悩むことではなく、悩み方が悪い?

たまに悩みの相談を受けたりする。

悩みを話すときは聞いてもらえるだけでありがたいものだと思うから、最低限話すことでスッキリしてもらえればそれでいいと思う。

自分自身も今まで、色々悩むことがあった。

就職活動で残弾1社まで会社落ちまくったときや、okuruの運営での四苦八苦や、仕事でメタッメタになったとき、離婚する前の半年間など、それはそれは凹んだし辛い思いもした。

今日書きたいのは、
①悩みのループに入らないようにするには?
②悩みのループから抜けるには?
をつれづれと考えていきたい。

前提として、
自分の悩むことに対するスタンスは悩むのは悪くないというスタンスだ。

その理由は人は悩む生き物だし、悩むこと自体は人の成長にも繋がる促進剤の役割もあるからである。

同時に問題として考えてるのは、
悩みに入ってる時間が長くなるほど、
歩みを留めることになるし、
単純にその間しんどい、という部分だ。

そしてそういう人を本記事で1人でも救えれば、そういう思いで書こうと思った次第だ。

具体的な例から入る。

長年付き合ってきて彼氏と最近うまくいってない彼女。彼女は最近別れようかとも思ったりもする。

そんな彼女に相談を受けた、
そんなシーンを想像してほしい。

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彼女「最近、ケンカが多くて、、」

私「ふむふむ」

彼女「別れようかな、とも考えたりもする」

私「ふむふむ」

彼女「でも、普段から仲が悪いわけではなくて、良い時もあって、、」

私「ケンカってどっち起点ではじまるの?」

彼女「基本的には彼氏かな。でも私が悪い部分もあるのよ、、」

私「うーん、嫌いじゃないならもう少し続けてみれば?」

彼女「(冒頭に戻る)」

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という悩みの無限ループ、よくある話ではなかろうか。

繰り返す。
悩むことは悪いことではない。

問題は
事象「ケンカが多くなってきた」という
要素を受けて、

従来の関係「でも普段から仲が悪いわけじゃない」に影響があり、

要素の原因の所在が、
「彼も、でも私も」というどっちつかずで、

落とし所(悩みの抜け道)「別れるかどうか」に、一見悩んでるようで、辿り着けてないことだ。

「別れるかどうか」で悩んでるようで、
実はその手前で悩みはループしている。
そこに悩みループに入ってる本人は気づかない。

その悩みの真因にたどりつくこと。

それが悩みのループから抜けるために必要なことで、言い換えれば何に悩んでるのかを悩みこむ前に把握すれば、そもそも悩みのループに入らないのだ。

じゃあ、今回のケースの悩みの真因とは?

焦らすようだが、その話をする前に、
そもそも悩むときはなんで悩むのか、
を考えなければならないと思う。

悩むときは「変化」したときだ。

従来の関係(人と人/人とモノ)に、
変動要素が加わり、
変化についていけず、悩む。

従来の関係+変動要素 → 変化した関係
が受け入れられず、馴染めず、
従来の関係に引っ張られて悩む。

今回の例のケースで考えてみると、
仲の良い関係 + ケンカ → 新しい関係(別れる?)

そこから考えると悩みの真因は、
当然のことだがケンカというネガティブな変動要素だということになる。

なので、その「別れるかどうか」の手前に答えを出せば良い。

このケンカは、
①なぜ起こってるか?
②そこから、その原因の所在は?
③その原因は取り除けるのか?

それを整理できれば、
新しい関係(対処する/受容する/別れる)は、
自ずと整理されるはずだ。

だから、悩みのループに入ってる自覚のある人は、まず変動要素について、どちらが悪いという視点を外して冷静に考えてみることをオススメする。

上記のケースで具体例にしてみると、

①なぜケンカになるのか?
2人の時間を取ってほしいが、最近彼氏が時間を取ってくれない。

②原因の所在
(注 必ずしもどちらが悪いというわけではない)
彼氏: 仕事が忙しく余裕がない。
彼女: 2人の時間が欲しいと話し合っていない。

③原因を取り除けるのか。
彼氏: 彼女との時間を作れるか。
彼女: 原因解決の起点として、話し合えるか。

もし上記なら、
彼女が原因の解決の話をできない、というところが悩みの真因の真因になる。

話し合えないのであれば、
そこにはもう、

望むほど十分に2人の時間がとれない新しい関係を受容するか、別れるかという前より具体的な選択肢になる。

悩みのループに入る場合、大抵こういう構造感が捉えられなくなっていて、考えているようで前に進んでない状態に陥る。

最後に。
この記事は「そう単純なもんじゃないよ」という風に思われるかもしれない。

違うのだ。
「単純に、シンプルに考えるようにしよう」という提案だ。

以上を持って記事は終わろうと思う。
ご意見、感想などあれば是非是非聞いてみたい。