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アラサー、ネット恋愛に狂い咲き​─────


2022年夏 (提供SE : セミの鳴き声)
憧れのOLになりたくて事務職に転職をする事を決めた私は、有給消化という人生の夏休みを謳歌していた。

販売職、地元に蔓延るおじいちゃんおばあちゃん様達に高値の寝具を売りさばいていた私こと松井

松井は幼少期より生粋のデブであった。
肉の塊と言っても過言ではなかった。
当時の私はまさにデブ期のピーク、人が歩いているというよりも、角煮が人間に擬態していると言ってもそれはちょっと過言だろ。

兎も角、0.1トンが目前のたくましく愛らしいデブであった。
朝に腹がクソぺこぺこな状態で体重計に乗り、「ウィ〜〜!98キロ〜〜!セーフ!!」と己が食欲を満たす人生を謳歌していた。
このデブは当時セーフの意味をご存知なかった。

そして勿論このデブ、実に強かなオタクであった。
とあるアイドル育成ゲームに青春を注ぎ込み、そのまま社会人となった。
このデブは新卒の給料を全てオタク的趣味に突っ込んだ。

言い訳をさせてほしいが、このデブだってオシャレに興味が無い訳ではなかった。
ただ、デブは服屋に来てもまず「着用できるか」の時点でかなりの服を断念する。
大手企業のWeb選考と貼るレベルで、着たい服を断念していくのだ。
益々のご発展をお祈りしている暇はないというのに。発展しているのは己の腹である。

職場の先輩にも「松井さん、その身体で生きてて人生楽しいの?」と聞かれることがあった。

松井は困惑した。
めちゃくちゃ楽しいからだ。
常に口角が眉下にあるくらい人生が楽しい。
強いて言うなら今お前からストレスを食らったが
肺に酸素をいれる回数よりも胃に脂質をいれる人生が楽しくないはずがない。

「接客業してる身ですし、このフォルムの方が人にすぐ松井って覚えてもらえて役に立つんですよね〜」
おどけながらそう答えた。
真っ赤なお鼻のトナカイさんの絶対的理解者はサンタじゃない、私なのだという自負があった。

話がめちゃくちゃ逸れたが、つまり何が言いたかったかと言うと、このデブは食う寝る推し活する以上の人生の楽しみを見いだせていなかった。

人生の夏休みの間も勿論その繰り返しだった。

しかし当時身内以外との会話が極限に減り、松井は一抹の寂しさを覚えた。
なんでもいいから人間と関わりたいけど身体動かすのはめんどくせえな〜であった。

そんな松井はなんとなく、スマホでできる簡単な配信アプリを始めた。
声だけのコミュニケーションだったら自信がある。メスみたいな声なんて体重に関係なく出せるのだ。メスだし。

そして何より私は面白い。
人生とは最高のエンタメであり、私は私史上最強のエンターテイナーなのだ。
松井は自己肯定感が低い割に自己愛の強い人間だった。
ポジティブでネガティブでフレキシブルなデブだった。ちょっと語感がいいので一度声に出して読んでみてほしい。
ポジティブネガティブフレキシブルデブ。
ごめん、思ったより長くて言いづらいわ。

そんなこんなで始めた配信アプリ、
ありがたい事に一日で10人近くオトモダチができた。
オトモダチには自分より少し上の世代が多く、話が合わない事もあった。
それでも久しぶりに人と話す楽しさ、何より外見による差別のない"20代の女の子”として扱われる事があまりにも甘美だった。

そう、あまりにも甘美すぎた。
え?私もしかして肉としてじゃなくて女として対応されてる?
もしかして私、肉じゃなかった?

いいや肉である。

お前は自身の肉と怠惰をこれ程までに虚像で塗り固め、ガチガチに隠し、必死に数オクターブ高い声を出し女をアピールしているのだから、顔の見えないネット上の相手が女扱いするのは当然である。
編集が巧みな切り抜き動画、フェイクニュースに近しい行為である感覚は、周りからチヤホヤされればされるほど、日に日に薄れていった。

配信アプリを始めて早三日後の事
私は1つ年下の男の子と仲良くなった。

その男の名をTと仮称する。
Tは私と同じ時期に配信アプリを始め、まだ慣れていない様だった。
少し上の世代が多い居心地の悪さを感じている仲間同士、配信裏のTwitter(今はXというらしい。向こう10年はTwitterと呼び続けてやるからな)のDMでやりとりを始めたのが、Tとの関係をさらに深める一因となった。
合コンでいう、「周りのノリについていけなくてさ、ちょっと抜け出さない?」のインターネットバージョンである。

Tはアプリ上で話している時は優しくて誠実そうな落ち着いた印象の男であったが、メッセージになると態度が豹変した。

「ほんと可愛いね」
「話してるとドキドキする」
「他の人と喋ってるとこみると妬いちゃうんだ」

この男、ネットで出会って3日の女に対して、裏でだけ乙女ゲームさながらの愛を囁いてきたのである。

出会って3日で口説いてくるネット上の男、怪しすぎる。虎杖悠仁も吐き出すレベルの特級呪物であることは間違いない。
長らくオタクに身を置いてきた松井は、ネットリテラシーを身につけていた。
すぐにこの男が信用ならないことが理解できた。だから勿論然るべき対応を

全然とれなかった。

もうめちゃくちゃ嬉しかった。
人生初の女扱い、 しかもアニメみたいなセリフや執着をこれでもかと浴びせてくれる。私はしがない0.1トンデブだというのに、こんな私を女扱いしてくれる。

え?もうめっちゃ好き〜〜!!全然好き〜〜!!

松井はウハウハであった。
0.1トンデブである事をめちゃくちゃに隠している事なんて忘れて、ただひたすらにココロオドルアンコール沸かすDANCE DANCE DANCE Ready GO

discordで通話をし、次第に寝落ち通話をする仲になった。趣味も合い、毎日一緒にゲームをした。
相手からは毎日可愛い、好きだとメッセージが来る。配信アプリで他の異性と絡めば嫉妬され、配信中もコソッとメッセージで2人にしか分からないやりとりをする。
職場恋愛のような、イケナイ恋という感覚に私は最高に舞い上がっていた。

25歳、今までもこれからも女としての人生なんて歩めるわけないと思ってたけれど、やっと、やっと外見じゃなく、私の中身を見てくれる人が見つかったんだ───

私の人生はエンターテインメントから恋愛バラエティに方向転換した。
頭の中ではテイラースウィフトがテラスをハウスしていたし、loveがso sweetだった。

そして、これを読んでくれている奇特で聡明な貴方のお察しの通り

始まったのである。地獄が。

これはネット恋愛に狂った愚かなデブの、記憶の総集編である。

〜続く〜

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