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祈りで作る、バラフォン

 すべての音楽のルーツはアフリカにあると言われている。バラフォンというのは西アフリカの木琴のような伝統楽器で、これをもとにヨーロッパの人たちがピアノを作ったとアミドゥは言う。

 バラフォンは「祈りの木」という木からできている。祈りの木は一種類しかなく、その木がなければバラフォンを作ることができない。グリオたちは、その木がどこに生えているかを知っている。

 演奏時にスティックを叩いて音を出す、祈りの木で作られた音の板がピアノの鍵盤のように並び、その下には、口を切られたひょうたんがたくさんぶら下がっている。これが、「うわん」と音を響かせるスピーカーの役割をしている。ひょうたんにはいくつも穴が開けられていて、それを蜘蛛の卵の殻でふさいでいる。韓国ではそれが手に入らないので、ビニール袋をちいさく丸く切り取って、穴に張り付けて代用している。私は最初、ひょうたんに穴があいているから、ただ単にふさいでいるのだと思った。穴が開いたズボンにつぎはぎをするように。そうではなくて、音をひびかせるために、意図的に穴があけられている。本当に奥が深い。

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バラフォンは、とてもゆっくりと作られる。1日ひとつの音だけを調律して仕上げなければならないという決まりがあるそうだ。もともとシアム族で使われている暦は1週間が5日間なのだそうだが、どの曜日に生まれたかによって、聴いて心地よい音がその人によってちがうと言う。例えば、私たちの暦と音階でいえば「月曜日に生まれた人は『ド』の音を聴くと気分がよい、火曜日に生まれた人は『ㇾ』の音を聴くと心地が良い」という感じだろうか。

 私は、アフリカでバラフォンを作るのを直接見たことはないけれど、ここ韓国で冬の楽器のリペア期間に、アミドゥとヤクバが修理する作業を手伝わせてもらった。修理と言っても、本体からすべての部品をはずして点検し、再度ひとつひとつ本体に繋ぐ。はじめから新しく作ることとさほど変わらない作業だ。

 バラフォンを作る時に、一番たいせつなのは「気持ち」だそうだ。人々を幸せにするための音を出すので、それを祈るような気持ちでバラフォンに触れなければいけない。だから、心配事や不安があったり、ネガティブな気持ちがある時はバラフォンを作らないほうがいいと言う。

 本体にひもで結びつけられた板とひょうたんを全部外し、布できれいに埃をふきとる。ひょうたんの穴のビニールが剝がれていたら、接着剤の固まった部分をカッターで削って表面を滑らかにしてから、ビニールをあたらしく張り替える。板を削り、ひょうたんを削り、音を調律する。ひょうたんを叩いてじっと音を聴くのだが、それにも音階があるという。私にはコツコツ、という板を叩く鈍い擬音語にしか聴こえないので、二人でひょうたんを叩きながら「合ってる」「いや、ちがってる」というのが不思議で仕方がない。

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二人が作業している空間は、とてもゆっくりと時間が流れている。手を動かしながら、小学生男子のようにゲラゲラと笑ったり、板を切って音を調律する時の表情はとても真剣だ。時にはお茶を飲み、バラフォンを弾き、その時の気分で自由に動いている。いつまでに、いくつ仕上げなければならないというノルマがない。(もちろん、彼らの上司であるこの施設の韓国人の館長さんは、少し早く作業しようね、と声をかけている)私たちが日常で休む間もなく感じている、「焦り」「緊張」「不安」の要素が、この空間にはひとつもない。それがあまりに心地よくて、毎日のように通った。

 この期間、二人が私に一番多くかけた言葉は「あきこ、ゆっくり」だった。それほど二人の目には私が急いでいるように見えたのだと思う。私自身も、急ぐということが習慣になっていることに気づいた。次の予定が切迫しているわけでもないのに、今やっていることを早く終わらせなければ、という無意識が自動的に働いている。ベルトコンベアーのように。あれ、なんで急いでるんだっけ、と思うようになった。

 アミドゥ、ヤクバと作業をしている空間で、ふと思い出したことがある。昔、ネパールのパタンという小さな町に滞在した時、町中に野良犬がうろうろしていた。けれど、誰も犬を怖がらない。何もしなければ攻撃してこないのだという。私は攻撃するどころか目も合わせていないのに、犬が追いかけてきたことがある。それを見た町の人が、「走ったり、早く歩いたら犬が追いかけてくるよ」と注意してくれた。パタンには、私のように早歩きをしている人が誰もいなかったのだ。その町も、時間と空気がとてもゆっくり流れていた。

 普段は怒らないヤクバが、楽器をぞんざいに扱う子の前で、ものすごく怒ったことがある。一緒に作業をしてみて、バラフォンを構成している部品のひとつひとつが、どれだけ丁寧に時間をかけて作られているのかわかった。

「あきこ、今もバラフォンが8万円って高いと思う?」アミドゥがニヤニヤして私に聞いた。安い。安いよ!!

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