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いつかきっと春が来る。

推しがグループを離れてソロアイドルになった話。


2024年1月8日。
「Sexy Zoneファンクラブ会員の皆さまへお知らせ」というタイトルのメールが届いた。重大発表!と銘打たれた時は大した話ではなく、「お知らせ」というシンプルなタイトルの方が重要な発表であることが多いというのはもはやこの界隈の常識となりつつある。(もちろん例外もある)
心臓が大きな音を立てる中、誇張ではなく震える手でFCサイトを開いた。

※※※以下、長々と思い出語りです。※※※


時を遡ること2017年12月。私が中島健人くんを見つけたのは忘れもしない、ホンマでっかTVのデート企画だった。当日色々あって(詳細は割愛するが今から考えると非常にくだらない出来事)男性不信どころか人間不信に陥っていた私は、画面の向こうに現れた完璧な王子様に雷に打たれたような衝撃を受けた。同じ月に放送された紅白歌合戦で初めてSexy Zoneの存在を知った。披露された楽曲は「ぎゅっと」。会場を一つにする演出と優しい曲調、美しいユニゾンに「案外歌上手いんだな」「結構好きな感じの曲だな」なんてますます興味が湧いたことを覚えている。
本格的に沼に落とされたのはそれから4ヶ月後、24時間テレビの事前番組的位置付けで放送された冠番組「Sexy Zoneのたった3日間で人生は変わるのか!?」だった。その番組でメンバーは3日間様々な難題にチャレンジし、健人くんは苦手としていたバク転に挑戦した。ハードスケジュールの中、失敗を繰り返しながらも必死に努力する姿に胸を打たれた。あんなに何もかも完璧にスマートにこなしてしまいそうな人が、こんなにも努力して全力でもがいている。そしてその姿すら美しい。こんな人見たことない。この人のことをもっと知りたい。後から考えるとこれが健人くんのファンになった決定的な瞬間だった。その後放送された24時間テレビを見て、本格的にグループとしてSexy Zoneのことも応援することに決めたのだった。
それから健人くん個人としてもSexy Zoneとしても様々な波が訪れた。特にグループに関しては決して平坦な道のりではなかった…寧ろ平穏に応援していられる時間の方が少なかった、といっても過言ではないかもしれない。初めてアイドルグループを好きになった私は当初、ファンとしてのスタンスがなかなか掴めず、せっかく仲良くなった相互さんと喧嘩別れに近い別れ方をしたこともあるし、他のグループが活躍しているのを目にするのが辛くて見られる番組が少なくなった時期もあった。今から考えたら拗らせすぎである。あの頃はとにかくすぐに落ち込んでメソメソしては良い知らせで浮上するという非常に情緒が安定しない日々を送っていた。今はさすがに少しは落ち着いたけども。(たぶん…)
当たり前に楽しかった思い出だってたくさんある。初めて自らCDや雑誌を買ったこと。歌番組でドキドキしながら出番を待ったこと。メンバーのドラマを見ながら必死にSNSを盛り上げたこと。大スクリーンで見る推しの映画。SNSで繋がった相互さんと仲良くなれたこと。糖尿病になりそうなくらいガルボを買い回ったこと。初めてのライブでSexy Zoneが実在することに感動して泣いたこと。初めての遠征で台風とデッドヒートを繰り広げたこと。初ドームの健人くんの挨拶でもらい泣きしたこと。健人くんの海外ドラマ出演が決まってTLが歓喜に湧いたこと。
喜んだり落ち込んだりを繰り返しながら、仲間同士でプラスの感情もマイナスの感情も共有し合って、時には泣いてその倍以上推しという存在に笑顔と元気をもらって。気がつけば出会った頃は若手アイドルだった健人くんは30歳目前、私自身も学生から社会人へと成長していた。

※※※オタク走馬灯終わり。※※※


そして2024年1月8日。
中島健人くんは2024年3月31日でSexy Zoneを離れ、4月1日からソロとして活動していくことを発表した。

その日から、SNSではありとあらゆる言葉と感情の濁流が、とてつもない勢いで押し寄せた。
それは私が今までセクゾのファンとして経験したことのないような、巨大な渦のように思えた。
犯罪者になったわけじゃない。不道徳な振る舞いをしたわけでもない。離れる決断をしたからと言って、彼が今までグループとファンに捧げてきた愛や献身が消えてなくなるわけじゃない。
けれどもその渦は、健人くんが今まで大切に積み上げてきたものを一瞬にして呑み込んだ。
普段冷静で愛あるポストを投稿していた人が、厳しい言葉で怒りの感情をぶつけているのを見た。今まで彼を絶賛していた人が手のひらを返したように彼を批判しているのを見た。わざと攻撃的な言葉を選んで賛同を呼びかける人、彼の一挙手一投足に難癖をつける人、彼と比較して他のメンバーを絶賛する人、外野からの揶揄や野次。
もちろん純粋に今回の件を悲しみ、残された時間を大切にしようという声だってたくさんあった。彼の決断を尊重しよう、残る決断をした3人をより一層応援しよう、そういう前向きな人だってたくさんいた。
しかし有事の際、人を惹きつけるのは「強い言葉」と「マイナスの感情」なのだと思う。
事実、毎日のようにネガティブなポストがものすごい速さで拡散され、賞賛され、批判され、議論になっているのを目撃した。そこには残された時間や今まで築いてきた思い出を愛おしむ空気など少しも感じられなかった。

毎日考えた。
健人くんの決断は確かに多くのファンに衝撃を与え、悲しみや怒りをもたらした。それは紛れもない事実だろう。大好きなものを失うという現実を前に、誰もが冷静さを欠いている。マイナスの感情を吐き出したくなる気持ちだって理解できないわけじゃない。ファンは集合体ではなく一人一人の人間だ。何を考え、何に賛同し、何を批判し、何を感じるかは各個人の自由だ。例えば、推しの決断が自分の中にある理想像を壊したのだと、そう嘆くことだって許されるだろう。
しかし。それを言うなら、健人くんにだってその権利があるはずだ。中島健人はタレントである前に一人の人間なのだ。健人くんの思考も、価値観も、感情も、人生の選択も、すべて健人くんのものだ。ファンがいくら口を出したって、健人くんの人生の責任を負うことは絶対にできない。だったら健人くんの人生の舵を握るのは健人くん自身であるべきだ。
そんなふうにうだうだ思考を巡らせていた私は、とにかくクローズドの空間で色々な人に話を聞いてもらった。仲良しの相互さんにも大っぴらには吐き出せない感情をたくさん受け止めてもらった。家族にも散々話をした。家族は全然興味がなさそうだった。「へ〜ケンティーは一人でライブやらへんの?」そんなの寧ろこっちが聞きたい…
しかしそうやって振り返ってみるとSNSなんて狭い世界、ましてやアイドルのファン界隈なんてほんの小さな世界なのだと実感した。みんながみんな健人くんを憎んでいるわけじゃない。アイドルグループ界隈の揉め事なんて興味ない人がほとんどだし、逆に健人くんを応援している人だっている。そんな当たり前のことに気づけただけで少しだけ気持ちが楽になった。

目まぐるしく過ぎていく日々の中でも、健人くんの存在は私の光だった。
この期間、当の本人である健人くんは一度も言い訳めいたことをしなかった。もっと具体的な言葉で説明してほしいなんていう意見も少なくなかったが(普通に考えて世間に対して大っぴらに1から10まで言えるわけがないのだが)大人だからこそ言えること、言えないこと、判断すら難しいこともあったかもしれない。そんな状況下にあって、自分が選択したこととは言え、言い返したくなったり、誰かのせいにしたくなったりしたこともあったかもしれない。「健人くんは強い人だから」ーそういう捉え方がファンの間では当たり前になっていたけれど、どれだけ強い人間に見えていたとしても傷つかないわけじゃない。酷いことを言われたら悲しいし、心無い声には落ち込むし、理不尽な目に遭えば腹が立つに決まってる。
けれど、健人くんはどんな局面にあっても、強くあろうとする人だ。
健人くんは真っ直ぐ前を向いて堂々とファンの前に立ち続けた。逃げも隠れもせず、「明るく前向きなアイドル中島健人」を貫き続けた。自分を可哀想な存在に見せて同情を誘うようなことも、誰かに責任を擦りつけて批判から逃れようとすることも絶対にしなかった。常に笑顔で目の前の仕事を全うし、グループの一員としての役割を最後まで果たし続けた。
この3ヶ月間、そこにいたのは今までと何も変わらない、ファンを愛しグループを愛しアイドルという職業を愛する中島健人の姿そのものだったと思う。
もちろん、如何なるデマや誹謗中傷も絶対に許されるものではないし、今回のことは絶対に美談にしてはいけない。自分が傷ついたからと言って誰かを傷つけていい理由には絶対にならない。タレントであってもきちんと守られる世界が理想だ。
しかし理想通りにはいかない現実を前にしても、健人くんの生き方はとても潔かった。自分の決断の責任は自分で全て受け止める。自分の人生を誰にも明け渡したりしない。
そんな健人くんだからこそ、私はこの先に待ち受けている景色を一緒に見てみたいと思った。


そして2024年4月1日。
桜の開花と共に舞い込んできたのは
「中島健人ファンクラブ、I AM:U開設決定」
のニュースだった。

さすがは中島健人、行動がキリスト復活よりも速い。

趣向を凝らしたティザー、「おいで」という誘い文句、目の前にいる人を捕まえて離さないという画面越しからも伝わってくる熱量。
そこにいたのは間違いなく、私が6年間追い続けたスーパーアイドル中島健人だった。
平凡な月曜日の21時、春を報せる風が吹いたように、一瞬にしてTLが幸せな空気で満ち溢れた。
これから何が始まるんだろうという期待感、これからも健人くんのファンでいていいのだという安心感、ソロアイドル中島健人の誕生に立ち会えた喜び、まさにあたたかな春の陽気の中にいるような心地だった。健人くんは春を運んでくる人なのだ。
翌日12時はマジで回線が繋がらず、決済方法で何度もエラーを起こしもはやクレカの番号を覚えてしまいそうになった。(会員番号に対する健人くんのフォローもさすがだった。)でもそれだけ大勢の人が健人くんを応援しているのだと思うと嬉しい気持ちになった。
やっとメールが届いて、FCサイトに入ることができたのは数時間後。メッセージ動画はやっぱり健人くんらしくて、見ているだけで幸せな気分になれた。FCサイト内でファンネームを選ばせてくれるのも、健人くんとファンの居場所作りを一緒にできるみたいで嬉しい。オシャレな会員証も入会特典も届くのが楽しみだ。いつか開催されるライブではどんな世界を見せてくれるのだろう。ファン同士で健人くんの好きなところを共感しあったり、FCからのメール一通で盛り上がったり、出演番組の感想が猛スピードで流れてきたり、小さな喜びの積み重ねが愛おしい。健人くんがアイドルという道を選んでくれて良かった。健人くんのファンでいられて良かった。
ふと、ファンになったばかりのあの頃の気持ちを思い出した。

長くてとても寒かった冬の最中。押し寄せる言葉と感情の濁流を前に立ち尽くしていたあの頃の私に伝えてあげたい。

大丈夫、いつか絶対に春が来るよ。

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