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Michael Breckerの名盤 (2) You Can't Live Without it/Jack Wilkins:評伝エピソードを交えて

私がジャズサックスに傾倒するきっかけとなったテナーサックス奏者、Michael Breckerの評伝「マイケルブレッカー伝 テナーの巨人の音楽と人生」が刊行されました。
私がマイケルを知ったのは高校二年生の頃、すなわち、1980年前後で、それ以来亡くなる2007年までリアルタイムアイドルとして追っかけていたわけだが、この評伝には私の知らなかったマイケルの音楽的な背景と人となりがわかるエピソードがてんこ盛り。というわけで、評伝のエピソードを挟みながら、私の好きな名盤、名演を紹介しようという企画です。今回はその二回目。当然ながら、評伝のネタバレもいくらかありますので、ファンの皆さんはまずは評伝を買って一読することをお勧めしますし、そこまでは、という人もこの記事で評伝に興味を持ってもらえると(そして買って読んでいただくと)幸いでございます。


今回の名盤:
You Can't Live Without It/Jack Wilkins

今回採り上げるのは、Jack Wilkinsというギタリストのリーダー作です。当時珍しかったマイケルとランディのストレートな4ビートジャズが大フューチャーされているという、古いマイケルフリークにはおなじみの名盤ですな。
当時は4曲だけ入ったビニール盤だったけど、近年は、同じような時期にリリースされていた"Merge"というアルバムとMergeされて(洒落ではない)、二枚分をワンパッケージにしてMergeというタイトルで出ている。録音は1977/10/31、ニューヨークのダウンタウンサウンドスタジオという場所だそうな。


家にLPレコードがあったのでジャケットを写真に撮ってみた

2.1 1970年代前半のマイケル

前回書いたように、1970にニューヨークに移ったマイケルは、ほどなくミュージシャンコミュニティに受け入れられ、ロフトに入り浸ったり、Dreamsの活動をしたり、ほかにもWhite Elephantやらのバンドをやったりと、活動の幅を広げていた。1975年には兄弟中心にブレッカーブラザーズバンドを結成している(とはいえ、基本的には兄ランディの作った曲を演奏するバンドだが)。一方、生きていくための金はいわゆるスタジオワークで稼いでいた。
70年代は、音楽業界の拡大とともに、ニューヨークのスタジオシーンが活況で、仕事がたんまりあったらしい。それもアーティストのアルバム制作というよりは「ジングル」、要はCMやラジオ放送で使われる短い曲や、曲の断片、の録音は、相当な仕事量があってギャラも良かったようだ。
評伝ではスティーブカーンが当時の様子を振り返っているが、まだ駆け出しのころ、ビレッジバンガードにサドジョーンズーメルルイスバンドを観に行って感激した翌日、ジングル仕事に呼ばれスタジオに行ってみたら、サドジョーンズとメルルイスご両人が同じジングル仕事のために来ていたという。譜面が読めて、応用が利く(なんならその場でアレンジぐらいやっちゃう)ジャズ系のミュージシャンは当時のスタジオワークで便利に使われていたんだろう。というわけで、ミュージシャンとしては、自分のやりたい音楽と金儲けの狭間にいて悩むことになる。評伝で、ランディブレッカーはブレッカーブラザーズバンドの活動について「大好きな仕事(ブレッカーブラザーズのライブ)をやって200ドル稼ぐ。その間に2万ドルぐらいになるジングルの仕事をやり損ねる」ようなもんだと語っている。
マイケルもランディとともにファーストコールのスタジオミュージシャンとなってやたら多忙な日々を送り、おそらく経済的にもそれなりに恵まれた状況になっていたようだが、若いこともあり、それで満足せずにブレッカーブラザーズなど自らのバンド活動も行っていたわけで、流石としか言いようがない。
この働き者兄弟は、ブレッカーブラザーズのような(多少なりとも)コマーシャルな成功を狙った活動のほか、4ビートのシリアスなジャズのギグも続けていた。そのうちのひとつが、今回採り上げたアルバムのリーダーギタリストジャック・ウィルキンスとの活動だし、他ではピアニストのハル・ギャルパーのリーダーバンドも有名ですな。
さて、70年代のマイケル、上記のように多忙を極めていたわけだが、一方で、私生活では大きな問題を抱えていた。要は当時の多くのジャズマンと同じように「重度のヘロイン中毒」だったわけで、その件は次回にでも書こうかと思います。

※せっかく話が出たので、ハル・ギャルパーの素晴らしいライブ盤もリンクを置いておこう。マッコイ(タイナー)よりマッコイっぽいハル・ギャルパーガンガンのブロックコードに煽られて、異常に緊張感のある演奏が繰り広げられてます。これ、初めて聴いたときは盛り上がったなあ。
一曲目では珍しくマイケルがフルート吹いてます。"I can't get started"のテナーソロは学生の頃コピーしたりしたかもしれない。 このライブ録音の最中、ヤク中マイケルがベースソロの間にステージ上で椅子に座って寝てたというエピソードも書いてあるが、果たして、、、

2.2 You Can't Live without itを聴いて

ようやく本題です。
このアルバム、上で書いた通り、当時、たまにギグをやっていたギタリストのJack Wilkinsがリーダー。評伝によれば、Sweet Basilか何かのギグのあと、夜中に「思い付きで」スタジオに入り、一気に録音したとか。
メンバーは Jack Wilkins (g) Randy Brecker (tp) Michael Brecker (ts) Phil Markowitz (p) Jon Burr (b) Al Foster (ds)の6人。収録曲は、レコードのA面が"Freight Trane""What's New"の2曲、B面が"Invitation""What is this thing called love"の2曲の計4曲ですね。現代のセッションでもよく演奏される普通のスタンダードナンバーで、マイケルの珠玉のプレイが聴けます。

ちなみにこの演奏に関して、評伝でリーダー Jack Wilkinsはこんな発言を。

「ただジャムっただけだよ。何も決めてなかった。
正直言って、マイケルはレコーディングした曲をよく知らなかった。<インビテーション>はそれなりに知っていたと思うが、<ホワッツ・ニュー>と<恋とは何でしょう>は怪しかったんじゃないかな。」

マイケルブレッカー伝 ジャック・ウィルキンスの発言より

まあ、ありえますかねwww。マイケル若いし、他にもものすごい数のギグ、セッション、そして練習をこなしてたわけだし。それこそ、マイケルが生きていたらこのセッションそのものを覚えてるかを聞いてみたいものだ(きっと覚えてないw)。
さて、マイケルのプレイだが、まだ発展途上だったDreams時代とは違って、ほぼその後の「ブレッカースタイル」が完成しているといってよいだろう。多分、マウスピースはまだオットーリンクだと思うんだけど、1970年ごろの過度なスモーキーさは薄れて、クリーンで深みのある音色。フレーズの移り変わり、装飾音符など実に自然でスムース。ビブラートも適度でよろしい。
曲別にみると、"Fright Trane"は、John ColtraneがKenny Burrelとやってるオリジナルを意識してると思う。特に八分音符の吹き方はそんな感じ。"What's New"はマイルスのKind of Blueに入ってる"Blue in Green"のコルトレーンとか意識してるんじゃないかなあ。
で、このアルバムの白眉はやっぱり"Invitation"ですかね。ギターとマイケルのデュオによるルバートのテーマから始まり、リズム隊が入ってちょっとしたイントロを挟んでアドリブへ。テーマの部分の美しさーダイナミクスや音色に気を使いつつ、装飾音符を駆使した丁寧な表現ーは70年代前半にはなかったと思う。唄もののスタジオ仕事とかで身に着けたのかもしれない。
リズム隊が入ると一転して、ビーストモードへ。アーティキュレーションのはっきりした落ち着いた八分音符、怒涛の十六分音符でのモーダルなフレーズ、そして、とどめのフラジオと、まさにブレッカースタイルのショーケースになってます。
ところで、Invitationといえばジョーヘンの十八番だったわけで、絶対ジョーヘン意識してるよね(特にイントロのあたりとか)。その後の「ジョーヘン事件」を考えるといろいろ複雑ではありますが(詳しくは評伝で)。まあ、それは置いといて、とにかく素晴らしい演奏です。おそらく世界中のテナー吹き(特に若い世代)がこれ聴いてひっくり返ったんじゃないかと思うわけです。

2.3 私とこのアルバム

さて、前回書いた通り、私がマイケルを聴き始めたのは1980年ごろ。ブラバンのサックスがつまらなくなり、ジャズに興味を持ち始めて、キーボーディスト深町純がニューヨークで録音した"On the Move"を何の予備知識もなく図書館で借りて聴いてみたらなんかすごいテナー吹きが入ってて衝撃を受けた、というのがきっかけであります。ちなみ"On The Move"名盤なのでぜひ聴いてみて。マイケル以外も豪華メンバーで、大変上質なフュージョン(当時はクロスオーバー)であります。

というわけで、追っかけ始めたのだが、情報を得ようにも当時はインターネットのような便利なものはなく、高校生なのでまだジャズ喫茶とかも行ったことがなくて、Jazz Life等の雑誌の購読くらいしか手がなかった。
そんなときに、こんなものが現れるわけであります。

インターネットで画像拾いました。2年前にオークションで8400円で落札されたらしいw

そう、我らが佐藤達哉さんが採譜した珠玉のコピー譜をまとめた「マイケルブレッカー完全コピー集」。1981年に出たようです。マイケル、当時の日本では、数回の来日を経てプレイヤーの間では騒然となっていたと思うけど、いわゆるメジャーなジャズ誌とかでは、まだ若造で、ポップス崩れの亜流テナー吹き扱い。そんななか、商用でマイケルブレッカーのコピー譜を出版したのっておそらく世界で初めてなんじゃないかな。達哉さんの熱意と出版社のご英断には改めて驚き、感謝するばかりであります。
で、このコピー譜の中に、今回採り上げた"You Can't Live without it"から"Fright Trane"と"Invitation"が入っていたのだ。私も、このコピー譜買ったころにはブレッカーブラザーズの"Heavy Metal Bebop"とかも聴いていて、エフェクター掛けた強烈プレイにやられていたわけですが、そんなマイケルが4ビートのジャズをやる人だとは知らなかった。っていうか、そもそも、マイケルが4ビートを演奏している音源、当時ほとんど存在していなかったのだ。
そんな中、このコピー集に採り上げられたおかげで、アルバムをどうにか入手し、マイケル、こんなアコースティックジャズもできるんだ!と改めてビックリしたという次第。コピー譜経由ではないにしても、当時このアルバムを聴いて衝撃を受けたテナー吹きは世界中にたくさんいるはずで、その後のジャズテナー業界に大きな影響を与えた、実に重要なアルバムなのではないかと改めて思うわけです。

2.4 おまけ:リーダーJack Wilkinsについて

リーダーのJack Wilkins、ギタリストなんだが、期せずして世界中のテナープレイヤーに愛聴されるアルバムを出してしまったわけですが、実は、このちょっと前に出したMergeというのもいいアルバムです。You Can't Live without it とワンパッケージになっちゃったので、この記事の一番上のリンクで聴けます。

元はこんなジャケットでした。

このアルバム、メンバーがリーダーJack Wilkins (g) にRandy Brecker (tp)、Eddie Gomez (b)、Jack DeJohnette (ds)という結構なオールスターメンバーで、何が良いって、デジョネットのドラムが実によいw 一曲目の"Fum"、早いサンバと4ビートのパートが繰り返し出てくるのだが、ここでのデジョネットがキレキレ。他の曲も良い。まだ、キースジャレットのスタンダーズに入る前でECM中心に音源を出していたデジョネットだけど、この手のストレートなバンドは珍しかったんじゃないかな。おそらくは、リーダーには申し訳ないがこれも世界のドラマーから注目されたアルバムなのではないかと思う次第であります。

Jack Wilkins、ブレッカー兄弟と同世代で、これらのアルバムのあとも長く第一線で活躍していましたが、今年(2023年)の5月に亡くなったとのこと。Rest In Peace

では、今日はこの辺で。
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