降り落ちる雨は、黄金色#16
お茶を飲み終えると、佳代は静かにイチョウの葉っぱを拾っていた。
「なにしてるの?」
「キレイだから、バーバリウムにしようかな」
バーバリウムとは植物の標本だ。花やドライフルーツをガラス製の瓶に入れ、専用のオイルを注ぐと完成する。前に花屋さんでバラのバーバリウムの小瓶を見たことがある。美しい花は死骸でも需要があるのかと関心した。
バラの花は、死ぬ前と変わらない真紅の輝きを怪しげに放っていた。葉っぱを摘み終えると、付き合って欲しい所があると言われ黙って佳代について行くと、そこは駅前の携帯ショップだった。
毎年この時期になると「あのスマホ」と言う名目で新しいアイフォンが発売される。説明書を見なくても使えるアイフォンは、私達をデジタルジャンキーにさせた。音楽定額、映画定額、漫画定額。食べ物以外は全てネットで大丈夫だ。
自己顕示欲や承認欲求を満たしたい時は、アプリで盛った自撮りをネットに上げれば、知らない誰かが「いいね」してくれる。
アマゾンや楽天で欲しいものを頼めばすぐに届けてくれるが、見えない大きな力でコントロールされている様だ。ライフラインを支配されている。明日からYouTubeが有料になったらどうしよう。明日、ネットが止まったらどうしよう。困る。それこそ世界の終わりだ。
「機種変するの?」
「一番新しいの」
「ホームボタンないやつ?」
「顔認証できるやつ」
「急にどうしたの?」
「最新のポートレートモードすごいじゃん」
ショップの受付で機種変の手続を終えたばかりのアイフォンにアプリをインストールし、 佳代はカメラを自撮りモードにした。
「ストーリーで撮るよ」
「それって、すぐに消えちゃうやつ?」
「そうだよ」
「あれよく分かんないだけど。消えちゃうなら意味なくない?」
「雪はさいつか溶けるけど、世界が真っ白に染まったのは忘れないでしょ」
「...」
「いつか消えちゃうものて良くない?十二時鐘が鳴ったらとける魔法。軽やかに舞い降りる桜。煌く一瞬の流星群。あたしね、今まで見た景色全部覚えてる」
「エモい」
「なんでもない日おめでとう」
佳代は不思議の国のアリスに出てくる兎のように賢く、素早くて永遠に捕らえることができない。私はアリスになったような気持ちで、この世界から脱出する出口を探している。
私達の追いかけっこは、これからも続くのだ。
つづく
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