眼鏡と私ではない、誰か

ライブに必ず一人はいる、背が高くて、ひょろっとした、眼鏡の地味な女が好きだ。

完全に偏見なのだけど、バンドTも着ない、タオルも持ってない「え、あなたがこのバンドの曲聴くんですか?」という外見なのに、いざ曲が始まれば、控えめにノリ、ベストのタイミングで手を上げたりする。
理由は分からないけれど、そんな人が、たまらなく好きだったりする。

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感情表現が5歳児だ。

恥ずかしいほど自分の感情に素直で、割と顔に出る方だと思う。

好きな人には好きと思った瞬間伝えてしまうし、その人からちょっとむかつくことをされると、嫌われたくないなら黙っていればいいのに、伝えなくては気が済まなかったりする。

(「こういうとこマジくそ野郎だと思う」と伝えたら、「大丈夫?それ友達だと思ってる?」と聞き返されたりした)

深く考えて行動しないので、自分の気持ちを伝えることが最優先で、「こういうこと言ったら相手がどう思うか」は割と二の次だったりする。

(本当に相手を傷つけるようなことは言ってないつもりではあるんだけど)

そういうところがあるせいか、私の周りは寛大な人が多い。気がする。
私の幼稚さを、ほっといてくれる。許してくれている。

私はそれを知っている。

なので、反省しつつ、でもなかなか直せずにいたりもしつつ、逆に私を傷つける何かがあっても、私も相手を許そうと思っているし、許している。

人を、信じられない男の子がいた。

私は彼が好きだった。
未熟で、繊細で、尊大で、本当の自分を隠そうとする彼が、私は好きだった。

でも、私の好意は受け取られることはなく、言葉を尽くしても、最後まで信じてもらえることは無かったように思う。

ある時こんな話をした。
「学生の時の友達は、ケンカしても大抵仲直りできるけど、大人になってからの友達は、何か亀裂が入ると一瞬でいなくなってしまうから、大切にしなくてはいけないよ」

彼は
「それは大人も子供も関係ないのでは?私は今までずっとそうだったし、何かあれば私の方から離れていたよ」
と、心底理解ができない、という様子で聞いてきた。

なんて寂しい生き方だろう、そう強く思ったことをよく覚えている。
もしかしたらそういう風に思うのは、傲慢かもしれない。でも、誰かを自分から切り離した経験がない私には、とても寂しく感じる生き方だった。

彼とは、もう話すことはないと思う。

私は彼にひどいことを言われたし、私も彼にひどいことをした。
でも私は許せるよ、と伝えたが、彼は私を許すことが出来なかった。

「やまちかさんという人間は好きだが、やまちかさんがしたことを許すことは出来ない」

それきり、彼とは話をしていない。

私が特別周りに恵まれて、彼が特別に孤独だったとは思わない。
私が知らないだけで、許し許される人が、誰かいるかもしれない。

私ではない、誰か。
どうかやさしい人であって欲しいと願う。

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yamachika

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