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【掌編小説】探偵の才能

職業柄、胡散臭い連中には慣れていたー。

その男、荒城国之の職業は、探偵だった。
荒城は調査依頼の一環で、都心部のある地域にここのところよく出向いていた。

再開発が進んだこの街は、行くたびに店構えが変わっている。
よくもまあこの短期間のうちに古い馴染みの店が潰れ、新しい店やサービスが生まれるものだ。荒城は雑踏を歩きながら、人々の栄衰について思いを馳せた。
メインストリートから一本外れた裏通りを歩いている時、ある小さな店の看板に目が止まった。

「Talent Finder」

白地にGillSansのフォントで書かれたシンプルな看板。
ガラス張りで一見洒落たブルックリン風のカフェのようだが、奥に受付がある。以前通った時は別の店だった気がする。何屋なのか気になってスマホで店名を検索すると、トップページにこんな一文が書いてあった。

「ーあなたの隠れた才能、探しますー」


都内の雑居ビルの2階に荒城(あらしろ)探偵事務所は居を構えている。

探偵、と言えば古い映画に出てくるような、妖しい美女とのめくるめくロマンスがあり、夜な夜なバーでギムレットをあおり、血なまぐさい事件に度々巻き込まれている破天荒な人種だと思われている節があるようだが、実際にはそんなドラマチックなものじゃない。

不倫の素行調査や飼い猫探し、区画整理により立ち退きを控える地域の周辺調査など、ひどく地味で誰もやりたがらないことを請け負っている便利屋のような職業だ。

ただ、男一人おまんま食い上げにならないくらいのニーズは常にあるのだから面白い。
荒城は現在38歳。別の探偵事務所から5年前に独立したが、これまでずっと探偵稼業をしてきた。この業界の中ではベテランの域に入る。
人の入れ替わりも多い業界だが、荒城はこの仕事を愛していた。
根拠はないが、自分に向いている気がしていたからだ。


この10年で、世の中は変わった。

この変化が人類にとって良かったのか悪かったのか、それは後世になってみなければ分かりっこないが、過渡期特有のある種のいびつさを持っていることは確かだ。

2016年以降の「働き方改革」に端を発する産業革命以来の衝撃によって、社会は人から「作業」を奪った。何でも人の代わりにやれAIだRPAによる自動化だサプライチェーンの効率化だと言って、単純作業は世の中から消え失せた。

単純作業は、システムが代わりにやってくれる。
銀行の窓口業務は、オンライン上のVtuber窓口に集約され消失し、コンビニや小売店は「Amazon Go」モデルにより完全無人化、ICチップによる自動決済となった。
"事務員"なんて職種があったことは、いつか昭和・平成時代の化石のように扱われるのかもしれない。こうしている間にも、ひとつの製品やサービスを維持するために必要な人員は日々減っている。

いまは「感性」の時代だ。
VUCA(Volatilityー変動性、Uncertaintyー不確実性、Complexityー複雑性、Ambiguityー曖昧性)な時代の中で、それに備えるスキルや才能(タレント)が最重要視され、代替不可の価値が尊ばれている。

キャリアに対する考え方も変わった。
才覚に秀でた一部の人は、大企業に長くとどまっている理由がなくなった。新しいサービスをデザインし、個人でスタートアップするようになった。

もちろん良いことばかりではない。
最初のうちは進化だイノベーションだ、と言っていた人たちも、やがて笑えなくなってきた。企業は大幅な事業再編を迫られ、コア・コンピタンスを発揮できる事業に集中。急スピードな効率化に伴う人員削減により、簡単に職を失ってしまう世の中になった。
世に溢れた失業者やこれから社会に出る若者は、自分の能力が発揮できる場所、人より秀でている分野は何なのかを見極め、人よりも先に一歩踏み出す必要に迫られていた。

転職エージェントは最初の面談時、候補者に対して口々にこう聞いたー
「ほかでもない、あなたならではの価値は何ですか」


「才能診断コンサルタント」という新しいサービスがにわかに流行っているとは聞いていたが、一体どんなことを商売にしているのだろうか。
胡散臭いが、関心はあった。別に現状に不満はないが、もしかしたら俺にも別の未来、人生があるのかもしれない。いずれにしても、酒のつまみくらいの話にはなりそうじゃないか。

会員登録を済ませた荒城は、HP上で空いている時間帯を見つけ、その日の仕事終わりに予約を入れた。


受付を済ませると、事務所の一室に案内された。
ソファとコーヒーテーブルがあり、脇に本棚があるだけの簡素な作りだった。

タブレット端末で簡単な性格診断をするよう促され、少しあとで、ー20代後半くらいだろうかー倉田という男が席に着いた。
ずいぶん若いな。優男というか、まだ幼い印象がある。

「大変お待たせしました。代表の倉田と申します」
才能の糸口を見つける、という看板を担っている人間にしては、えらく簡素な話し方の男だった。機械的と言ってもいい。

40分ほどのカウンセリングを終え、倉田はひと息置いたあとに言った。

「一言で申し上げると、貴方には人を信じない、『疑う』才能がおありのようですね」

「疑う才能、ねえ」 荒城は首をひねる。
「なんだか期待していたものと違うな」

一般的に、と倉田は答えた。
「才能という言葉は、非常に誤解されやすい言葉です。人が何かの才能を思い描く時、多くは絵を描く才能や企業を経営する才能など、手っ取り早くて具体的な才能を持っているのではないか、とイメージされがちです」

「青い鳥症候群。ここではないどこか。自分ではないなにか。しかし、実際の才能というものは、他の方と比較した際に平均から外れた異常値を示す性質のことであり、あくまで精神的傾向にすぎません」

「でも、何かを信じる才能なら役に立ちそうだけど、そんな才能どこで役立つっていうんですか」

「信じるだけの人間は、ひとつの価値観を盲信することばかりで視野が狭い。視点も似たり寄ったりです。他人の言うことばかり自分の物差しにして、自分の頭で考えることをしない。常識や、当たり前を疑える貴方のような方は希少です。現代のように騙し合いが多い世の中なら、なおさらのこと」

「失礼ですが、荒城様のご職業は」
「探偵事務所を開いています。といっても、私ひとりの小さなものですが」
「荒城様の持っている才能を活かす、非常に良い職業をご選択されていらっしゃいますね」

「そういうものかな」
そう言われるとまんざらでもない。
若い頃、何となくで求人に応募して、探偵という仕事をずっとしてきたが、本能的に悪くない選択をしていたということか。

荒城は頭の中に考えが浮かぶ。
「倉田さん。じゃあ、そういうあなたは一体どんな才能を持っているんですか」
「言われたことを鵜呑みにせず、まずは前提を疑う。非常に荒城様らしいご質問ですね」
倉田は、はじめての笑みを浮かべて言った。

私の才能は、”人の才能を見つける才能”でございます」

なるほど。世の中は思っていた以上に合理的だ。

(了)


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