写真_2018-12-28_午後4_30_22

三年目の冬。

東京へ出てきて、三年目の冬を迎えた。

大学を卒業し、リクルートスーツを身にまとい、履きなれない靴に悩まされ
言葉通り、右も左りもわからない東京を歩いた。

春があっという間に終わり、長い夏が来て、気が付く間もなく秋が終わる。
雪国育ちのわたしは、地元を思い出すようで冬は好きな季節だった。
それでも、東京の冬は私の地元の冬とは違い、
突き刺さすように私を冷やした。

毎日を繰り返し過ごし、いつしかすり減っている心にも気が付かぬまま。
知り合いは誰もいない街に住み、悩みを話せる友達など、もってのほかだった。

三年目の秋を迎えたとき、熱を出して3日ほど寝込んだ。
静かな部屋でヒトリ、布団をかぶる。
時計の針の音だけが、部屋に響く。
孤独を感じ、思い出すのは家族の顔や、友達との思い出だった。

驚くほどに重く感じる毛布の下で、
私は、三年目の冬をむかえる前に、東京を離れることを決意した。


熱が下がり、三日ぶりの風は、秋が終わりはじめていた。
乾いた風が、静かに頬を撫でる。

病み上がりを身体で感じながらも、十七時の賑わいを見せる商店街を歩いていると、
路地を曲がったところに、暖簾が風になびくのが見えた。


銭湯だ。



もう、三年もこの街に住んでいるのに、私はこの街に銭湯があることなど知らなかった。
地元にはない、映画や、テレビでしか見たことのない銭湯。
立ち止まり少しだけ迷ったが、不思議と身体はすでに、銭湯へ向かい歩きはじめていた。

暖簾をくぐり、四百六十円を番台で支払う。
脱衣所の床がきしむ音に、どこか懐かしさを感じながら、服を脱ぎ、浴室へと向かう。
浴室へとつながる扉を開けたとき、湯気の奥に富士山が見えた。
近所の人だろうか、年齢層はバラバラだが、
多くの人が富士山の絵の下、そこにいた。

身体を洗い終わり、湯船に入ったとき、
芯まで冷えていた私の身体を、湯が、温める。
足を伸ばして風呂に浸かるなど、何か月ぶりだろうか。



ふと、辛かった毎日が、脳裏を駆け巡る。

浴槽のお湯に反射する自分が見えたとき、私はなぜか、少し泣いていた。
誰にもばれないよう、下を向き、静かに泣いていた。


気が付かないうちに、同じ浴槽に浸かっていた隣の人が、私に声をかけた。
私の母親より、少し年上の方だろうか。
私は、その人に、東京へ出てきてからのことを、少しだけ話した。

その人はただ、うん、うん、と頷きながら私の話を聞きいてくれた後、
自分自身も地方出身なことや、わたしと同じ年の頃の話、自分にも私と同じ年の子供がいることを話してくれた。

お互い裸での会話、隠すことも何もないように感じた。

たったそれだけなのだが、どこか、なにか、救われた気がしたのだ。




脱衣所を出たとき、番台の横の椅子に湯船で話したあの人がいた。
あいさつをと近寄ると、私をみつけ、

「がんばるんだよ。負けそうになったら、ここで休みなさい。」

私は、笑顔で、声にならない声で「はい」とだけ答え、
その場を立ち去った。


暖簾をくぐり、外気が頬を撫でる。
頬をつたう涙は冷たく、頬は暖かった。

少しだけ、軽くなったように感じる身体。
自分の身体が、芯まで温まったのがわかる。


路地から商店街に出たとき、一段と強い風が通りを駆け抜ける。



東京へ出てきて、三年目の冬を迎えた。

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