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25歳になりました。


ニートになって3度目の夏が来ました。
そして7月20日の誕生日をもって僕もとうとう25歳を迎えます。
25歳無職ニート爆誕です。ついにアラサー突入か、と思うと背中に嫌な汗が吹き出ますね。


しかし僕みたいな社会不適合者がよく25年も生き残れたな、とつくづく思います。
僕が病気で仕事を失い、帰れる場所もなくした二年前の夏、少なくともその年の冬は越せないだろうなとさえ思っていました。
滋賀に住んでいた当時の僕は不眠症でぼんやりした意識を抱えながら、毎日琵琶湖に沈んでどざえもんになるか、路面電車に飛び込んで死ぬかの超最悪すぎる二択のうちどれを選ぶかでまじめに迷っていました。
当時の僕の様子については昔何回かTwitterでも書きましたね。


それが、なんと二年たってもなんとか生きているのですから不思議なものです。

今も時々意識がバグって「あれ?僕今生きてる?二年前に死んだはずでは!?」と混乱します。二年前の僕はそれほどに追い詰められていました。
それが色々な偶然と、幾人かの友人の助けがあってなんとかギリで助かって、僕は今も死なずにやってこれています。

まあ助かったとはいえ、当時味わったしんどい経験や虚無感はなかなか消えてくれなくて、何かの拍子にそういう負の感情がフラッシュバックして度々生活がメチャクチャになるのですが。丁寧な生活が本当にできません。誰か助けて。


命がなんとなく助かってからというもの途方に暮れるように「この中途半端に助かってしまった人生をこれからどうしようか?」とほぼ毎日考えてします。
それは例えば、一度は死んだ人間が唐突に生き返らされ余生を与えられたかのような戸惑いに近いのかもしれません。
20代で余生が云々と宣うのもお笑い種ではありますが。でも確かに僕は二年前のあの時に綿で首を絞めるようなゆるやかな絶望と臨死を経験してから、
疲れ果て、人生の内の何かを終えてしまっていて、今は消化試合のように用途不明のよくわからない時間が目の前に広がっているような感覚なのです。

わからないのでとりあえず試しに生きていますが、本当にわからなさすぎて時々、総勢100名を越える社会不適合社員たちが日夜喧嘩を繰り広げる滅茶苦茶な会社の入社説明会に行ってみたり、

毒サソリとゴキブリのからあげを食べたり、

出鱈目な広告を貼ったリアカーを引きながら東京を30キロ練り歩いたり、

北海道を半泣きになりながらママチャリで横断したり、

ダンボール一杯の遊戯王カードを一万枚買って部屋をゴミだらけにしてみたり、

本当に意味不明なことばかりしてしまいます。
僕の人生は日に日に迷走を深め、一体どこへたどりついてしまうのでしょうか。不安です。
とはいえ今は他にどうやって生きればいいのかわからないので、今後も淡々と意味不明なことやっていくしかないのですが。

そういう感じでこれからも僕は、自分がなんで生きているのかわからない虚無とせいぜい仲良く付き合いながら、ヒイヒイ泣きべそ吐きながら生きていくのだと思います。


改めて。25歳になりました、やくめかがりと申します。
今後ともどうか皆様、できれば末永く、よろしくお願いいたします。

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