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本当はミステリーハンターになりたかったのに板前になっちゃった女の子の物語

4年制の地方の私立大学(英文科)を出て私が東京で入社した就職先は、

山海料理店の調理場(板場)だった。(*´ω`*)

本当は、「東京に出てきてミステリーハンターになるんだ!」という熱い夢を持って青森から上京した私の企みは父にバレ

「就職しないんだったら、絶対に東京には出さない!」

という父に私は逆ギレ。

「だったら、就職してやるよ!!すればいいんでしょ!?」と、

当時、東京に住んでいた友人に送ってもらった求人情報紙「from A」を頼りに料理店で調理の仕事を探し、どうにか頼み込んで青森から面接に行かせてもらい、「キャベツの千切りが得意です!!」の一言で就職してしまったのだった。

パン屋のアルバイトで5年間もキャベツを千切りにしていたから、流石にキャベ千だけはうまくなってて。入社初日、何もわからずに板前さんの服装を一通り身につけた私に職場の先輩(板前さん)が集まってきて、

「お前か! キャベ千一つで入社したってヤツは!」

と言われたのはもう、今となっては良い思い出だ。

板前さんは裏がなく、すぐに人をボコボコに殴るし叩くけど、お腹の中が明るくて、「なんて、楽しい職場なんだ!!」と、当時の私はミステリーハンターになることも忘れ、しばらく板前の仕事に没頭していたのだった。

毎日ダシ鍋をかけて、茶碗蒸しを蒸し、茶碗蒸しを50個まるごと失敗してどやされる日々。でも、先輩はとっても優しくて。失敗した茶碗蒸しを見て涙目になっていると、「俺の時は70個だったぜ?」という風に、フォローもしてくれるのだった。

それでも入社3ヶ月目に抜群に体調を壊したのは、自分がミステリーハンターになるために青森から上京してきたというのに、何もせずにただただ、楽しい職場に甘え、「もう、一生板前でいいかもしれない」と思っていた時期だった。

原因不明の体調不良と、職場の社長にも誰にも「なりたいものがあって、上京してきた」と言えない日々は、けっこうなストレスになっていて。「このまま、こうしていていいのか?」とか、決められない自分の心の弱さが、確実に体を蝕んでいたんだと思う。

どうしていいかがわからないことが、こんなに体に障るだなんて、思ってもみなかった。私は、社会も自分の人生も、何もわからないことだらけで不安で、そのために体を壊したんだと思う。

社長から「家に帰っていい」と言われ、新宿の地下の職場から外に出た時の、青い空を私は一生忘れない。

確かに、「自由」という言葉を感じた。

青森の実家に帰って療養し、体の調子を整えてから、やっと社長に「実は、やりたいことがあって、東京に来たんです……!」と語ると社長は、「それなら、うちでバイトしながらそれをやればいいじゃないか! そうだ! 芸人になるなら、前歯の一本くらい、ない方が面白いんじゃないか?」

と励ましてくれた。

抱え込んでいた私が、バカみたい。

本当に、私は社会に出た時に何もかもがわからなくて不安だった。
でも、社会に身一つで投げ出されても、言葉がいつも私を救ってくれたし、思っていることを口に出さないと、いつまでもエネルギーだけが体の中に渦巻いて、逃げ場がなく、苦しいだけなんだとわかった。

ミステリーハンターを目指すうちに、今度はお笑い芸人志望になってしまった私は、何かにひたすら焦っていた。早く、何かにならなきゃいけないと焦っていた。24~25歳で、私は何者にもなっていなかった。

その頃、ふとバイト先に向かいながら立ち寄った本屋さんで、田口ランディさんのエッセイ本『馬鹿な男ほど愛おしい』(晶文社)に出会う。
そこにはこんな言葉が書かれていたのだった。

「したいしたいって言ってる人は、死体なの。生きていないの。
物事はしたがってはダメなの。死体になる前に生きるの。実行するの。動くの。ああしたい、こうしたい、って言っている限り、自分は死体、ゾンビなんだよ」 
死体が多い。ものすごく多い。街を歩いていても死体ばかり目につく。おぞましい。
 ああ死体、こう死体。なぜ死体になってしまうんだろう。思い立ったら行動すればいいのだ。
 どんな小さい事でもいいから、願ったことにむけて一歩を踏み出せば、
人生はそのように変わっていく。
 やりたいことを実行する人はいつもそのような小さな選択を繰り返している。
 したい……と言い続けているだけではなにも起こらない。
 死体になってしまったとたん、「しない」ことを選択しているわけだから。

 (「馬鹿な男ほど愛おしい」田口ランディ 晶文社より)
 
 この後ランディさんは、「自分は十年死体だった」とエッセイの中で語っている。

空から雷が落ちてきたかのように、一本の線が自分の背筋を貫くのを感じた。


それで、これを読んだ時に私の中で、劇的な変化が訪れたのだ。

それは、「他人の評価は、いらない」という気付きだった。

「したいじゃなくて、する。するだけ。毎日、自分のやることを、やるだけ」

私は、相当に世間の成功ストーリーに冒されていたらしく、何かになれなきゃ、何もやれない。何かに受からなきゃ、何にもなれないと思い込んでいた。でも、やるだけ。頭の中に思い浮かんでいるものを、頭の外に形にして出す。それを、するだけ。

そう思った時に、初めて自分が「中身から変わった」と感じた。

どれだけ自分の人生を、自分の価値というものを、人の評価に任せてしまっていたのか。
でも大丈夫。
私は、生きている。


誰の評価を受けずとも、生きている。そして楽しい。だって、やることは自分の気持ちと同時に、ここにあるのだから。

社会人一年目の皆さん、もしもつらくて体を壊したら、それは次に行くチャンスなんだよ。本当のことを語り、次へと続けるチャンスなの。
そして生き延びるだけで、少しずつこの世界が、何を語りかけているのかがわかってくる。

10年20年生き続けてみると、「ああ、あれはこういう意味だったのか……」という、自分だけの納得が、落ちてくる。

そんな景色を眺めるために、

生き抜いていこうね。

山田スイッチ



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