真の「カーボンニュートラル」とは何かIー「ネットゼロ」と比較してー

ハイライト
・CO2排出の大部分は、エネルギー(電力、蒸気)生産によるものである。
・「ネットゼロ」の実現には、エネルギー生産手段の転換とCO2回収・貯留が本質的に重要。
・「カーボンニュートラル」の実現には、社会で利用される炭素分を循環する「カーボンリサイクル(炭素循環)」が不可欠。
・「カーボンニュートラル」達成への道のりは、「CO2排出ゼロ」→「カーボンリサイクル」。


地球温暖化、気候変動、マイクロプラスチックの海洋流出、水質汚濁、PM2.5排出などといった環境問題は、近年大きな注目を浴び、そして賛否両論の渦を巻き起こしている。

環境問題が生態系に影響を及ばさず、人間生活が維持される社会を、「持続可能な社会」とここでは定義していこう。

SDGsやESGといった大体3文字のアルファベットは、耳にタコができるほど日常で聞く単語になりつつある。これらの言わんとしていることは、「持続可能な社会」の実現のために、日常生活や投資活動を意識しようという運動の一環と考えてよい。

例えば、SDGsでは合計で17つの開発目標に取り組むことが示されている(環境省:持続可能開発目標(SDGs)の推進)。SDGsの中で、日本でとりわけ注目されるのは、いわゆる「カーボンニュートラル」に直接的に関係する以下の目標である。

7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」
13「気候変動に具体的な対策を」

この他に、日本政府は「2050年までの我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」としている外務省:パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略, 2021)。

この挑戦的な目標に向けて、電力や製造業の企業が大きく舵を切っている。
基本的に、環境政策は企業の経済活動にとってコストを増やすだけであるから、企業の力が強い日本において、こういった戦略を打ち出すということは、かなり思い切ったと考えている。
個々の企業に関しては、CSR活動事例を見れば、直近の企業努力を見ることができると思う。

しかしながら、一言申したいのである。
「カーボンニュートラル」は、「ネットゼロ」と大きく異なる

と…。


1  「カーボンニュートラル」ってなに?

日本人は、英語ができないからカタカナが好きである。
とりあえず「脱炭素化」=「decarbonization」をElsevier社 (※1) のScience Directで調べた。
※Elsevier(エルゼビア 、Elsevier B.V.) は、オランダ・アムステルダムを拠点とする国際的な出版社。医学・科学技術関係において、学術雑誌を多数発行している。

調べたところ、「脱炭素化」という言葉自体を明確に定義した文章は見られなかった。しかし、エネルギー部門における「脱炭素化」への道筋については明確に説明がなされている。再生可能エネルギーの拡充と直接空気CO2回収(direct air capture)が基本筋だ。

エネルギー部門の脱炭素化に対しては、先ほどの2つの戦略は至極真っ当で、非の打ち所がない(詳しく知りたい人は、例えばIEA: Energy Technology Perspectives 2023)。

例えば、国内のCO2排出量は、エネルギー生産由来が少なくとも50%以上 を占めている (※2)。他の統計を見てみると、日本のCO2排出はほとんどがエネルギー生産由来と読み取ることができる。
※電気・熱配分前のエネルギー変換部門+運輸部門を下限値とした(国立環境研究所:日本国温室効果ガスインベントリ報告書, 日本の温室効果ガス排出量データ, 2023)。詳細を算出したければ頑張ってください…。(例えば、資源エネルギー庁:総合エネルギー統計 2021, 経済産業省特定業種石油等消費統計調査, 総務省:産業連関表)。

つまり、エネルギー部門の「脱炭素化」は全産業部門の「脱炭素化」に大きく貢献するといえるが、実はまだ完成とは言えない。
エネルギー部門の脱炭素化は、本質的には「CO2排出ゼロ=ネットゼロ」に近い。なぜなら、エネルギー生産は、化石燃料の燃焼以外で賄えればCO2を直接排出することはないからだ。


2 「ネットゼロ」ってなに?

「ネットゼロ」という言葉は日本人から頻繁に聞くため、まずは環境省HPで調べてみた。詳しく述べている文書(SBTI: 企業ネットゼロ基準, 2021)があったので、簡潔にまとめられている部分のみを引用すると、

ー以下引用-

オーバーシュートのない、あるいは制限された 1.5°C に温暖化を制限するシナリオでは、2050 年頃にネットゼロ CO2排出量に達し、同時に非 CO2GHG 排出量が急速に削減されます。これらのシナリオには、世界のエネルギー・産業・都市・土地システムにおける次のような大きな変化が伴います。

・21 世紀半ばまでの、ゼロ排出のエネルギー供給システムを達成する、エネルギーおよび産業 CO2排出量の完全またはほぼ完全な脱炭素化。
・農業・林業・土地利用に伴う CO2排出量の削減。
・全セクターからの非 CO2排出量の大幅削減。
・大気中の CO2を除去して残余排出量を中和し、経時的に大気中の累積 CO2を削減する正味の負の排出を維持する可能性

ー引用終わりー

と述べている。

ここでわかる通り、「ネットゼロ」に際しては、一貫としてCO2に焦点が当てられている。第1項にエネルギー部門を中心とした産業の「脱炭素化」という言葉が、CO2排出量と同等に扱われていることから、「ネットゼロ」の文脈における「脱炭素化」はCO2排出量と同義と考えてよいのではないか。


3 結論「カーボンニュートラル」と「ネットゼロ」の違いはなにか?

「Net Zero」をElsevier社のScience Directで調べたところ、「Net Zero」の特集ページがあり、以下の説明文が示された。

Carbon neutrality refers to achieving net zero carbon emissions by balancing an amount of carbon released with an equivalent amount sequestered or offset, to make up the difference.

翻訳したのが以下の文章である。

「Carbon neutrality」とは、放出された炭素の量と、隔離されたまたはオフセットされた同等の量をバランスさせることによって、ネットの炭素排出量をゼロにすることを指す。

うーん、これはカーボンニュートラルの定義のようだけど…。
ここからもわかる通り、「ネットゼロ」と「カーボンニュートラル」の線引きは非常に曖昧かつ分かつことが難しいであることが分かる。

しかし、先ほどの議論と、説明中の言葉の一つ一つをしっかり吟味してみると些細な単語の違い、一方で定義をする上で本質的な差異に気づけるのではないか。

「ネットゼロ」とは、「正味CO2排出ゼロ」
「カーボンニュートラル」とは、「正味炭素排出ゼロ」
を表している。

炭素は、CO2以外の様々な物質に含まれている。最たる例がプラスチックや紙であろう。食べ物は基本的に炭素、水素、酸素の集合体である。
つまり、「カーボンニュートラル」は「ネットゼロ」を含めた、より広い意味合いを持った概念であることが見て取れる。

以下に「カーボンニュートラル」と「ネットゼロ」の違いを表した簡単な概念図を示す。

ここで示される通り、「カーボンニュートラル」の達成は、「ネットゼロ」が前提となっている。「カーボンニュートラル」はプラスチックや紙のリサイクル、つまりはカーボンリサイクル(炭素循環)が不可欠なのだ。

「カーボンニュートラル」と「ネットゼロ」の違い

日本政府は「2050年までの我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」としている(外務省:パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略, 2021)と述べたが、この文書を精読してみると、「カーボンニュートラル」を標榜する中で、社会構造の移行について、「脱炭素社会への移行」・「循環経済への移行」・「分散型社会への移行」3つの基本軸が冒頭で示されているのだ。

すなわち、「カーボンニュートラル」という言葉は、炭素やCO2といった物質に関わらず、「持続可能な社会」の実現のために作られたと考えられる。

環境政策というのは、科学と政治が横並びで存在する珍しい性質をもっている。だから、戦略立案当初は、ある程度含意の余地を持たせることは致し方ないと思われる。
しかしながら、様々な政策が日常生活に影響を及ぼす可能性が高くなった今、環境関連のキーワードの定義にある程度落とし前を付けることは重要だと考えている。



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