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降り落ちる雨は、黄金色#17

「今日はゆきちゃんに機種変付き合ってもらったよ」
私の表情は能面のようだ。
「笑って」
それに気づき佳代は慌てて撮影の手を止めた。

「誰にも見せないでよ」
「二十四時間で消えるから大丈夫」

 動画を再生すると、ブサイクな表情の私の映像が流れた。 佳代の馬鹿笑いが止まらない。さっそく二人で撮った写真を待受にした。私のiPhoneは勲章の様に輝きを放っている。

「わん」

 携帯ショップを出ると、大型の愛くるしいゴールデンレトリバーに吠えられた。佳代は犬の頭を優しく撫でた。犬も喜んでいる様にみえる。犬嫌いな私は彼女の後ろに隠れ遠巻きに見ている。

「よしよし。ゆきちゃんも触んないの?」

「…犬苦手」

「どうして?」

「私、性格悪いんで。動物とか小さい子も苦手」 

「えーこんなに可愛いのに」 

「ゴールデンレトリバーの人間だいすき。人間も僕達の事だいすきだよね?愛してるよって感じで迫ってくるのが嫌だ」 

 犬は犬好きの人間が分かる。私には媚すら売らない。畜生のふりして、あいつら賢い。私は、本能で生きている様な赤ん坊や動物が苦手だ。あいつら声をあげて泣けば助けてくれると思っている。 冗談じゃない。泣いて助けてくれる位の世の中だったら、いくらでも涙を流す。私が学校で孤独に耐えていても誰も助けてくれなかった。だから、絶対に泣かない。

 私達と別れる時、犬は尻尾を振りながら佳代をずっと見つめていた。佳代も犬の姿が見えなくなるまで手を振り、微笑んでいる。羨ましい。 私もあんな風に思い切り褒められ、頭をわしゃわしゃと撫でられたい。肯定されたい。認められたい。その為にはまず小説を書かなければ。 人気者の佳代の隣に相応しい、才能ある人間にならなければいけない。私だけの世界をつくろう。

「わんこ可愛かったね」

 駅に向かう途中のスクールゾーンに入ると、建築中のビルの前に騒音と振動を数値で 検知するセンサーがあった。このセンサーは大きい音を検知すると高い数値となる。

「わぁーーー」

 佳代が突然叫び出した。数値は変動しない。彼女はちいさく、ジャンプをして振動を検知させようとしていた。私も仕方なく一緒に飛んだ。二人で馬鹿みたいに何度も飛んだ。

「椎名林檎になりたい」
「一兆円ほしい」

騒音四十九。振動四十七。騒音四十七。振動四十六。

 私たちの叫びは機械の前では、まったく無力で何も変えることができなかった。心地よい汗をかきながら駅に着いた。別れ際に「またね」を私たちは何度も繰り返す。

 次も会える事を確かめる様に目を合わせた。佳代の顔はとても青白く、うつくしい顔をしていた。

 彼女と離れる時の足どりは、朝登校するように重たい。佳代に出会う前の私はどこへ消えたのか。私は一人で生きられない位に弱くなってしまった。はずかしい。君がいないと心底困る。そんな私の思いを馬鹿にするかの様に、今日も空は青く高く澄んでいる。爽やかに晴れ渡った秋の空、明日から何かがはじまりそうだ。

どうか、あの大空のように青く才能豊かになれますように。

-第三部 完-

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