あそこのおかあさん縄文人028

主婦の皆さん、こんにちは。主婦じゃない皆さんも、こんにちは☆

 こんにちは。山田スイッチです。


 主婦をやりながら、今までいろんなことをしてきました。

ブラジルに行ってサンマを焼いて売って歩いたり、庭に直径3メートル・穴の深さ1メートルの竪穴式住居を建ててみたり、外ヶ浜町に巨大ストーンサークルを建設してみたり。縄文遺跡に300人を集客するイベントを行ったり、セーラー服を着て土偶のゆるキャラになってみたり……。


 数えあげるときりがないのですが、これらは全て、主婦が主婦業を行いながらやったことなんです。

もちろん、夕食の買い出しはカ○フーズや、ユ○バースや、さ○ちょうで必死こいて買い物をし、毎日一時間をかけて晩ごはんを作り、ダンナと子どもたちと大姑であるバッチャや生きてた頃のジッチャに食べさせながら。主婦業を16年続けて思ったのは、

「主婦は何でもできるんだな!」ということでした。


 ブラジル人相手にサンマを焼いて売ることも、東京で岡田斗司夫さんのニコニコ生放送に土偶のゆるキャラとして出演することも。新橋のアトムタワーのイベントで土偶のダンスを踊ることも。本当に、何でもできるんだな! と感じているのです。


 もちろん本業は子育てなので、子どもの遠足や運動会、試験勉強にかぶらないように必死で日程を組むのですが。

一番大きなイベントに取り組んでいた時、私は0才児を抱えながら、子どもをチャイルドシートに乗せ、三内丸山遺跡の担当者の方にイベントの説明をしに通っていました。

    イラスト「あそこのおかあさん縄文人だから」より


 縄文イベントのプロデュースをしていた時長男は4才で、次男は0才でした。乳飲み子を連れて来るので、「お願いします! どうしても遺跡で火を焚きたいんです!」とか無茶苦茶言ってるけど、むげに追い返すわけにもいかない。


 イベントのプロデュースっていうのは、とにかく思い描いたものを実現するために、打診をし続けることなのです。予算を取るのも情熱ですし、関係各社にお願いしまくるのも情熱なので。情熱さえあれば、主婦だろうがなんだろうが、何でもできるんですね。

 外ヶ浜町に巨大ストーンサークルを建てたのは、
2011年。震災のあった年でした。

                       撮影 片山康夫


 震災のあまりのすごさに落ち込み、何をしたらいいのか全くわからず。何のアイディアも降りてこなかった私はふと、「ストーンサークルというのは、祈りのための装置なのではないか? 石によってその土地のエネルギーを高め、災害から土地を守るために造られたものなんじゃないかしら……?」という考えにたどり着きます。


 そこで、自宅から2時間もかかる外ヶ浜町の、日本最古の土器が出た町に、ストーンサークルを造りに行くのです。


 長野県からアーティストの杉原信幸氏と山形淑華さんを呼んで、とにかく石を運びまくり、自分の車のトランクを石まみれにしながらも、保育園のお迎えの時間に間に合うように石を運んで、最終的には外ヶ浜町蟹田の方々のご協力のおかげで、石の数
7900個、直径50メートル×45メートルという縄文時代のストーンサークルにそっくりなものを建設しました。

                    撮影 片山康夫

 毎日嫁が、泥だらけになって帰ってくる……。

この嫁は、ちょっと目を離すと何かのイベントに首を突っ込み、時には「日本ダウジング協会の会長と、イギリスダウジング協会のグラム・ガードナー氏と作家の田口ランディさんを連れて、日本のピラミッドとストーンサークルのダウジングに案内しなきゃいけないんです……!」という、

ムーの読者でもよくわからないことを言うのですが。

うちのバッチャはどんな時でもこう言ってくれるのでした。

「まあ、何やってもいいばって、怪我さねんでな!」
 

そして、3日ほども家にいない私の代わりに、ダンナと子どもたちにご飯を食べさせ、お風呂を沸かし、しっかり主婦業を代行してくれるのです。


 子どもを生んでからこんな生活を、もう15年も続けています。いつもおっかなびっくり、「おばあちゃん、本当にすみません! どうかどうかお願いします!」と言ってるうちに、うちのバッチャも91歳なりました。

「もうそろそろ、死ぬでぇゃ~!」

と言われるのですが。「そこをなんとか! もう少し長生きを!」と頼んで、子どもたちを91歳のバッチャに預けて都会で、おむすびを結ぶイベントに出たりするのです。


 主婦って、子どもを育てるという、非常に大きな任務を遂行している人たちだと思うんですよ。だって、自分の作ったご飯で子どもたちの細胞が作られているのですから、この仕事は半端ない。

お姑さんやダンナさんに理解があれば、本当は何だってできちゃうんです。「理解しあう」というのは、主婦業の根底に流れるテーマだと思うのです。
 

私も、氣の強いバッチャの気持ちはほとほとわからないということがありましたが、近年。バッチャをマッサージすることで「こんなに身体が疲れているのに、明るくがんばっていたのか……!」と、新しい氣付きがありました。

触れることで、わからなかったことが解ることもあるのだなあ、と。
 

今、私はあと10年をかけてマッサージ業を始めたいと思っています。なので、この本は私の最後の本になる予定です。


 最後に一番伝えたいことは何なのか。

主婦業をやりながら、お伝えしたいと思います!
 

毎日、楽しい楽しい言ってると、暗示にかかって本当に楽しくなるから!!あなたのサポートのおかげで、世界はしあわせになるドグ~~~!!