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【hint.327】とは、残念ながらすぐには思えなかった

「タッタッタッタッタ、、チャリーン、、タッタッタッタ、、」

少し弱くはなってはきたようだが、朝からずっと降りしきる雨の中を、傘をさして歩いていると、隣を男性が駆け抜けていった。

「・・・ん? なんか落としたよね」


マジかよ・・・

やや早足でその音がした、15メートル先あたりへと向かった。

「えっ!? 鍵落としてるやん」

急いで顔をあげると、その男性はもう50メートルほど先を変わらず走っていた。

『いやいやいや、マジかよ・・・これ良くないでしょ。このままだとあの人、完全に困るやつやん』

『そうは言ってもねぇ。いや今日は俺、長靴だぞ。がっつり膝下まであるタイプのなかなか気合の入った長靴なんだぞ』

この二つのやりとりが、頭の中で高速で3往復ぐらいしただろうか。

でも不思議なことに、「追いつけないかも」という不安はなかった。

「今こそ、この錆びついたスプリント能力を発揮する時だな」

そう決心し、意を決して右手に傘、左手にその鍵を握りしめ、駆け出した。


「っうわっ!!」

みるみる差は縮まった。

相手は別に、僕から逃げるために走ってるわけじゃないしね。

細い裏の通りだったことが幸いで、人や車の往来はほとんどなかったから、思う存分スプリンターになれた。

途中、清潔感のある、小児科のクリニックの前にいた、3組ほどの母子の目の前を、なかなか必死な顔で、しかしおそらく充実感溢れる顔で駆け抜ける時には、ちょっとだけなんとも言えない複雑な気持ちになったが、僕はその足を休めることはなかった。

300メートルほど走っただろうか。

やっとその男性に追いついた。

あと5メートルほどの距離になった時、「すいません!」そう何度か軽く叫んだ。

けれど何も応答はない。

『いやいや、まだ走るんかい! 気づいてくれ〜』

そんな僕の気持ちなどつゆ知らず、その男性は走り続ける。

『ふざけんなよ〜。 聞こえるだろこれ』

そう思いながらも、ここまでの走りをサンクコストにするものかと、もうひと踏ん張りして真横あたりまで来た時、なぜ無視をして走っていたのかがわかった。

『いやいやイヤホンしてるやん。 マジか、これびっくりさせるけど、肩叩くしかないな』

「すいません!」、そう叫ぶのをやめ、意を決して肩をたたく。


「っうわっ!!」

そうびっくりしながら男性は僕の方を見た。

鍵を目の前に差し出しながら「これ、落としましたよね」、僕はそう聞いた。 もちろんその間も二人はなかなかのスピードで走っている。

「あっ! すみません!」

そう言って僕から鍵を受け取り、その男性は、少しペースを下げつつも、そのまま走って行ってしまった。


『おぉ、そのまま行っちゃった。 なんか急いでるんかなぁ』

そして僕はゆっくりと一度歩みを止め、ひとまずは変な罪悪感が残らなくて済んだことにホッとし、また歩き出した。


「たまにはこうやって走るのも、いいもんだね」


とは、残念ながらすぐには思えなかった、月曜日の午後。


今日のヒント

「あっ、いまが自分のチカラを活かせる時かも!」と、気づけるようにしましょう。笑

 あなたのチカラは、いつどんな時に活かせそうですか?

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