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恥はかき捨てられない

2019/0524

やってはいけない事というのが、世の中にはある。わたしも、それなりにルールは守って生活している。ただ、どうしてもやめられない事もある。寝ている夫にパンを食わすことだ。

昔、「学校へ行こう」をよく見ていた。その最終回でV6のメンバーがキャンプをして、焚き火を囲みながらそれぞれ思い出を語っていた。三宅くんだったか、時たま、寝ている岡田くんの口にパンを運んでいたというエピソードを披露していた。岡田くんがあまりにも寝ながらパンを食べるので、三宅くんは面白くて度々パンを食わせていたというのだ。あの頃、岡田くんは、目がさめると何故か満腹になってたと言っていた。会場はなごやかな笑いに包まれていた。

このことを、何故か不意に思い出してしまった。バターをゴリゴリに塗った食パンを、寝ている夫の横で食べている時だった。わたしは小腹が空いていると寝付けない。この日も夕飯を食べた後だったが小腹が気になり落ち着かず、ご飯も今日は余っていなかったので、あと2枚のところで残っていた食パンに手を出したのだった。夫は日常の全ての役割から解放され、寝息を立てている。何人たりともこの限られた安息を侵してはならない。それでも私は、食パンの角を小さくちぎるのを止められなかった。夫の口もとに運ぶ。バターの匂いを感じ取った夫は鼻をひくひくとさせた。しかし口は開かれない。

そうだ。こんなこと、そうある筈が無いのだ。とは思いながらも私はちぎったパンを夫の口もとにスタンバイし続けた。私たちが住むマンションは首都高沿いに建っている。この道は愛知県小牧市へと続いているらしい。目的を知る由もないけど、人々は夜になっても、愛知県小牧市方面へと流れていく。次から次へと。私は家に居ながら人々の移動、その気配を感じる。車の通過音と、夫の寝息だけが聞こえる。もちろん、私にも朝はある。7:30には起きて、バイトに行かなければならない。さっさとパンを食べ、明日の為のアラームをセットし、眠りにつかなければ、苦しむのは明日のわたしだ。寝ている夫にパンを食わす為に寝不足になったのでは、明日のわたしも納得しない。私は思い直して、バターをゴリゴリに塗ったために少しふにゃっとしてしまったパンを食べた。でも最後のひと口を、軽い気持ちで夫の口もとに近づけてみた。期待はしてなかったけど、夫は、パンを食べた。

ここまで書いてきてなんだけど、この出来事を記事にするまでに随分と時間がかかってしまった。夫がどのようにしてパンを食べたかの詳細、その輪郭がなんだか覚束なくなってしまった。備忘録のつもりで書いてるはずが、本末転倒である。記事を完成させたいのに、思い出の鮮度はどんどん落ちる。書いては消し、書いては消しを繰り返し、自分の親指から放たれる文字の羅列がはたして面白いのかなんなのかわからなくなってくる。日常をこなす中でも、この記事が下書き状態である、ということをたまに思い出す。新しい記事を書き始めても、この「寝ている夫にパンを食べさせてみた」他愛のない、というかどうでもいい記事が完成しないことが気になってしまう。この記事の前半は5月下旬に書き始めたもの。いまは7月が終わろうとしている。いま、あなたに見てもらっているのは個人のブログ、というより、もはや地層だと思ってほしい。新元号が発表されて、誰も令和グッズに見向きもしなくなった頃から茹だるような暑さのこの時点まで。一進一退を繰り返しながらも少しずつ堆積してきたもの。文、という概念は一先ず横に置いて、地層として眺めてもらえたら、わたしの心持ちも軽くなる。はず。

下書きを何度も夫に見せた。最初は面白がってくれた夫も、なかなか完成しないので、僕がパンを食べたところで終わらせれば、と自分の意思とは関係なくパンを食わされてる身の上ながら、アドバイスをくれた。でもそれがなかなか出来ず、今日までうだうだと文字を連ねてきた。何故なのか。私はこの記事で夫をイジった。散々イジったのに、パンを食べた、で終わらせるのはあまりにいい加減ではないか。イジる側の責任があるはずだ。「寝ている夫がパンを食べたこと」を書くのは簡単だ。でも私が本当に書きたいことはその事実じゃない。いや、その事実なのだけど、その事実を書いた上で、わたしが夫のことを書く時、避けなければならないのは夫が損をすること。隣にいるあなたをわたしは不躾に、したためている。わたしのエゴでしかない。それを許しているのは紛れもなく夫なのだ。当たり前のように一緒にいると、お互いを許し合っていることを忘れてしまうから、この記事を諦めたくなかったのだけど、どうしようもない散文になってしまった。ここが地層の最新、やっとたどり着いた。

長くなりましたが、最後に夫の短歌を紹介します。

完全に仲直り出来ると知ってから帰る予知能力者の妹


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