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儚い夏だからこそ

夏も真っ盛り。
8月の北海道は、やはり暑い。
他県から見れば”カラッとしていて涼しい”など言われ、勝手に避暑地のように思われているのかもしれないが、暑いものは暑い。
日中はスーツを着て過ごしているものだから、少し動けば汗が出てくる。湧き出てくるとはよく言ったもので、シャツなどはすぐにびしゃびしゃだ。
ケアが大変なのに困ったものだ。

勘違いされても困るから先に言っておくが、私は汗っかきではない。夏が暑すぎるのだ。

夏にとっても、短い期間に存在感を示そうと躍起になっているように思う。やる気を見せるのはもっとほかのところがあるだろう。
冬を短くするとか、もっといろいろ。

とにかく今日は暑いのだが、それでも挫けずに仕事ができているのは支えがあるからだ。
家の冷蔵庫には高級アイス、ハーゲンダッツが私の帰りを待っている。
昨日の晩、今日の楽しみにと買っておいたとっておきである。

帰りを待ってくれている存在ががあるからこそ頑張れる。
そう言い聞かせながら定時まで残り5分というところまでこぎ着けた。書類を整理し、デスクの上を片付け、本日分の営業報告も終わった。
残るはパソコンをシャットダウンし、会社を飛び出すだけだ。

ついに時計の針が17時をまわり、お疲れ様ですと声をかけオフィスを出た。いや、正確には出ようとした。
ドアノブに手をかけたときに、誰かが声をかけてきたのだ。

同僚の佐々木である。

「もう帰るんですか?早いですね。 どこかで待ち合わせですか?」

そんなことはお前には関係ないだろう。待ち合せてはいないが、待ってくれている存在はいるんだよ。
と思いつつ、

「ええ。今日はちょっと用事があって」
と無難に返答しておいた。その間にもドアを開け、帰宅の動作は止めることはない。
今の私を止めるのは、神様仏様でも無理だろう。

「そうなんですね。残念です。 今日すごい暑かったじゃないですか。だから、帰りにビアガーデンに誘おうと思ったんですよね。」

ちょっと待て。なぜ今、そんなことをいうのか。
私はアイスは好きだが、ビールはもっと好きだ。

週末にはキッチンドランカーとなり、好きなおつまみを作りつつビールを煽るくらいのビール好きだ。いつも500ml缶を1パックは美味しく頂いている。
個人的には、会社一のビール好きを自負している。各地のクラフトビールは飲みつくしたし、全国のご当地ビールは取り寄せており、いまは日本中のビールを制覇しようと目論んでいる。
ただこれほどのビール好きの私だが、そのことは社内では公表していない。

今日のような暑い日に、外で、ビールを煽る。しかも缶ビールではない。ジョッキだ。
おつまみは、軽く塩気の効いた枝豆から始めるのがいいだろう。
と、想像すると心の半分はビールに持ってかれてしまっている。

恐るべし、麦酒。
まさに悪魔的な誘惑で私を揺さぶってくる。

ただ相手が困る。佐々木ではいけない。なにも佐々木が悪いわけではない。
社内の人間という点がネックなのだ。

あくまでも私は社内では、”普通”の人間を装っている。
ここで悪魔の囁きに負けて今まで培ってきた社内のポジションを崩してしまうのは、あまりにも宜しくない。

「えっ!すごい行きたいです! !でも、すみません。今日は久しぶりに会う友達と約束しているんです。」
嘘ではない。ハーゲンダッツを食べるのは久しぶりである。

「また今度誘ってくださいね。」

佐々木の、もといビールの誘惑を振り切り会社を飛び出た私は急いで帰路についた。

しかし、ビールの悪魔的な誘惑に勝つことはできなかった。
いま私はコンビニで缶ビールを購入し、帰り道の大き目な公園のベンチに座っている。
日が傾くのが早くなったとはいえ、まだ18時前で夕焼け空が目に染みる。

プルタブを起こし、プシュッと爽快な音を聞くともう堪らない。
勢いに任せて一気に喉に流し込むと、そのまま一缶まるまま飲み干してしまった。
体に染みる。どんなエナジードリンクよりも効くんじゃないか。

そんな馬鹿なことを考えながら夕日を眺める。そうすると、今日のストレスも和らぎ、穏やかな気持ちになる。
そういえば今日の星占い、てんびん座は12位だったが、ラッキーカラーはオレンジだった。
オレンジの物などもってないわ、と毒づいた朝だったが、こんなにもきれいなオレンジがあるじゃないか、とすこし笑えた。

今日もいい日だった。


見出画像 引用元: n-kによるPixabayからの画像

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