春を待つ日
Fictions Vol.4
突然の訃報を、信じられなかった。
少し前、もし時間があれば帰って来いと連絡があったばかりだった。
美味しいお肉をもらったから、と。
久しぶりにすき焼きをしよう。
そう書いてあった。
仕事が立て込んでイライラしていた私は大人げないと思いつつちょっと腹を立てて、でも、そうとはおくびにも出さないように返事をした。
どうしても締め切りが迫った仕事があって、今は帰る時間がないこと。
せっかくのお肉は冷凍したりせずに、母と食べておいてほしいこと。
返事はなかった。
いつになく弾んだ様子の連絡が急にしぼんでしまったようで、落胆させたことを後悔する気持ちと、「だってしょうがないじゃん」という開き直るような気持ちがないまぜになって、ちょっと気になっていた。
気になっていたのに、気になる分だけ意地のようになって、連絡せずにいた。
あの時、会いに帰っていれば、死なずに済んだ。
なんの脈絡もなく、そんなことを思った。
肉は、冷凍してあった。
さまざまな手続きや連絡や、儀式がひと通り済んだ後に母が出してきて、家族ですき焼きをした。
おとうさん、取っておくって聞かなくてねぇ
母の愚痴ともつかぬ、責めるわけでもない呟きがしかし、胸に刺さった。
帰り際、持たされた写真は部屋に飾らなかった。
生きていれば当然、しなかっただろうことは全て、したくなかった。
でも、咲くのを楽しみにしていたという鉢をひとつ、持ち帰った。
そんなに大きくはない、8号くらいのプラスチック製のそれは、緑とは違う、黄緑とも違う、しっとりとした柔らかい芽を出していた。
1ヵ月半くらいが過ぎたあと、みるみる背丈を伸ばしたその芽は、赤と、黄色と、最後に白の、ツルツルした花弁を広げて、誇らしそうに太陽の光を受けた。
ああ
これから毎年、どこかでこの花を見るたびに
この気持ちを思い出すのだろう
痛みはきっと少しずつ鈍く、遠くなり、痣のように青黒くなった後、いつの間にか消えてゆくのかもしれない。
そうしたら私も球根を買ってきて土に植えよう。
また、春を待つことができるように。
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