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どこかでだれかが何かを見ている

鈴木成一さんとの出会いから意気消沈まで

2011年、装丁家の鈴木成一さんがイラストレーター向けに塾をはじめた。
ある出版エージェンシーが立ち上げた塾だ。鈴木成一さんにイラストを見てもらえるチャンスだ、と思ったぼくはすぐに応募した。

参加者は10人ほど。
実際にこれから出版される本をつかった珍しい講座で、
最優秀者には鈴木さんから、その本のカバーイラスト(装画)のオファーがあるという。しかし講座がおわってもぼくにはオファーがなかった。

意気消沈していたところに、塾の主催であるエージェンシーのスタッフの方から電話がかかってきた。

文字書けますか

「ヤギさんって、文字書けますか?」と聞かれた。
えーと…当たり前なんですけど「文字、書けますね」

それは『ダース・ヴェイダーとルーク(4才)』というアメリカの絵本の中で使われている文字をすべて手描きで描いてほしいという依頼だった。イラストじゃなく、文字の仕事が来たことに驚いたのだが、それよりもまず、どこで自分の文字が見られたのかがわからない。

そのスタッフの方によると、応募用紙かなんかに書かれた手書き文字のひょうひょうとした感じが良かったと。しかしどこに手書き文字を書いたのか、自分で思い出せない…。
ぼくは小学校のころ習字教室に通っていた。学生時代は授業中にオリジナルで文字の書き順を研究し、アルバイトでは上司や先輩の筆跡をマネして遊んでいた。そのせいで、逆に自分の筆跡が地味に定まらない。だからスタッフの方が「見たよ」と話している筆跡を思い出せないまま、仕事に突入した。

ひとつの仕事がつぎの仕事につながる

『ダース・ヴェイダーとルーク(4才)』(辰巳出版)は良く売れて、それまで雑誌の挿絵を1回描いたくらいの経験しかなかったぼくの一番目立つ仕事になった。それが「絵じゃない」ことに多少の戸惑いも感じつつ。この本はその後シリーズ化されて、いま4作ほど出ている。カレンダーやぬり絵にもなっている。

イラストレーターをはじめたばかりのころ、「仕事が続かなかったらまたすぐやめるだろうな」と考えていたので(根性なしなので)、この手描き文字の仕事がつづいてくれたことは本当にありがたかった。

そして、単純に仕事がつづくメリットがあるだけではなく、別の出版社から『ゆる犬図鑑』(こちらも翻訳もの)の手描き文字の依頼をいただくことにつながった。そして、発売されたばかりの『ドッグマン』(翻訳もの)の仕事にも波及した。

最初のきっかけがどこにあるかわからない

今回言いたいことは、手描き文字の仕事の最初のきっかけは今でも不明瞭だということだ。どこで誰が見てくれるかわからない。そもそも、ぼくは鈴木成一さんにイラストを見てもらいたくて塾に応募した。
それが、スタッフの方の目に止まった。それもイラストじゃなく、文字。応募要項か何かになにげなく書いた文字だ。そもそも、エージェンシーから仕事の依頼があるとすら、考えたことがなかった。

以前、認知度についての文章を書いた(いいね!もらうのと仕事あることの違い)。まるで意図的に認知度をあげることができるかのように読めるかもしれないが、手描き文字の仕事の依頼を受けた経験から、ぼくは「いつどこで自分のなにが見られているかわからない」と思うようになった。
それはある面から見ればこわいことのようにも思えるが、逆側から見ると、チャンスは無数に転がっているということでもある。

でもその塾に行かなければ、スタッフの方の目に止まることはなかっただろう。友だちに見てもらうだけではダメなのだ。それだけは間違いない(あるかも)。きっかけがどこにあるかはわからない。それでも外に向かって出せば、どこかで誰かが見てくれている。その「見たよ」がどんな形につながるのか、見通して効率よく認知度をあげるのはたぶんほぼ不可能だ。しかしある意味、見通せないからこそ仕事は楽しい、ともいえる。仕事の依頼はいつも突然、思いがけないところからやってくる。

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