次なる資本主義を訪ねて:ミクロ編

フォーブスジャパン(オンライン)にて、岩佐文夫氏による「次なる資本主義を訪ねて」というシリーズで私へのインタビュー記事が掲載されました。

今回の投稿では、全4回のインタビュー記事のうち、ミクロ経済に関係の深い後半2回分の草稿をまとめてご紹介したいと思います。前半2回分については以下のリンクをご参照ください。
次なる資本主義を訪ねて:マクロ編


第3回:行動経済学が解き明かす「過労死」2つの真因
(元記事へのリンク

岩佐:資本主義の問題かどうかわかりませんが、僕は日本の労働者の自殺や過労死をとても危惧しています。これだけ経済が豊かな国の現実として解せない。いまや「KAROSHI(過労死)」は国際語になっていますが、日本では企業の存在が強すぎて、働く人の幸福に結びついていないのではないでしょうか。

安田:私は、過労死の原因は資本主義とも長時間労働とも直接は関係ないと考えています。なぜならハードに働いている人は世界中にいるのに、過労死なんて現象は日本以外ではほとんど起こっていないからです。

日本企業で過労死が起きる根本的な原因は、問題を抱えている従業員が、自身が組織から逃げる「イグジット」と、声に出して状況を訴える「ボイス」という選択肢を、取りにくい状況に追い込まれているからではないでしょうか。日本の組織は辞職という選択肢が一般的でなく、再就職も簡単でないため、一度組織に入るとイグジットという選択肢がなかなか取れません。

岩佐:その証拠に、特に大企業の離職率は圧倒的に低い。退職金なども同じ企業に長く務めるインセンティブとなっています。

安田:さらに悪いことに、イグジットしやすい状況でなければ、もう一つの選択肢である「ボイス」を実行するのも難しくなります。何かあっても辞めればいい、辞めてもそれなりの再就職先が見つかる、と割り切れるのなら声を上げるのも難しくありません。辞職に伴うリスクが大きい日本では、イグジットが現実的な選択肢とはならず、結果的にボイスもほとんど発せられることがない。

実際に日本企業では、組織の問題点を明らかにする証拠やデータが揃っていても告発がなかなか起こりませんし、仮に起きても告発した人はものすごく冷遇されます。過労死から少しズレますが、オリンパスの粉飾事件でも、何年も前から内部告発があったのにも関わらず握りつぶされたわけですよね。

トンネルの中にいる人には、外の世界が見えない

岩佐:では、過労死や自殺につながる労働環境は、なぜ生まれてしまうのでしょうか。

安田:行動経済学の観点から解説しましょう。仕事などで精神的に追い込まれている人は、行動経済学用語でいう「トンネリング」の状態に陥っていると考えらます。これはトンネルに入ると外の景色が見えなくなるように、目の前のこと以外が見えなくなる状態を指します。

時間に余裕がなくなると、目先の仕事や嫌な上司との会話にしか思考が向かなくなり、自分の将来のキャリアや健康、貯蓄といった中長期の判断ができなくなる。死ぬくらいなら会社をやめればいいというのは、トンネルの外にいる我々だから言えることで、トンネリングを起こしている当事者には考えられません。

トンネリング現象にはプラスの側面もあります。締め切りが明日までに設定されていてどうしてもやらなければいけない状況であれば、いつもより集中力が増しますよね。これは「集中ボーナス」と呼ばれます。だからといって、これに依存しすぎると中長期的な判断に狂いが生じてしまいます。集中ボーナスは、無理をして短期的に成果をあげるためのドーピングみたいなもので、長い目で見ると仕事の生産性は下がります。

日本の労働生産性は国際的に見てもかなり低く、アメリカの6割程度しかありません。これもひょっとすると、集中ボーナスに頼っている企業が多いせいなのかもしれませんね。

僕は、日本の労働者一人ひとりのポテンシャルはとても高いと思っています。問題は、それを活かすことができない組織の体質です。従業員をトンネル・インさせない働き方は、長い目で見れば組織にとってもプラスなのだから、トンネリングを起こさせない組織作りを模索することこそ、日本企業の課題なのではないでしょうか。

日本の組織が陥る「ブラック均衡」

岩佐:お話を聞いているうちに、働く一人ひとりがもっと自分のモノサシを大切にできれば、環境に追い詰められることも減るかと思うのですが、楽観的すぎでしょうか。

安田:いえ、それも社会が変わるきっかけの一つだと思います。他にも、ゲーム理論を通じた分析として、全く同じ組織であっても、何かをきっかけに残業なしのホワイト体質になることも、逆に残業が当たり前のブラック体質になることも、どちらの可能性もある、という見方があります。

これをゲーム理論では、釣り合いが取れた安定した状況(=均衡状態)が複数存在しうるということで、「複数均衡」と呼んでいます。

この図は社員Aと社員Bが定時で帰った場合と遅くまで残業をした場合を示していて、2人とも定時上がりの左上ではそれぞれの心理的な利益は2。みんなが利益を享受できる理想的な均衡状態なので、これをホワイト均衡と呼びましょう。ですが、均衡状態はもう一つ存在します。右下は両者ともに残業をした場合でともに利益は0ですが、自分一人だけ定時で帰ってしまうと大きく損をするため、一見すると馬鹿らしい状況であっても均衡状態になってしまっている。これがブラック均衡です。

日本の働き方改革が失敗する理由は、すでに組織が右下のブラック均衡に陥っているときに、それが安定的な均衡状態である、つまり簡単には左上のホワイト均衡に移行できないという難しさを理解せずに、取って付けた制度改革で従業員の行動をホワイト均衡に誘導できると勘違いしている点にあるのではないかと思います。

組織全体として残業体質がマズいことが分かっていたとしても、当事者目線に立つとそれを積極的に変えるインセンティブがない、という構造を十分に理解しないで働き方改革を進めても、絵に描いた餅で終わってしまう危険性が高いわけです。

岩佐:周りが残業をしていたら、自分も残業をした方が得になってしまう構図ですね。自分だけ帰ると仕事熱心でなかったり、自分勝手な人だと見られたりすることもありますから。

安田:そうですね。一番のポイントは、同じ職場でもホワイト均衡にもブラック均衡にもなりうる、という点です。別の言い方をすると、個人の属性とか性格は関係ありません。だから本当は、組織として悪い均衡から良い均衡に向かう方法を考えるべきなのに、日本の組織はしばしば犯人探しをしてしまいます。

岩佐:一度ブラック均衡になったらそれを変えるのは容易ではありません。

安田:逆に一度ホワイト体質で安定すれば、サービス残業をしても評価されないので、早く帰ってプライベートを充実させるようの働き方が増えるはずです。このように、組織にとって望ましい均衡を実現するためには、個人レベルでの努力には限界があり、上司やトップの意思決定が重要になってきます。10時以降の強制消灯など、組織レベルで思い切ったことをやるのは一つの有効な手段かもしれません。実際に、電通はそれをやったわけですよね。

日本の労働市場は、これから徐々に上向いていく

岩佐:なんだか暗い話が続きましたが、日本の労働市場はこれからどうなるのでしょうか。

安田:僕はかなり明るい見通しを持っています。ワークライフバランスの小室淑恵社長によると、彼女たちがコンサルティングしたある会社で、1時間あたりのパフォーマンスが高い部署を厚遇する報酬体系に変えたところ、大きな成果が出たそうです。

岩佐:生産量ではなく、生産性を基準にしたということですね。

安田:意外なことに、ルールを変えたとたん、部署単位で誰がどれだけパフォーマンスを上げたかが自発的に見える化されるようになったそうです。その結果、フルタイムで働いていない人の時間当たり生産性が高いことが明らかになりました。

生産量という絶対値で評価する職場、つまり従来の基準では評価が低かった人たちの頑張りが、この見える化によって明らかになったわけです。今後は、採用の際にもそうした時間当たりの生産性が高い人が求められるようになるかもしれません。

岩佐:良いことづくめの改革ですね。では、これから日本の労働環境は改善していくのでしょうか。

安田:僕はそう考えています。最近は有効求人倍率が1.5を超え、労働市場がかつてないほどの売り手市場になってきて、イグジットに対するリスクは随分と低くなりました。数年前までブラック体質で叩かれていた飲食チェーン店などの問題が一気に解決した理由は実は単純で、安い時給で酷使していたパートが辞めて他に移れるようになったからです。

岩佐:そうですね。労働市場の自浄作用を改めて実感しました。

安田:市場競争というと、弱肉強食で労働者は搾取されるようなイメージが根強いかもしれませんが、まさにこの市場や資本の力、競争原理によってブラック体質が淘汰されたというのは重要なポイントだと思います。ブラックな職場を続けていると従業員をホワイトな職場に引き抜かれるから、労働環境を変えざるを得なくなったわけですね。特にいまは、パートタイムの時給が激しいペースで上がっており、この流れが続けば正規雇用の賃金も上昇するはずです。

岩佐:かなり明るい見込みをされているんですね。

安田:明るい見通しをするもう一つの理由は、AI(人工知能)です。人が担っていた仕事がAIによって奪われるという説もありますが、少なくとも日本については当分心配しなくていいと思っています。先ほどもお話したように、日本は当分人手が足りないから、仮にAIに取って代わられても確実に他の就職先があるからです。

一方、人手が足りていないサービス業の補助など、AIやロボットがもたらすメリットは無数にあります。これによって労働集約的だった職場が少しずつ資本集約的になり、一人当たりが生み出す価値も増えるはず。すると、日本の課題であった低い労働生産性がいよいよ上昇し始めることになります。

AIの活躍で労働者一人当たりの付加価値が高まり、労働の価値も上がる。それによってイグジットとボイスがやりやすくなるので、労働者を引き留めるために人件費が高くなり、その高い賃金を嫌って資本にお金が投下されるようになる。資本設備が充実すると労働生産性がますます上がり、労働の価値がさらに高まる。そんな好循環が、いま始まろうとしているのではないでしょうか。そうなれば、働き方改革が目指しているように、日本の豊かさが劇的に改善するでしょうね。

第4回:クラウドファンディングが「公益資本主義の希望」になりうる理由
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岩佐:最近、短期的なリターンではなく、長期的な視点で社会全体の利益の向上を目指す企業の投資信託も増えています。こうした動きに対して、安田先生はどうお考えになりますか。

安田:理念は素晴らしいですが、私はあまりうまくいかないと思っています。長期的に利益を謳うだけで出資されるのなら、根拠のない長期的リターンを謳った詐欺的な資金調達が横行する恐れがあるからです。

もちろん、投資家が企業や事業をきちんと精査することで、根拠の有無や事業の良し悪しを判断できる場合もあるかもしれません。ただ、そのためのモニタリングコストは必然的に高くなるので、資金調達できる企業は限られてくる。最近よく言われている「公益資本主義」の考え方も、この問題点を克服しない限り、絵に描いた餅で終わってしまうのではないでしょうか。

短期的なリターンを指標に出資を決めるというのは、情報を持たない投資家が企業に騙されずに投資し続けるために、長い時間をかけて確立された手段です。この仕組みは確かに、企業行動を近視眼的にするなどの弊害を生む危険性がありますが、情報ギャップを乗り越えて投資を成立させてきたプラスの側面を度外視して、長期的リターンへの謳い文句だけで出資を続けていれば、いずれ大きく失敗するのも明らかでしょう。

だからと言って、公益資本主義が目指す世界が全く実現しないとは思っていません。僕が最も期待をしているのが、クラウドファンディングです。

岩佐:公益資本主義の話でクラウドファンディグが出てくるんですか。

安田:僕はクラウドファンディングに対し、出資における目利きの前哨戦としての機能を期待しています。公益資本主義のネックは、投資家がまともな事業を見抜くのが難しく、出資が無駄になる恐れがある点です。いくら理念が崇高でも、ある程度のリターンを生み出さなければ、従来型の投資戦略に勝てずファンドを大きくすることはできないでしょう。

これに対して、そもそも寄付的な動機が中心であるクラウドファンディングには、金銭的なリターンがほとんど期待されていません。出資者は金銭的なリターンがなくても、新しい挑戦や心意気を買ってお金を出してくれているわけですから、極論をいえば出資したお金が返ってくる必要はないんです。

岩佐:リターンで競っているわけではないので、従来型のファンドと勝負する必要がないということですね。

安田:さらに最近では、クラウドファンディングで成功したプロジェクトに対して銀行が融資を行うという現象も起き始めています 。銀行の目利きとしての本来的な役割を考えれば、「それはお前の領分だ」といいたくなりますけれど…(笑)。ただ、需要があるとわかってから融資すればリスクは減るし、プロジェクト実行者からしてもプロジェクトをさらに大きくするチャンスになります。

最近では銀行とクラウドファンディング会社が業務提携をすることで、融資が難しい人には銀行窓口でクラウドファンディングを勧めることもあるそうです。金銭動機とは違う形で始まったプロジェクトに、金銭目的の銀行が乗っかるというのはこれまであまり前例がなく、将来的には大きなインパクトを生むかもしれません。

岩佐:面白いですね。金銭的リターンを求めないお金がレバレッジを生んでいく。

安田:昔のパトロンや、近年の超富裕層と同じですよね。金銭面を問題にしなければ、道楽として長期投資でも社会投資でもなんでもできるわけです。自分で芸術財団を保有するビル・ゲイツ氏や、テスラで生み出した莫大なリターンを自分の壮大な夢であるスペースXに突っ込むイーロン・マスク氏も、このパトロンモデルと言えます。

彼らのような超富裕層がいない、そして寄付税制や寄付文化の異なる日本では、個人によるパトロンモデルが根付くのは難しいでしょう。クラウドファンディングには、寄付の小口化・大衆化を通じて、「みんなのパトロンモデル」を日本で普及させる起爆剤になって欲しいです。

ビジネスモデルの範疇でビジネスじゃないことを評価しようとする公益資本主義は、僕は危険だと思っています。ですが、利益に関係なく自分で好きなことにコミットするクラウドファンディングはその限りではありません。損得を度外視した「好き」を原動力にしたアクションが、世の中を大きく変えるのではないでしょうか。



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安田 洋祐

「メディア執筆」マガジン

新聞や雑誌などに寄稿した文章の草稿を転載したノートをまとめたもの
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