俺」。九死に一生を得た俺は、自分が死んではいないことを芳に知らせるために、彼女を探す。その時に相談相手となった、同じ屋敷に勤めていたしっかり者の女中お信に、何くれとなく相談に乗ってもらう。お芳は女郎になったに違いないと確信した「俺」は、両国方面入江町に目をつける。お芳を探す過程で知り合った腕利きの路地番の銀次の助けで、「俺」は入江町で楼閣を立ち上げる。儲けるためでなく、女を探すための楼閣なので、福利厚生が充実したユニークな経営で、優秀な女郎が集まり、上質の客が贔屓にして、次々と楼閣は増えてゆく。親の借金を返すためにやってきたお信を「俺」は女郎ではなく、経営の片腕として使うと、優秀な彼女の手腕で商売はますます繁盛する一方で、ちっともお芳は見つからない。
 お信と銀次という名脇役を得た物語には、二人の魅力が光り輝く。入江町の遊郭という性産業における商売やサービスを経済小説のように鮮やかに見せて、ドラマのBGMには胸がときめく純愛と惚れ惚れさせる友情が流れている。マイペース、細かいことは気にしない、他人に興味なし、思い込みが激しい、鈍い男の典型である。木を見て森を見ない、いや森を見て木を見ない「俺」の鈍さったらない。その宙ぶらりんな読み手の気持ちは、決して不快なものではなく、むしろ限りなく心地よいものである。そして行間には、もう一つの鈍感が隠されている。恋が盲目であることは、好いた相手にだけではない。そこにさすがは直木賞作家の秘めたる力を感じさせろ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?