真の「カーボンニュートラル」とは何かIIーCO2排出削減の道のりー
前回では「カーボンニュートラル」の概念をざっくばらんに紹介した。
内容を抜粋すると、
「カーボンニュートラル」とは…
社会システムにおける「正味炭素排出ゼロ」を表しており、「ネットゼロ」と「カーボンリサイクル(炭素循環)」の両方を達成する必要がある。
そういった中で、「カーボンニュートラル」達成への順当な道のりは、「CO2排出ゼロ」→「カーボンリサイクル」といえる。
特に最近重要視されている「CO2排出ゼロ」とはどのように達成されなければいけないのか、整理する必要がある。
1 「CO2排出ゼロ」への道のりの一般論
仮に正味CO2排出量がゼロである社会、すなわちネットゼロ社会が実現されるとして、一体どのようなものなのであろうか。
ヒトは、火を道具にしてからというものの「CO2排出ゼロ」の社会とは大きくかけ離れてきた。そして、産業革命以来の革新的な工業化により、人間は発展のために膨大なCO2を排出してきた。
まず挙げられるのは再生可能エネルギーの利用であろう。
近年、山肌を露わにすることを副業とする太陽光発電や大車輪を本業とする風力発電が、こういった議論の中心にいることはいうまでもない。
そして、あの内閣府が大々的に掲げた研究事業のひとつである、CO2回収・有効利用・貯留(carbon capture, utilization and storage, CCUS)と呼ばれる技術もCO2排出の削減に貢献するとみられる。
これらの技術がどの程度利用されるか、いつ導入されるのかについては、現在学術研究、国家主体でも大きく分かれている。明確的な答えが出るのは、各国政府がそれぞれの目標を確認する時期に近づいたときであろう。
しかしながら、これだけははっきり言える。
国地域ごとの正解があって、特定の技術が独占することはない。
国によって発電方法の割合が異なるように、再生可能エネルギーやCCUSの割合は国の状況によって大きく変化すると考えられる。
2 日本における「CO2排出ゼロ」への道のり
日本は、島国の先進工業国であり、他の先進国と物理的に大きく隔てられているところに特異性がある。近年はアジア諸国が著しい経済発展を遂げていることから、世界のパワーバランスが今後変化すると考えられるものの、英仏間をトンネルで繋げるような国家間を陸路で移動することは、日本で起こるとは現実的に考えられない。
すなわち、発電や熱といったエネルギーにおいて、日本は他国と売買することは今後起こらないと考えていい。これは同時に日本でエネルギーを作り出さないといけないという裏返しでもある。
ここで提案するシナリオは3つだ。
現状と変わらず化石燃料を買い、CCUSを導入して火力発電を維持する。
完全(またはほぼ完全)に再生可能エネルギーに移行する。
事業用発電の大部分を再生可能エネルギーで賄い、産業部門では化石燃料を使う。
どれもCO2排出管理が行われれば、「CO2排出ゼロ」が可能なシナリオである。この記事では第1シナリオについて説明していこうと思う。その他のシナリオは次の記事で触れていく。
3 第一シナリオ「現状と変わらず化石燃料を買い、CCUSを導入して火力発電を維持する」
このシナリオは現状の発電方法を継続しつつ、発電所や工場の排気ガス中からCO2を取ることでCO2排出削減を行うというものだ。
日本では、今年(2023年)6月に独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が「先進的CCS事業」を選定し、CCS事業が本格始動しようとしている。
環境問題に関心の高い欧州でも、CCUS事業には大きな予算が付いており、研究開発と実用化が進められている(EU, Carbon capture and utilisation)。
CCUSの最大のメリットは、従来の発電所や工場を稼働させ続けることが可能であることだ。CCUSプラントを装備することで、CO2排出を大きく削減することができる。
CCUS事業のデメリットは、従来の発電所や工場に新たにCCSプラントを導入するため、現状の電力コストにCCS関連コストが単純に上乗せられるという点である。
2023年現在、発電所や工場におけるCO2回収コストは、評価手法によって差はあるものの、CO2回収量1トンあたり13~120ドル(USD)となっており、発電に限ってみると、50~100ドル/t-CO2となる(IEA, Is carbon capture too expensive?, 2021)。
「1トンのCO2とは一体どの程度なのか?」をイメージが付きにくいため、具体的な数値をもとに考えていこう。
1 キロワット時(kWh)あたりのCO2排出量は、0.454 kgとなっている(電力中央研究所、日本における発電技術のライフサイクルCO2排出量総合評価、2016)。1 kWhは一体どの程度なのかというと、500~600 Wの電子レンジを46分程度使用するといったイメージだ(Looopでんきの数値をもとに算出)。
異なった数値を提示すると、一世帯あたりの年間消費電力量の平均値が4258 kWhである(環境省、家庭でのエネルギー消費量について(令和2年度))。
すなわち、単純計算で電力消費だけで1世帯当たり年間約1.9トンのCO2を排出していることになる。
0.455 [kg/kWh] × 4258 [kWh/年] ≒ 1933 [kg/年] ≒ 1.9 [t/年]
0.454 kg-CO2/kWhという数値は、2007年の発電実績に基づいているため、現在とは多少の差があると思われるが、発電割合を見る限り1トンを下回るとは考えられない。
それでは、簡単にCO2回収をするためのコストの計算をしてみる。
電力部門におけるCO2回収コスト:50~100ドル/t-CO2
1世帯あたりの年間CO2排出量:約1.9トン
から
50~100 [USD/t-CO2] * 147.81 [JPY/USD] * 1.933 [t/年]
≒ 14287~28574 [円/年]
あくまで簡単な計算であることに留意したいが、電力消費で年間1万4千円から2万9千円ほどコストが増加する。勿論このような簡単な計算で定量的な議論をするのは全く良いと思わないが、一般論として化石燃料の使用を維持することは、日常生活のコスト増加の一因になりうることが考えられる。
さらに、CCUSはCO2回収に多大なエネルギーを消費することが知られており、ここに使われるエネルギーは本来発電に使われるもので賄う (DNV, Carbon Capture and Storage - an effective tool to speed up decarbonization of industry, Goto, K et al., 2013)。
つまり、これは発電効率の低下に繋がる。CCS導入後では大体10%下がることが知られている (Goto, K et al., 2013)。
夏季や冬季の電力需給はあまり余裕のある状況にない(日本広域的運営推進機関, 2023)ことを踏まえると、すべての火力発電所にCCSを設置すると電力の需給バランスが崩れ、電力安定供給が危ぶまれると考えられる。
こうした観点から、第一シナリオは実現性が極めて低い、したがって従来通り化石燃料に依存し続けることは難しいと考えられる。
それでは、今回はここまで。
次の記事では第2、3のシナリオについて触れていこうと思う。
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