一冊の本

心臓病のため6歳で亡くなった娘が、私たちに残していったものがあります。
それは、「懸命に生きる」というタイトルの一冊の本です。
娘と過ごした6年間、自分の身の回りに起こったいろいろな出来事、経験を振り返る時、それは、あたかも一冊の本を読むかのように、思えてきます。
  
目に見えないこの本は、とても難解ですが、読み返すたびに、新しい発見があったり、理解が深まったり、謎解きをしてみたり、時には喜びすら感じることもあります。
その本の最初に書いてあることは、私たちが、周りの多くの人に支えられながら、生きているということです。こんな至極当然なことも、当時の私たちは、日々の生活に追われ、気づかずにいました。

私たちの家族はもとより、とくに娘の主治医だったK先生はじめ、医師、看護師の皆さんの献身的な治療・看護は、私たちの心の拠りどころであり、支えでもありました。
娘が、亡くなってから、自暴自棄になることもありましたが、しだいに、今まで多くの人に支 えられながら生きてきたように、これから、心臓病の子どもたちのために、自分たちにできるこ とは何かないだろうかと考えるようになりました。

そんな折、「東京都心臓病の子どもを守る会」のサマーキャンプで、保育スタッフが不足してい るという話を聞き、保育士でもある家内と一緒に、サマーキャンプに参加するようになりました。
キャンプに何回か参加し、子どもたちの楽しそうな笑顔を見るうちに、今まで漠然と考えてい た、自分たちにできることが少しずつイメージされてきました。

そのイメージが、形になったものが、心臓病の子どものための保育教室、ナーサリールーム「そらとぶペンギン」です。キャンプに参加しはじめてから、3年目のことでした。
幼稚園と呼ぶには、あまりにも小さなものですが、心臓病のため幼稚園に通えない子どもに、少しでも幼稚園の雰囲気を味わってもらえるよう、私たちなりに、いろいろ考え、工夫をしました。
「そらとぶペンギン」という名は、たとえハンデがあっても、夢に向かって強くやさしく、懸命に生きていくことを願って、泳げないペンギンが空を飛ぶことをイメージしたものです。

キャンプや教室を通して、かけがえのない多くの人と出会い、多くの経験をしてきました。この出会いや経験は、今の私たちにとって、とても大切な財産になっていますが、すべては、娘が残してくれた一冊の本から始まっています。

作家のパールバックは、自身の知的障がいの子どものことを書いた「母よ嘆くなかれ」の中で、 『悲しみも叡智に変わることがあり、それは、仮に快楽をもたらすことはないにしても、幸福をもたらすことができる。』と書いています。何年も何年もかかって、やっとその意味が、わかってきました。

そして、娘が残していった本の最後にはこう書かれています。「どんなことがあっても、決して諦めない、挫けない」 

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