旧司法試験平成18年民事訴訟法第2問 答案例

<旧司法試験 平成18年 第2問 解答例>
1 設問1前段について
 Yの(1)及び(2)の各主張の訴訟上の意味はどのようなものか。
(1) (1)の主張は「Xとの間で本件売買契約を締結したことは認める」と置いう部分と、「本件売買契約は錯誤により無効である」ということを基礎づける事実の主張の二つからなっている。本件売買契約に基づく売買代金支払請求訴訟においてこの二つの主張がどのような意味を持つかは、訴訟物との関係で決まる。
 本件訴訟物は、売買代金請求権である。そして、この売買代金請求権が発生するためには、売買契約が成立している(民法555条)ことが必要である。
ア (1)の主張のうちこの売買契約締結を認める部分は()、裁判上の自白(民事訴訟法(以下法文名省略)179条)にあたる可能性がある。
ア) では、裁判上の自白にあたる主張とは、どのような主張か。
裁判上の自白とは、口頭弁論又は弁論準備手続においてなされた、相手方の主張と一致する自己に不利益な事実を認めて争わない旨の陳述 (179条、弁論主義第2テーゼ)をいう。
まず、「自己に不利益な」の意味は、自白の効果として証明不要効が規定されていることから、相手方が証明しなくてもよいことが自らの不利益となること、争点整理の基準となることから類型的かつ明確であることが必要であることから、相手方が証明責任を負うことをいう。
次に、「事実」には主要事実のみならず、間接事実・補助事実が含まれるかが問題となる。裁判上の自白には弁論主義第2テーゼが適用され、裁判所は当該事実をそのまま判決の基礎としなければならない。この自白が成立する事実に間接事実・補助事実が含まれるとすると、この2つの事実が証拠と同じ働きをすることから、証拠から自由に心証を形成するという自由心証主義(247条)を害することになる。また、当事者は主要事実が認められるか否かについて争うのであるから、不意打ち防止という弁論主義の機能を十全なものとするためには、争いの対象である主要事実に弁論主義を適用すれば足りる。そこで、「事実」とは、主要事実のみを指すと考える。
イ) これを本件についてみると、(1)の主張は第1回口頭弁論期日においてなされているから、「口頭弁論…においてなされた」にあたる。次に、相手方Xは売買契約の締結を主張しており、「相手方の主張に一致する」にあたる。さらに、売買契約の締結は売買代金請求権の発生を基礎づける事実であるから、その権利の発生によって利益を受ける原告が証明責任を負う。したがって、「自己に不利益な」も満たす。そして、売買契約の締結という事実は前述のように法律効果の発生を直接判断するために必要な事実であるから、主要事実にあたる。
ウ) 以上より、(1)の主張のうち売買契約を締結したことを認める主張は、裁判上の自白にあたる。
イ(1)の主張のうち、売買契約が錯誤により無効であることを基礎づける事実を主張している部分は、どのような訴訟上の意味を有するか。
 被告が行う主張のうち、原告の主張に反論するものは、抗弁と否認の2種類がある。そして、抗弁は事実のレベルで原告の主張する請求原因事実と両立し請求原因事実から発生する法律効果を障害・消滅・阻止する効果を持つものである。他方、否認(規則79条3項参照)は、事実のレベルで請求原因事実と両立しない主張をいう。
 では、本問における主張は、抗弁か、否認か。
 外形上契約が成立している、すなわち、申込みの意思表示と承諾の意思表示が合致していることと、意思表示の成立過程において表示上の効果意思と、内心の効果意思の不一致があることは、事実として両立する。また、錯誤(民法95条本文)は法律行為の効果を無効とするものであり、契約の効果を争う者に主張させるべきであるから、証明責任は錯誤を主張する者にある。
 したがって、錯誤を基礎づける事実の主張は抗弁にあたる。
(2) (2)の主張は契約締結の当事者がYではなく株式会社Zであるとの主張である。この主張は、契約締結の意思表示をした者が食い違うという主張であり、請求原因事実で主張されている本件契約はXY間で締結されているという事実と両立しない主張である。したがって、この主張は否認にあたる。
2 設問1後段について
(2)の主張は、(1)の主張と矛盾するものである。すなわち、(1)の主張では、契約当事者がYであることを認めているにもかかわらず、(2)の主張においては、契約当事者はZであると主張している。基本的に訴訟において、前の主張を撤回して、後の主張を採用してもらおうとすることは自由である。そして、矛盾する主張をしている場合には、前の主張を撤回して、後の主張を採用してもらおうというのが当事者の合理的意思である。
 そうすると、(2)の主張は(1)の主張を撤回するものといえる。
 もっとも、(1)の主張には裁判上の自白が成立しており、撤回が許されないことになる。この不可撤回効が発生する趣旨は、弁論主義第2テーゼにより裁判所はその事実をそのまま判決の基礎としなければならず、179条により、相手方は証明をすることを要しないことから、自白の相手方は、証拠により事実を証明せずとも自己に有利な事実が認定されることについて法的な期待を有している。この期待は法的保護に値するものであるから信義則上自白をした者はその自白を撤回することによって相手方の期待を害することはできないのである。
 したがって、Yは(2)の主張をすることが制限される。
 ただし、①相手方の期待を害することさえなければよいのであるから、相手方の同意さえあれば、撤回は許される。また、②再審事由たる338条1項5号は刑事上罰すべき行為であれば、再審すら許されるのであるから、主張の撤回である自白の撤回も許されると考えられる。さらに、③相手方の期待は当該事実に関し証明責任を負わされることがないとするものであるから、自白した事実が真実に反することを証明し、かつ、信義則上許されないことをなすのであるから、自白をしたことが当事者の責めに帰するものではないこと、すなわち、錯誤によってなされたものであることが必要となる。
3 設問3について
裁判所は、Zの主張をどのように取り扱うべきか。
前訴は訴えの取下げ(261条)がなされており、訴訟係属が遡及的に消滅(262条2項)していることから、前訴でなした主張に後訴が拘束されることはないのが原則である。
しかし、Xが前訴を取り下げたのは、Yの、契約の相手方はXという主張に基づくものであった。にもかかわらず、後訴で契約の相手方はやはりYとするのは前後矛盾した行為であり、信義則上許されないのではないか。
信義則によって主張が却下されるためには、主張の撤回が自由であること。後訴は既判力・参加的効力によって影響を受ける以外は原則として前訴の影響を受けないことからすれば例外的に信義則によって主張を却下しなければいけないといえるだけの事情が認められることが必要である。
具体的には、①先行行為と後行行為が矛盾していること②先行行為に対する相手方の信頼が法的保護に値すること③後行行為によって相手方の信頼が不当に害されることが必要である
これを本件についてあてはめると、①先行する主張と後行する主張は矛盾する。②しかし、契約の相手方が個人Yであるか、Yが代表する株式会社Zであるかは、債権者Xであればよく知っているはずである。たとえわからなかったとしても、どちらかであることは確実といえるのであるから、訴えを取下げることなく別訴を提起し、弁論の併合(152条1項)を促すべきであった。そうだとすれば、訴えを取下げたことはXの落ち度であるといえ、法的保護に値する信頼が発生したとはいえない。
よって、信義則の適用はなく、裁判所はZの主張を却下せず、当該事実の有無を証拠調べによって審理すべきである。  以上

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