"有機農家はカッコイイ”という時代の到来

農業が「汚い、きつい、キケン」と敬遠される3K職業といわれて久しい。
とんでもない話である。農家はカッコイイ。とくに有機農家は「カッコイイ、かせぐ、かなりモテル」の3K職業だ。
最初に気づいたのは20年前。雑誌の取材で長野県茅野市の柿澤宏仁さんに会ったときだ。ひとしきり米作りの話を聞いた後、田んぼに入ってもらって撮影をした。
7月下旬の午後、炎天下だった。自然栽培の稲は青々と勢いよく伸び、見るからにエネルギーに満ちていた。その中に入っていった柿澤さんが麦わらを被ってこちらを振り向いたとき、その涼しげな表情と立ち姿に
「アッ、古武士というのは、こういう佇まいをしているのか」と腑に落ちた。
「刀を置き、鍬(くわ)に持ち換えた侍、古武士だ」と。
その写真は表紙を飾った。彼の風貌は研究者、技術者、学者、哲学者、経営者、そしてアーティストを彷彿させる。有機農家はそんな絵になる人物が多い。その佇まいはどこから来るのだろうかと考えた。 
当時、農業の世界で有機はまだ異端だった。有機農家は高度経済成長期から1990年代までは、村社会のいじめ環境の雑音に邪魔された。それでも日々試行錯誤し、ブレることなく創意工夫を続けた。 
そして、その魅力に魅了され、生き方、生き様となる価値、美学を見つけた。だから突き抜けた。有機栽培をやり切った結果、丹精こめて育てた土と作物は極上のでき栄えで誕生した。
 そんな彼らでも有機は苦労するという。そんな苦労をしても余りある収穫があるのだ。その答えのひとつは「自分のためでなく、人のためにやっているから」だ。だから続けられ、伝えられると推察した。
その思いは後継者を育てる遺伝子を創り出している。慣行農家が高齢化、後継者不足、耕作放棄地、離農に喘ぎ、追い込まれているのに有機農家はその真逆を行っている。だから慣行農家も少しづつ減農薬、減化学肥料へとシフトし始めている。
そして、農家ではない環境問題や食育を小中高校で学んだ若い世代が、その遺伝子に共鳴するかのようにオーガニックを志向している。
この流れをさらに加速させたい。それにはこれからの社会で農業が高い価値と魅力を持つ仕事だと気づいてもらいたい。そう伝える責任がある。
残念ながら高度経済成長期、バブル期に育った世代は、今まで競争に明け暮れ、商業主義にどっぷり浸かってしまった。結果、農業を職業としてないがしろにしてきた。その遺伝子が3K意識を生んだ。それは失敗であり、その失敗はもう繰り返せない。それほど自然界を痛めつけてきたからだ。
コロナ禍以前からSDGsが話題となり、世界の潮流に合わせるかのように
「みどりの食料システム戦略」が法制化され、2050年までに有機圃場100万ha(全圃場の25%)達成に向け農水省と自治体が取りあえずは動き始めた。
IT農業、もうかる農業、AI農業とさまざまな技術革新の新たな手段をアピールしている。これまでの農薬、化学肥料を使う農法を無農薬、無化学肥料栽培に切り替えることは急務だ。しかし、これまでのように農業という仕事、職業の価値をおざなりにしてはならない。手段を変えるだけで変革できると思い込むのは安易だ。主役は人なのだから。
同時進行で農業の社会的価値を高め、“有機農家はカッコイイ”とイメージでき、リスペクトするまで、本来の価値と魅力を正しく伝える必要と責任がある。もちろん漁業も林業も同じである。
MUSUBi  2022・10   山口タカ「今月のことば」より


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